第94話
夜もどっぷりとくれていた。殆どの侍従、侍女たちはすでに眠りについている。
小さな蝋燭の回りに円くなって座っている為、影がゆらゆらとゆれている。
「これは私が去年、学校の旅行で泊まった古い宿屋でのこと……」
その灯りによりそれぞれの顔だけが浮かび上がっていて、それだけで恐怖を煽る。
その中にあって、霊感が強い璃里衣が実際に体験した心霊体験を淡々と語っている。この手の話をよくする璃里衣の話しぶりは、とても巧みでどうすれば人が怖がるかを熟知している。
今夜集まっているのは、アレック、ブレット、ジョゼフ、キールとニールの男性が五人。女性は私、璃里衣、エレーナ、シェリー、マーシャの五人、計十人である。ルドルフとシルビア夫婦と、ハンナは欠席だ。
ハンナは、私達が王城に戻った次の日に結婚した。私達が帰ってくるのを待ってくれていたようだ。式や何かはなかったけれど、私達だけでちょっとしたパーティーを開いた。二人はとても幸せそうで、輝いて見えた。
祭りの後慌ただしく日本へ行ったり、こちらに戻って来たと思ったらアルさんの家に向かったりとゆっくりとハンナの話を聞くことが出来なかったので、結婚秒読みの状態だったことに驚いた。そう、私は祭りでハンナが花冠を渡したのか、その結果がどうなったのかさえ聞くことが出来ぬまま今にいたっていたのだ。
今までハンナは城内に住んでいたのだが、城にほど近い一軒家に移り住んだ。
新婚さんを誘うのも気が引けて、一応話はしてみたものの強引には誘わなかった。
「それじゃ、男女ごとにくじを作ったので一人ずつ引いて下さい。紙に番号が書いてあるので、番号が揃った男女がペアになります」
今夜の肝だめし大会は私と璃里衣が中心になって動いている。二人で回るコースを考え、くじを作り、段取りを決めた。
それらは、学生時代の文化祭を思い出させた。表立って活動に参加していたわけではないが、クラスメイトが同じ目的を持って何かに取り組む様は見ていて心地が良かった。誰に伝えることも分かち合うことも出来なかった(祐一はクラスが違ったので)が、その期間中の私はワクワクが止まらなかったものだ。
「お姉ちゃん。私、先に引いちゃっていい?」
「うん。私は最後でオッケーだから」
くじが入った箱を持って回っているので、必然的に私と璃里衣が最後に引くことになる。
アレックは最後までくじでペアを決めることに渋っていたが、私と璃里衣はそれをよしとしなかった。
「じゃあ、一番の人っ」
キールとマーシャが手を挙げた。
自分の相手がキールだと分かった瞬間にマーシャの頬がみるみる赤くなっていくのを、傍にいた私は見逃さなかった。
「じゃあ、早速行ってらっしゃい。キール。マーシャを一人で置いてきたりしたら承知しないからね」
「さすがにそんなことはしません。必ず連れて戻ります」
キールは苦笑いしながらそう言うと、マーシャと共に暗闇へと消えた。
本日のコースは、普段私しか通らない通路を通り(通路に灯りはなく、窓はあるが今夜は月が出ていないので完全に闇だ)、お父さんの昔使っていた書斎に入り、机の引き出しの中に入れてある小さな人形を持って一周して戻って来る。特に仕掛けはしていないが、通路には古めかしい調度品や不気味な絵画、大きな鏡なんかがあって暗闇で見るそれらは恐怖を誘うこと間違いなしなのだ。
五分後に二番手、ジョゼフとエレーナが出発していった。エレーナは、幽霊の類が怖いのか、出発する直前まで私を恨めしそうに睨み付けていた。
エレーナの相手がジョゼフで良かった。二人は幼い頃からお互いを知っているので、ジョゼフがきちんとエレーナを助けるだろうし、エレーナもジョゼフになら甘えられるだろう。
三番手にニールとシェリーが歩いていく。
言葉を交わすこともなく、ただ二人とも前だけを見て歩いていく。
大丈夫かな、この二人は……。一番心配。ニールがあまり喋るタイプじゃないし、シェリーも率先して男の人と喋っているのを見たことがない。女同士なら案外よく喋るのだが。
四番手は、私とブレットだった。私達が出発するまで、アレックが諦め悪くかなりぶつぶつ言っていたが、なんとか宥めすかして漸く出発。
そのせいで少しばかり出発が遅れてしまった。
頼れる光はブレットが持っている小さな灯りだけ。
ああ、夜の通路はなんて素晴らしいんだろう。
そこかしこに何かがいて、今にも何かが出て来そうだ。
「マリィ。怖くないかい? 手を繋いでいこう」
ブレットに手を差し伸べられたが私は、それを握らなかった。
「私は、全然怖くないので大丈夫です。……それに、ごめんなさい。手は、アレックがヤキモチを妬くので……」
せっかくブレットが私に気を遣ってくれたっていうのに。
「ブハッ」
突然ブレットが吹き出したので驚いた。
「どうし……」
「なんでアレクセイはお前みたいなのが良いんだろうな? 綺麗なわけでも、色気があるわけでもない、ただのガキでしかない。アレクセイがお前に満足する訳がない。ああ、そうか。お前が光の住人だからか。アレクセイはお前を手元に置いて何を企んでるんだろうな?」
私を蔑んだその声に昼間見たブレットの笑顔が結び付かない。
「なるほど、それがブレットの本心……なわけだ」
女版エレーナといったところだろうか、昼間のにこやかな態度で私を油断させ、一気に陥れようってわけだ。
この兄弟は本当にアレックが好きなんだな。
「お前なんかに名前を呼ばれたくないんだよ。汚らわしい」
「ああ、それは失礼しました」
私をその辺のお姫様と一緒にして貰っちゃ困るんだよ。そんなで私が落ち込むわけがない。寧ろ燃え上がりますからっ。
「じゃあ、ブレさんって呼ぶことにするよ」
「ふざけるなっ。何でお前にそんな呼ばれ方しなきゃ……」
「しぃぃっ。あんまり怒鳴るとアレックに声聞かれちゃうよ。恐ろしいほどに敏感なんだから。アレックに殴られたくはないでしょ?」
アレックが駆けつけてしまったら、この面白い状態が堪能できないではないか。
以外にあっさりと私の申し入れを受け入れてくれた。案外素直でいい人なのかもしれない。
「それで? 気に入らないこの私をブレさんはどうしようと考えてるんですか? アレックにあんな女は止めろって直接言ったらいいじゃないの」
ブレさんは暗闇でも分かるほどに憮然としていた。
この人、本当子供みたい。下手すりゃエレーナよりもずっと子供っぽい。
「そりゃ、言ったさ。言ったら、延々お前の良いところを耳にタコが出来るほどに聞かされてうんざりした」
もう言ったんだ。本人に言ったんだ。私、冗談で言ったつもりだったんだけど。
どこまでも、真っ直ぐな人だな。ストレートというか、考えたことをすぐに単純に言葉に出してしまう。後先考えてないというか。
「じゃあ、諦めたらいいんじゃないの?」
「そんなの、納得できるかっ。お前なんかより俺の方がよっぽどアレクセイが好きなんだっ」
ちょっとこの場合の好きは、兄弟として好きってことだよね? あれ、でもこの真剣さ加減はちょっと度を超えているんじゃないかしら。
「それってもしかして……」
「性別なんて関係なく、俺はアレクセイを愛しているっ」
鈍器で頭を殴られた様なと、よく形容されるがまさしく今そんな感じ。
アレックのお兄さんに、しかも半分は血の繋がりのあるお兄さんに、宣戦布告をされました。
姉さん、事件です……。姉さんはいないけども。