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聖地巡礼(歴史上の人物との対話)


 N〇Kの各県ニュースで高野山にある奥の院が聖地巡礼の客で賑わっているという情報を取り上げていた。織田信長や武田信玄、伊達政宗といった戦国武将の墓前に大勢の観光客が押し寄せ、スマホをかざしているのだという。


 上杉謙信の墓の横に立った作務衣姿の警備員が「スマホの中に謙信公が降りて来られましたら次の方にお譲りください、対話は宿坊かご自宅に戻ってから。歩きスマホは危険ですから絶対にやめてください。謙信公はお逃げになりませんから」と拡声器で指導している映像が流れていた。


 そう最近はAIの発達で故人との疑似対話ができるのだ。声の録音があればその声で。録音がない場合でも肖像画や写真から骨格を推定して声を合成する。

通常は、故人である父母の写真を読み込ませると、動画になって息子や娘に「元気でやってるか?」と語り掛けてくれるのだが、中には先立たれた子供が現在生きていた場合の年齢へと写真を修正し、その画像との話ができるというものや、日本のある地域に残る『死後婚』という風習を元に、結婚せずに亡くなった人同士をAIがカップリングして転生後、家族として暮らしている様子の映像を作成し、親族を癒すという手の込んだものまである。


 そんな中で最近話題になっているのが「聖地巡礼・歴史上の人物との対話」というアプリだ。これは教科書に出てくる歴史上の偉人と会話できるというもので、その墓所が予め画像データーで記録されていて、アプリユーザーが対象の墓にカメラを向けるとAIはそれが誰の墓かを判断して画面に偉人を現出させる。アプリユーザーはスマホの中の偉人と会話できるというものだ。


 面白い使い方としては、小説家が、江戸時代後期の読み本作家・滝沢馬琴が眠る深光寺の墓所を訪れて、自分の作品について論評してもらったり、芸事で悩む人が島根県にある出雲阿国の墓所を訪ねてアドバイスしてもらった例もある。


 もちろん故人が本当にあの世から戻って何かを語るわけではない。あくまで生前に語った言葉や著作物などからAIが解析したものを、ユーザーの質問に対してそれらしく答えているに過ぎない。

 ただこのアプリのすごいところは、普段であれば質問者に共感し、優しく語り掛けてくれるだけのAIが、厳しく指導してくれることもあるという点だ。もちろんその後には暖かなフォローもしてくれる。そういった極めて人間的な機能までついているのだ。なので……、


「君が尋ねているのは戦術や戦略だろうが。そんなものを追い求めているようではどうにもならん! 国民のための政治がやりたいと心から願いなさい!」と諭され、「角栄先生、ご教示ありがとうございました!」と号泣する政治家までいるそうだ。 


「これはひとつ試してみたい」

 常日頃、何のために生きているのか分からないと感じていた俺はこのアプリをダウンロードすることにした。さらにスマホの位置情報を許可し、この近くにある歴史に名を遺した有名人の墓を探した。


 すると俺がよく行く上本町に近い誓願寺というところに井原西鶴の墓があることが分かった。

 井原西鶴と言えば浮世草子というジャンルの小説を書いた元禄の流行作家で『好色一代男』や『日本永代蔵』といった作品がある。特に後者は現代にも通じる普遍的な教訓が描かれている。そういう人であれば何か指針を与えてくれるかもしれない。


 そう思った俺はさっそく誓願寺を訪れた。

 墓所前には小雨にもかかわらず江戸時代の小説が好き(?)が数人、列をなしていた。

 俺は列に並び、墓の真正面画像をスマホに取り込めた。


 その場所で対話すると迷惑になるので、近くのファストフード店に飛び込む。

店内は友人や恋人との会話を楽しんでいる人が多く、賑やかだったので、ここでなら西鶴と話をしてもかまわないだろう。


 アプリを起動させ、先ほど撮った墓の画像を読み込ませると、画面が霧で包まれたようにモヤがかかり、その中央に青白い光が灯った。見ているとそれが膨らんで人の形になり、やがて肖像画から作成されたと思われる、まるで実在する人物のように写実的な画像の目が開いた。


「お前はんがワシを呼び出しはったんか? ほぉ、名前は和之て言うんやな。さてさて、いったいどないなご用やろか?」

 当時のしゃべり方まで再現したその詳細な造りこみに俺は感動した。


 AIであることはわかっていたが画面に向かってヘコヘコ頭を下げた俺は、周辺には聞こえない程度の声で悩みを打ち明けた。


「私は来年定年を迎えます。あ、定年というのは、本人がまだ働きたいと考えていても隠居を強いられるというものです。ですが、そんな年になってもまだ人生に迷い続けています。今は亡き両親も『和之は無分別で無計画だからいけない。そんなだから結婚も破綻した』と言われてきました。私はどのように生きるべきでしょうか?」


 西鶴は『日本永代蔵』の中で各章ごとに対照的な商人を描いていて、怠惰で無分別な者には悲劇的な結果を与えている。もしかすると、彼は周辺にも聞こえてしまうような怒声を上げて俺を詰るかもしれない。

 そう思って緊張したが、その答えは意外なものだった。


「分別ばかりでは、世は渡られぬ。人の心は置時計、とかく狂い勝ちなるものぞ」

と言われたのだ。

「置時計? ですか……」

「それは人の心は移ろいやすいというものでな。予測不能な変化をするというわけや。せやからお前班は無理せず、ありのままでええ。ほながんばりや」

 そう言い残して西鶴は画面から姿を消した。

 分別ばかりでは、世は渡られぬか……。西鶴は、ありのままでいいと俺の生きざまを肯定してくれたのだ。



「何がありのままでええもんか。井原西鶴にちょっと慰められたからいうて、ええ気になっとったらあかんで」

 家に帰って仏壇の上に掛けてある親父の遺影にスマホを向け、『故人と話そう』アプリを立ち上げると、すぐに画面に親父が出て来てそう言った。


「親父、俺が西鶴と会うてたことを知っとるんか⁈」

 情報の速さに驚いて尋ねると「知らいでか。ちゃんとスマホに記録されとるがな。アホなことばっかりやってんと定年が近いんやったら次の仕事、探さんかい。ホンマお前は無分別、無計画やな。ボヤボヤしとるとすぐにこっちに来る年になるで」と、すげなかった。


「ほな、がんばりや」

 言うだけ言って親父はスマホから消えていった。

「親父も変わらんな……」

 ため息をついてハッとした。


 これはすべてAIが作り出した幻想なのだ。

 恐るべし、AI‼


             (おしまい)


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