第7話
「三人とも怪我はなかったんだな?」
「うん。大丈夫だった」
「良かったな」
うん? と、問い掛ければ、アレックの表情がにやりと歪んだ。
「成功したのだろう?」
「なんで解るの?」
「顔に書いてある。嬉しくて仕方ないんだろ? 口元が弛みきってるぞ」
自分の口元を両手で引き延ばしてみた。弛んでいる自覚はまるでなかった。
「お前が穴を掘って欲しいと言い出した時には、何事かと思っていたけどな」
「はははっ。でも、あんなに深い穴でちょっと焦ったよ。三人に怪我でもさせちゃったら、申し訳ないもんね。まあ、結果オーライってことで」
穴を掘るようにアレックに頼んだのはこの私。
そして、その落とし穴に三人を誘い込んだのも私。
あの三人がいつまでも意地を張り続けているから、本当は仲良くなりたいって思っているのに中々歩み寄ろうとしないから、業を煮やして荒療治に打って出たのだ。
三人が話さなきゃならないようなシチュエーションに陥ったならば現況を変えることがどうにかできるのではないか。ただ、仲良くなるか、今以上に仲が悪くなるかは一つの賭けだった。
幸い状況は私のいいように運んでくれて、あの三人の顔を見た途端に、安緒で体の力が抜けそうになったものだ。
「アレック。ありがとう」
「俺は何もしていないぞ。穴を掘るように命じただけだ」
「うん。でも、アレックが言わなければあそこに穴は開けられなかったでしょ? 穴がなければあの三人は落ちなかったし、腹を割って話すこともなければ、仲良くなることだって出来なかった。だから、アレックのおかげなんだよ」
目を見開き私を見つめていたアレックの口元がふっと弛んだ。
「……似てるな」
アレックの口から恐らく無意識に零れ落ちた言葉。
「私とマリィーシア? そんなに似てたの?」
苦笑を浮かべたアレックが私を先程よりも真剣な眼差しで見据える。
「ああ、似ていたな。でも、似てるのは容姿だけだ。性格はまるで逆だ」
どうせ私は優しくておしとやかなお姫様にはなれないよぉだ。
頬を脹らませる私をアレックはくつくつと愉快そうに笑って眺めていた。
「お前は面白いな。一緒にいて飽きない」
「それって貶してんの? それとも褒めてんの?」
「勿論、褒めてるんだ」
そうは言うものの、アレックの目は私をからかうように笑っているように見える。
本当は1ミクロンだってそんなこと思ってないくせにっ。
アレックと私は夕食が終わった後、必ず二人の時間を設ける。その時間には侍女もジョゼフも退室して、二人きりになる。
アレックと二人きりになって妙な雰囲気になる様子はない。自分でも不思議なんだけど、アレックには安心感の様なものがあった。
アレックは私に変なことは絶対にしないという安心感。会って間もない、しかも噂によれば少し前まではプレイボーイで名を馳せていたって聞いたのに、その絶対的な安心感は揺るがなかった。
「マリィ。お前に伝えなければならないことがある」
いつになく神妙な面持ちで、声も何時もよりもいくらか低い感じがした。
「俺とマリィーシアの婚姻の儀を来週の今日執り行うこととなった。この結婚は国同士の関係にも起因しているゆえ、中止することは出来ない。だから……」
アレックの言葉を遮って、私は先を続けた。
「私にマリィーシアのふりをして婚姻の儀に出てほしいってことでしょ?」
「ああ、お前にはすまないと思っている」
「いいよ。大丈夫、もしそれまでにマリィーシアが戻らなければ、私がマリィーシアになる。そうしないと国政にも関わってくることなんでしょ? でも、それってどんなことするの?」
「婚姻の儀自体は書面によるものだ。王の前で書面にサインをしてそれを王に差し出すだけで終わる。まあ、ただその後に着飾ってパーティがあるけどな」
書面によるものってことは、日本でいうところの婚姻届にサインをするってことだね。その後のパーティってダンスパーティみないなものかな。
うひゃぁ、正直パーティとかって御免被りたいんですけどっ。
「そのパーティってのは、やっぱり出席しなきゃならないのかな?」
「そりゃ、王族の結婚だからな。ましてやお前は俺の正妃として向かえるからな。お前の顔を見たいって奴がたくさん集まるぞ」
「ねぇ、ずっと気になってたんだけど、一つ聞いても良い? この国ってもしかして一夫多妻制なの?」
「いっぷ……?」
「だから、要は奥さんを何人も持てるのかってこと」
「ああ、そうだな。基本的には側室はいくら迎えても構わないことになっている」
正妃ってのがいわゆる本妻さんで、側室ってのがいわゆる公認の愛人さんってことだよね……。
ああっ、無理~っ。私、一夫多妻とか絶対無理っ。人の恋愛にどうこう言うつもりはないけど、結婚するなら、一生一人の人に添い遂げたいよ。私がそのつもりでも、この国ではそうはいかないんだ。
もし、私がここに一生いなきゃならなかったらどうするんだろう。例えば、マリィーシアがこちらに戻って来たのに、自分は日本に変えることが出来ないということだって有り得るわけだ。そんな場合、私はここを追い出されて(そりゃ、マリィーシアが王城に二人もいたらおかしなことになるもんね)、町の暮らしなんかしたこともないのに、暮らす所もないのに、町をふらついてちょっと小金持ち風の中年の男に拾われて結婚っ。その男には意地悪な本妻さんがいて、私は一生意地悪をされて生きて行くんだ。ノォ~。そんなのはイヤっ。
「おい、こらっ」
私の一連の妄想を打ち消す笑いを我慢したようなアレックの声。
「何故だか知らんが、お前の考えてることは全て解ってしまうようだ。ふっ、くだらない心配はしなくてもいい」
「くだらないってどういうことよっ。私にとっては一生の問題なんだからねっ」
そうよ、一生の問題なのよ。まあ、意地悪な本妻さんがいたとして、私がそんな意地悪をいつまでも大人しく見過ごしているたちじゃないってことは知ってるし、そんな本妻に負けない自信だってある。
だけど、そんな面倒な人生はイヤなんだからっ。
「お前を追い出すと俺がいつ言ったんだ?」
「えっ? それは言ってないけど……。でも、だってもしマリィーシアが戻って私が戻れなかったら同じ顔が二人もいたら変じゃない」
「確かにそうだ。マリィーシアが二人もいたらおかしなことになるな。でも、マリィーシアが二人もいると公表する必要がどこにある? 二人いるなら、一人は消せばいい」
「もっ、もしかしてっ、私を殺す気っ?」
消すとはそういうことだよね? もしマリィーシアが戻ってしまえば、私を殺せばいい。
それが、王族の考え方なの?
「馬鹿。誰が殺すといった。一人の存在を消す。殺すのではなく存在を消すのだ。お前は俺の傍にずっといればいい。どこにも出ずにこの王城で、俺の傍にずっとな」
「消すって、私を隠すってこと?」
「まあ、そういうことになるな」
ちょっと待って、ずっとこの城にいていいというなら、私はここで自由に暮らせるってこと。意地悪な本妻さんさようならってこと?
もし、本当にマリィーシアが私とそっくりなら、たまに入れ替わって外に出てくってことも有り得る……わけだ。
「だから、お前の悪巧みは俺に筒抜けだぞ。それにお前は俺が言ったプロポーズをさらっと流すのだな」