第91話
賑やかなティータイムは、すでに始まっていた。思い思いにお菓子や飲み物を頂きながら話に花を咲かせている。
璃里衣は、エレーナと楽しそうに、時折笑いを交えながら話している。
いつのまに、あの二人は仲良くなったんだろう。
ジョゼフは、アルさんとソフィアさんに絡まれているような感じだ。だが、ジョゼフの表情は全くの無表情で、聞いているのかさえ定かではない。
私達が入ってきたことで、一瞬の奇妙な沈黙が広がったが、それも幻だったのかと疑うほどにすぐに砕けた。
「アレクセイ。待っていたぞ」
ほんの少しだけ、アレックに媚びた感じの態度が見え隠れする。
「マリィとイチャイチャしてたから」
アレックの方もやりにくそうに、そう言った。
似たもの親子だ。
お互いにどう接していいのか、分からず手探りな感じなのが見ていて微笑ましい。
「それなら私もまぜて欲しかった……」
「殺されたいのか、ド変態」
地の底から出したような低い声に動じる様子もないアルさんに、あっぱれと思った。
もう、アルさんはド変態キャラでいいと思う。
アレックとアルさんの親子漫才もどきを見るのは、私の中の楽しみの一つになりつつあった。
だって、アルさんはアレックが大好きだし、アレックもアルさんが好きなのがまるわかりなのだ。そんなことを言ったら、全力で否定されるのは目に見えているのだが。
私は、二人がプチ漫才をしているのをほったらかしにして、テーブルについた。
今は、侍従や侍女たちも同じテーブルでティータイムを楽しんでいる。
私が自分でお茶を用意するのを目ざとく察知した侍女が立ち上がろうとしたが、私はそれを手で制した。たかだかお茶を入れるだけで、話を中断させる必要はない。庶民育ちの私にとって、お茶を入れるくらい造作のないことだ。
ぱっぱと自らやってしまう私に申し訳なさそうな視線を向けたが、何の問題もないことを笑顔で伝えて見せると、ホッとしたような表情を見せて、侍女はティータイムに戻っていった。
「もう、アレックも座ったら?」
いつまでも立ったままアルさんといがみ合っているアレックにお茶を出しながら言った。
「ああ、そうだな」
アルさんにはあんなに渋い顔を見せているのに、私には明るい笑顔を見せてくれる。
その笑顔をアルさんにも向けることが出来たら、もっと良い関係が出来るんだけど。でもまあ、親子の形はそれぞれ違うものだから。これはこれで、二人の関係としては成り立っているのかもしれない。無理に関係を変えようとすると、あとあとほころびが出てくるものだから、暫くはこのままでいくしかないのだ。
「ああ、そうだ。明日にはここを発とうと思っている」
アレックがアルさんにそう言った。
私は、午前中にアレックがそう考えていることを聞いていた。アレックの仕事のこともあるし、璃里衣を王城の皆に紹介したいというのもある。璃里衣には、草原ばかりのここは、退屈みたいなのだ。
「そうか」
アルさんの淋しそうな顔に私も胸が痛くなる。せっかく全てのわだかまりやら誤解やらが取れたのだから、もう少しここで過ごしたいところだけれど、アレックの仕事を考えるとそうも言っていられないのだ。
「また、遊びに来ますね。今度はお忍びで来ます」
今回は、同行者が多かったから、普通に馬車で旅をしてきたが、アレックと二人ならば転移することが出来る。パッと行って、パッと帰ってこれるのだ。
「ああ、そうだね。そうしてくれると嬉しいよ」
アルさんもお母さんと幼なじみだっただけあって、光の住人の能力についての知識がある。
私が転移でこちらに遊びに来ようと考えていることに合点がいったようだ。
「私も明日帰ることにするわ。あんまり私が不在だと淋しがる人がいるから」
お母さんが言った。お母さんが言った淋しがる人というのは、もちろんお父さんのことだろう。
「あら、マディももう帰ってしまうの?」
この家から人がどっといなくなるのだ、引き止めたくなるのもしようがない。
「ごめんね、ソフィア。またすぐに遊びに来るわ」
お母さんは、淋しそうなソフィアさんの耳元でこっそりと何かを口にした。
その言葉でソフィアさんの淋しそうな表情は綺麗に消え去った。
あとで何を言ったのかと尋ねたが、企業秘密だと何も教えてくれなかった。
「お母様。私もお兄様達と一緒に王城に行きたいのですが、いいでしょうか?」
エレーナのその言葉に驚いたのは私ばかりではなかった。アレックもそうだったし、アルさんもソフィアさんも驚いていた。驚いていないのは、お母さんと璃里衣だけだ。
「エレーナ。それは、王城に住みたいということなの? でも、あなたどうして? 今まで王城になど行きたくないと言っていたではないの」
エレーナはここから一番近い町でアレックと同い年のお兄さん(ブレット)と下の弟(セドリック)、下の妹(アラーナ)と一緒に暮らしているそうだ。小さい頃は皆王城に住んでいたのだが、アルさんの退位に伴いアレック以外の兄弟は皆こちらに引越してきた。ところが、あまりに何もない環境に退屈したブレットが家を出た。そして、そのブレットを追いかけて下の三人も町に移り住んだということなのだ。
「ええ、私王城に住みたいと思っています。理由は……、面白いものを見つけたから、と言ったら分かってくれるでしょ?」
面白いものって一体何だろうと首を傾げる私に、何故だか視線が集中した。そして、納得したようにみんな頷いている。
「え? もしかして面白いものって……私っ?」
みんなの私を見る目が、そう語っていた。ああ、わかるわかると言いたげな視線を見せつけられれば、イヤでもその意味を理解してしまう。
それにしたって、面白いものって酷くありませんか?
「まあ、その気持は分かるけれど……」
ソフィアさんの一言。どうして、その気持を理解出来るのですか?
「私も、王城に戻りたいと思ってしまうね。うん」
もう、アルさんは戻ってルドルフの手伝いしてあげればいいと思います、まだそんなに若いんだから。
「お姉ちゃんの傍にいると、楽しいもんね」
璃里衣、そんな風に思っていてくれてたんだ。ちょっと嬉しくて涙でそうだ。
「私の娘だもの。当たり前よね」
お母さん、私、本当にお母さんの血を継いでるなって心の底から思うよ。お母さんの好奇心あふれるキラキラの笑顔は、自分を見ているようだもの。
「エレーナ、来るのはいいが、マリィは俺のものだからな。俺とマリィの邪魔だけはしてくれるな」
おとなげないというかなんというか、もう少し懐を大きく持った方がいいよ、アレック。でも、そんなアレックのことが大好きなんだけどね。
「ということは、私は王城に行ってもいいのよね?」
それにしたって、エレーナにそんなに面白いと思って貰えるほど、傍にいた記憶がないんだけど。初日に散歩して少し話したのと、次の日に遠乗りに行った時と枕合戦の時と……。密に二人で話をしたのは、散歩した時くらいだと思う。それ以外の時は、誰かしら傍にいたし……。
もっと、ちゃんとお話したかったし、もっと私に懐いてくれないかなって思っていただけに、ちょっとびっくりした。
えっ、もしかしていつの間にか懐かれてた? 何にもしてないのに? でも、それだったらラッキー。
「私がルドルフに手紙をしたためよう。王城には、部屋が余っているだろうから、追い出されることもないだろう。アレクセイ、ルドルフに宜しく伝えてくれるかい」
「ああ」
ということで、エレーナは我々とともに明日、王城へと旅立つことになったのだ。