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光の住人  作者: 海堂莉子
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第92話

 お母さんとは、アルさんの家の前で別れた。お母さんの竜に懐いていたリューキは、離れることに大分抵抗したが、今度一緒にグルドア王国に遊びに行くという約束を持ちだして漸く納得させることが出来た。やはり竜同士、何か伝わる物があるのかもしれない。もしかしたら、会ったことすらない母親の面影を辿っているのかもしれない。まるで親子の今生の別れを見せつけられたようで、胸が締め付けられる思いだった。

 およそ三日をかけた馬車の旅は、行きよりも遥かに早く感じた。二人増えて退屈しなかったからか、乗り物酔いの激しい璃里衣の介抱で忙しかったからか。

 終始真っ青な顔色でふらふらしていた璃里衣は、もう馬車の旅はごめんだ、と嘆いていた。それに比べ、馬車に馴れ親しんでいるエレーナは、涼しげな表情でそんな璃里衣を気の毒そうに眺めていた。

 エレーナと璃里衣は、アルさんの家で大分親睦を深めたようだ。二人は歳も近く、話が合うようだった。その話というのが、どうやら私のことのようなのだが。璃里衣が私が日本にいた頃の話を色々聞かせているようだ。

 時折、含み笑いをしながら私を眺めているエレーナの視線に気付くと、璃里衣は一体何を吹き込んだんだ、と憤慨するのだ。それでも二人が仲良さそうに話しているのを見ると、微笑ましく思う。

 アレックは道中、私が璃里衣に構いきりで相手にしないのに拗ねたのか、不機嫌風を吹かせていた。

 なんにせよ、漸くたどり着いた王城に入り馬車から降りると、ルドルフやシルビアを始めとする面々がずらりと並んでいることにおののいた。

 シルビアにいたっては、出て来た私に飛び付くものだから、受けとめ切れず、シルビアを抱き抱えたまま、後ろにいるアレックの胸に倒れこんだ。咄嗟のことではあったが、アレックは二人分の体重及び衝撃をしっかりと受け止めてくれた。

「シルビア。元気だった?」

 アレックに背中を預けたまま、シルビアに優しく話し掛けた。

「元気だったわ。けど、マリィがいなくて退屈で仕方なかったわ。あなたがいない散歩は、ちっとも楽しくないもの」

 私よりも年上であるシルビアだが、そうして拗ねたように頬を膨らませる様は、少女のように愛らしい。

「ごめんね。もう暫らくは旅に出る予定はないから。いっぱい遊ぼうね」

 微笑み掛ければ、今拗ねていたシルビアは、途端に笑顔に表情を変えた。

「それにね、お客さんを二人連れてきたんだよ」

 反対側から姿を現したエレーナと璃里衣を見て、シルビアは、目を輝かせたがすぐにそれを納め、王女ぜんとした微笑みを二人に向けた。

「ようこそ。久しぶりね、エレーナ。随分と会わないうちに素敵なレディになったわね。お隣にいるのはどなたかしら? お会いしたこと、なかったと思うのだけれど……」

 私達が会話を続けている間、私とシルビアを立たせるとアレックはルドルフの元へ歩いて行き、アルさんから預かった手紙を手渡していた。

「日本に住んでる私の妹で、璃里衣というの。学校が休みの間、こっちに遊びに来てるんだ」

 私が説明している間に、エレーナと璃里衣はこちらに来て、私の隣に並んだ。

 シルビアは、璃里衣を見て、殊更嬉しそうに微笑むと握手を求めた。

「よろしくね、リリィ。私は、シルビアよ」

「璃里衣。シルビアは、この国の王妃様だよ」

 璃里衣は、シルビアの美しさにあてられたのか、ぼんやりとしている。それでも、握手を求められると、無意識にその手を取っている。

「あのっ、よろしくお願いします、王妃様っ」

 正気を取り戻したのは、いいが焦ってしまったのか、声がうわずっている。

 クスクスと美しい華麗な笑いを浮かべながら、シルビアでいいのよ、とおっとりとさとした。

 アレックとルドルフが、並んで私たちの方に寄ってきた。

「お久しぶりです。ルドルフお兄様」

「本当に久しぶりだ。とても美しくなったな。ところで、エレーナがここに住みたいと言っていると、手紙に書いてあったが、本当か?」

 それぞれを個別で見る分にはあまり目につかないが、こうして並んでみると、顔の作りが似ていることが分かる。

「ええ、本当です。いいでしょう?」

 アレックには見せない甘えた感じをエレーナは、無意識に見せている。

 やはり義母兄弟だということが、多少隔たりになっているんだろうか。

「別に構わないが、どういった風の吹き回しだ?」

「ついて来ちゃったの……」

「アレックにか?」

 エレーナは、小さく首を振る。

「ああ、マリィにか」

 ルドルフがちらりと私を見てからそう言った。

「ええ」

「エレーナの部屋を用意してくれ。以前使っていた部屋で良いのだろう?」

 侍従や侍女に手配すると、エレーナに尋ねた。

 エレーナは、満足気に微笑み大きく頷いた。

「こんにちは。マリィの妹で、璃里衣といいます。暫らく、こちらにご厄介になります。よろしくお願いします。あのっ、王様ですよね?」

 ルドルフが、璃里衣に視線を向けたのを合図にして、璃里衣が元気良く言った。

 こんなに元気に挨拶が出来るなんて……。

 ついつい感傷的になって、目尻に涙が。こっそりとそれを拭っているところをアレックに見つかり、小さく笑われた。

「無論、私がこの国の王だ。……そうか、マリィの妹君か。よく来てくれた。歓迎する。楽しんでいくとよい」

 今度は、ルドルフの美しさにやられてしまった璃里衣は、ぽうっと頬を赤く染めている。

 知らなかった。璃里衣は、イケメン好きだったんだ。というよりも、ミーハーってやつかもしれない。

 私は、三人の侍女達を見つけ、あまりに懐かしい気がして、走り寄って抱きついた。

「元気だった? ああ、なんか本当久しぶりで嬉しい。今日からまた騒がしくなるけど、よろしくね」

 マーシャが私に抱かれながら、涙を流し始めた。

「どうしたの、マーシャ?」

 マーシャはもはや大泣きで、答えることも出来ない様子。

 私がいない間に何か悲しい出来事でもあったんだろうか。

 訳も分からず、マーシャの背中を優しく擦ってやる。

「マーシャは、マリィ様がいなかったのがとても淋しかったんですわ。私達の前では、笑って仕事をこなしていましたが、マリィ様を前にして我慢していたものが溢れてしまったんだと思います。気持ちは、私達も同じですわ」

 マーシャを優しい眼差しで見つめ、それから私に視線を向けると、そうシェリーが説明してくれた。よくよく見てみれば、シェリーの目にも涙が浮かんでいた。反対側のハンナを見れば、ハンナも静かに涙を流していた。

「あなたたちは本当に優しいよね。私の帰りを待っていてくれてありがとう。寂しい思いをさせてしまってごめんね」

 私の言葉に、マーシャの泣き声が一際大きいものになってしまって、困った。でもそれは嬉しいものでしかなかった。

 帰りを待ってくれる人がいる。帰りを喜んでくれる人がいる。不在を寂しがってくれる人がいる。旅の無事を祈ってくれる人がいる。私は、なんて幸せ者なんだろう。この世界には宝物が沢山ある。私を愛してくれる人達がこんなにもいる。

「マリィ様、そういえばリューキは?」

「それがね、お母さんの竜に懐いちゃって、帰る時離れたくないってごねたんだけど……。今も、まだ拗ねてるんだよね」

 いまだ馬車の中から出てこようとしないリューキを迎えに馬車まで行くと、扉を開いて中を覗き込んだ。

 私はくすりと笑って、小さく固まって眠ってしまっているリューキを抱き抱えた。竜は涙を流さないけれど、リューキの心の悲しみは痛いほどに私に伝わってくる。

 あの竜のことが、本当に好きだったんだね……。

 リューキの頭を優しく撫でた。リューキの寝顔が少し笑顔になったように見えたのは気のせいだったろうか。


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