第84話
アルさんの心痛な表情を見れば、その言葉が嘘でないことくらい容易に見て取れる。
毒殺。
私には、あまりに耳慣れない言葉なので、現実味がまるでない。
「誰が、何のためにそんなこと……」
アルさんに質問したわけではなく、私の疑問が口をついて出てしまった感じだ。
「私が何故ソフィアを正妃に迎えたか分かるかな?」
話の筋とは違う質問に、少々戸惑いながらもその問いに答えた。
「ソフィアさんの方が身分が高かったからですか?」
私にはこの国の王族の在り方なんて正直分からないけれど、嫁にするなら身分が高い方がいいと考えられているに違いない。
「その通りだよ。当時の国王、私の父上がそうしろと言ったんだ。私も、どちらが正妃でも変わりはないと思ったからね」
アレックのお祖父さんの時代には、位とか身分とか家柄とか、そんなものにこだわりがあったのかもしれない。少しでも身分の高いもの同士が結婚する。それが言わば常識であったのだろう。
「アニスの食事に毒を盛ったのは、ソフィア付きの侍女だったんだ」
まさか、ソフィアさんが侍女にやらせた……。いや、そんなはずはない。
私の動揺が見て取れたのだろう、アルさんは苦笑を洩らした。
「安心しなさい。ソフィアが命令したのではない。あの当時、ソフィアは二人目をアニスはアレクセイを産んで幸せいっぱいだった頃、周りからは私達三人の関係は異様に映っていたようだ。その侍女は、アニスがいてはソフィアが幸せになれないと思い込んでいたんだ。ソフィアがどんなに笑顔でアニスと話していても、心では泣いていると。ソフィアに心酔していてたその侍女は、ソフィアの為を思ってしたことだった」
ソフィアさんを思うあまりに引き起こした事件。そうすることでソフィアさんが幸せになると信じて疑わず。
「ソフィアはね、アニスを愛していたんだ。それは私を愛するよりも強い気持ちで。アニスがそれを受け入れたなら、体を重ねていただろうね」
それはつまり、私がアレックを愛するのと同じようにと考えていいんだろうか。
「マリィが思っている通りだよ。そして私も失ったことで初めて気付かされた。この世で一番誰を想っているのかを」
「アニスさんだったんですね?」
アルさんは、寂しげに微笑み、頷いた。
「ソフィアとアニスがライバルだったんじゃない。私とソフィアがライバルだったんだ。私とソフィアは確かに愛し合っているが、今でも私達の一番はアニスなんだよ」
単純に仲が良いだけの夫婦じゃなかった。
二人の関係は、大きな悲しみの上でどうにか築き上げてきたものだったんだ。
「アレックは、そのことを知っているんですか?」
聞かなくても答えは分かっている、恐らく知らないだろう。アレックが知っているのは、ソフィアさんが実の母親ではないということと、実の母親は既に亡くなっているということ。
「知らないよ」
予想通りの返事が少し遅れて返ってきた。
アルさんは、とても辛そうだった。今にも泣き出してしまいそうなほどに。アルさんにはまだアニスさんを想い出に出来ていないようだ。想い出にするつもりもないのかもしれない。
そんな辛い想いをしてまで、何故私に話してくれたんだろう。
「アレクセイを愛してくれた君には、全てを知っていてもらいたかった」
「もしかして、私の心の中、読んでます?」
さっきから何となくそんな気がしていた。私の心を読んだような的確な返答がなされていたから。
心を読ませる力は封印しているはずなのにどうして?
「ああ、そうそう。君達は隠していたようだけど、私達は全て知っているんだよ。マディが光の住人だということも、マディの娘が入れ替わってしまったことも、そして再び戻って来たことも、その娘もまた光の住人であることも。マリィが力をセーブしているのに、心の中を読めるのは、長いことマディといたからかもしれないね。私もよく分からないけどね」
ああ、じゃあ私が変態とかド変態とか心の中で思っていたことが、全て筒抜けだったということか。
「ああ、まあ気にしないで」
「もうっ、読まないでください。やっぱりアルさんは変態ですっ」
「マリィが読ませているんだよ?」
「私、読ませてませんっ」
「マリィの力が強くなったのかもしれないね? 抑えきれなくなっているのかもしれない。あとでマディに聞いてみるといい」
自分の心を読ませる能力なんていらない。
恥ずかしい気持ちまで相手に筒抜けなんて耐えられない。
うっかりアレックの前で変なこと考えたら、どうなることか。
とにかく気を付けよう。
「ところでマリィ。君はアレクセイがいつから君に想いを寄せているか知ってるかい?」
「いえ、知りません」
こっちに来てすぐは、なんかちょっと怖かったから多分違うと思うな。でも、眠ってしまった私を運んでくれたんだっけ。
初めから……なんて、流石に自惚れすぎか。
「ふふっ。もっとずっと前だよ」
またしても思考を読まれて、顔が真っ赤になった。
「でも、それより前に会っていたなら、それはきっと私じゃなくてシアです」
「それはない。そうじゃないんだよ。もう13年くらい前の話だよ。君はまだこの世界にいたんだ。城にマディと君が遊びに来たことがあった。その時、小さな少女だったマリィと小さな少年だったアレクセイは出会ったんだ。アレクセイの一目惚れで、初恋だった。アレクセイは、みんなが見ている前でプロポーズをしたんだよ」
「私はその時なんて?」
「『はい。幸せにして下さい』ってね。あまりに舌っ足らずなプロポーズにみんなメロメロだったよ。アレクセイはその返事が嬉しくて君を抱き締めて、みんなの前でキスまで披露したんだよ。あんまり真剣なんで四人で相談して、めでたくその場で二人は許婚になったんだ」
ちょっと待って、ちょっと待って。全然、記憶にないんだけど。
それって本当に私なの?
13年前って言ったら、アレック六歳、私四歳。六歳でプロポーズって、どんだけマセガキだったんだ。
おまけにファーストキス。とっくに経験済みだったんじゃん。
「あれ? でも、アレックが女関係が激しいから結婚させたって……」
誰かから聞いた気がするんですけど。
「それはただの噂だよ。どこからそんな噂が出てきたんだろうね?」
「じゃあ、昔のプロポーズ通り私達は結婚した……と。アレックは、そんな昔のプロポーズ覚えていたんですか? さすがに覚えてないですよね?」
六歳だったらもしかしたら、覚えているかもしれない。でも、忘れているかもしれない。
自分は全く覚えていないのに、アレックには覚えていてほしいと身勝手に願った。
「マリィ、君はアレクセイの命の恩人なんだよ」
「は?」
話の流れからして、アルさんの言葉は全く繋がらないし、その言葉自体も意味不明だ。
「ソフィアが実の母親ではないとアレクセイが知った頃、そのショックで塞ぎ込んだ時期があったんだ」
確か一時期声が出なくなってしまったと、ここにくるまでの馬車の中で話してくれたっけ。
「声も出なくなって、食事も一切食べなくなり、人を寄せ付けず日に日に痩せていった」
アレックの心はそんなに傷付いていたのか。
何故、その時私は傍にいてあげられなかったんだ。
「出来ることならマリィに会わせたかった。だけどね、君は入れ替わってしまっていて、この世界にはいなかった。当時この世界にいたマリィーシアに会わせてみようかとも思ったんだが、恐らくアレクセイには別人であることがバレてしまうと思ったんだ。バレて、君がこの世界にいないことが分かったらさらに深く傷付くことになる。あの頃のアレクセイは半分死んでいた。何も出来ず、衰えていくアレクセイを見ていることしか出来なかった私は、歯痒さにどうにかなりそうだった。精神的に参っていたからかな、すっかりと大事なことを忘れていたことに気付いたんだ」
その当時の気持ちがよみがえってくるのか、アルさんは悔しそうに唇を噛み締めていた。
こんにちは。いつも読んで頂いて、有難うございます。
昨日は、子供が熱を出してしまった為更新することが出来ませんでした。お待ちいただいていた方々には、深くお詫びいたします。