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光の住人  作者: 海堂莉子
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第73話

 小川を挟んで反対側に佇む少女は、腕に腰を当て、私を見下ろしているようだ。

 光の関係で顔の表情を見ることが出来ない。

 お兄様……と言わなかったか?

「あの……え?」

 未だ状況が掴めない私を大袈裟な溜め息で小馬鹿にする。

「あんた、馬鹿ね」

 いやいや、初対面の少女に馬鹿呼ばわりされる筋合いが分からない。

 私のワクワク感を台無しにされた気がして、腹が立った。

「マリィっ」

 アレックの馴染みのある声を聞いて、立ち上がり振り返った。

 アレックは、全速力で私に駆け寄るとギュッときつく抱き締めた後、私の身体を汲まなくチェックし始めた。

「ちょっとアレック。なんともないったら。ただ、小川で水のなか見てただけで何かあるわけないじゃん。大袈裟なんだよ」

 ホントに呆れてものも言えないよ。

 ただ、ここで座って気持ち良く歌なんか口ずさんでただけなのに、怪我なんかするわけないんだから。

「そうか。良かった……」

 過保護すぎるとは思っていたけれど、ここまでくると洒落にならない。

「ねぇ、見て見て。ほら、あんなに魚が泳いでるよ。水が綺麗なんだね。ね、ここ深いかな? 中に入ったらダメ?」

「こんな所に小川があったなんて俺も知らなかったな。ふっ、小川に足を踏み入れようなんて考える女はお前くらいなもんだな」

 呆れたように笑ったけれど、それを同時に面白がっているように見えた。

 ニシシッと笑ってみせた。

 アレックは、心配性だけど、決して全てを制限したりなんかしない。

 私が抑圧されるとどうなるか知っているからかもしれないが。

「お兄様っ」

 少女の声に、二人同時に振り返った。

「エレーナ。なぜお前がここに」

 アレックをお兄様と呼ぶからには、二人いる妹のうちのどちらかなのだろう。

「お兄様が結婚なさったって聞きましたわ。お父様とお母様に会いにいらっしゃるって聞いたので、会いに来てしまいました。お兄様の選んだ方ならきっと素敵な方だろうって私思っていましたの。予想以上に素敵な方ですわね」

 うわっ、今の最後の台詞に悪意を感じる。

 明らかに私をよく思っていないことが、丸分かりであるのにかかわらず、アレックは、そうだろう、なんて嬉しそうに答えている。

 アレックがそう答えたことに気を悪くしたのにも全く気付いていない。

「マリィは俺の自慢の妃だ。仲良くしてやってくれ。マリィ、エレーナは俺のすぐ下の妹だ」

「こんにちは、エレーナ。マリィです。よろしく」

 笑顔でそう言った。

 ああ、ああ。可愛い顔が一瞬崩れかけた。

 あんたなんかによろしくされたかないわよ。

 って感じの心の声が聞こえてきそうだ。

 くくっ。どうしよう。ワクワクして来ちゃった。

 エレーナに私、何か意地悪されたりするのかな。

 嫌いじゃないんだよね。こういう子。

 私の大好きなお兄様に近づく女は誰であろうと許さない的な。

 どんな風に仲良くなろうかな。どんな風に仲良くなれるかな。

 考えただけで、胸の高鳴りが抑えられない。

「お兄様。私、マリィさんともっとお話しがしたいわ。少し二人で散歩に行ってきてもいいかしら?」

 早速、おいでなすった。

 つくづく期待を裏切らない子だな。

「アレック。私も行きたい。この辺散歩するだけだから。心配ならバルコニーから見てたら良いよ。アレックの視界の範囲にいるようにするから。いいでしょ?」

 目一杯の懇願。

 いくらアレックだといっても、私のワクワクを取り上げたら承知しないんだから。

 そんな想いをたっぷりと目にこめて見つめる。

「分かった。絶対に俺の視界の中にいるんだぞ」

 私の目力になにか感じるものがあったのだろう。

 案外すんなりと快諾してくれた。

 私は、アレックの服を掴んで引き寄せ、背伸びをすると、耳元に、

「ありがとう、大好き」

 と、囁いて頬にキスをした。

 アレックは、頬を押さえて顔を真っ赤にしている。

 普段、私をからかって楽しんでるんだから、たまには私がからかったって罰はあたらないでしょ。

「じゃ、行ってくるね」

「おい、マリィ。向こうに小さな橋があるから……」

「これくらい全然平気っ」

「待てっ」

 アレックの制止を振り切って、ほんの少しだけ助走をつけて飛んだ。

 そんな大した距離じゃない。

 これくらい渡るよりも飛んでしまった方が早い。

「ほらね、大丈夫だったでしょ? じゃあね、アレック。行って来ます」

 何か言いたそうなアレックに何か言われる前に、取り急ぎそう言ってエレーナの手を取って走りだした。

 草原はどこまで行っても草原で正直馬車からの景色で見飽きていた。

 でも、自分の足で歩くのはまた違う。

「ちょっといつまで手を握っているつもり。放しなさいよ」

「ああ、ごめん」

 エレーナはキツい言い方をしたつもりだろうが、私は全く動じない。

「私、あんたなんか絶対認めないから」

「そう」

 私は、短く返事をすると、綺麗な花を見つけてしゃがみこんだ。

「そう、って人の話し聞いてるの? 私は、認めないって言ってるのっ」

「アレックに近づく女の子は、どんなにいい子でもきっとエレーナは認めない。違う?」

 しゃがんで手元を見ながら、エレーナに問い掛ける。

「そんなことないわっ。私は、私より素晴らしい人なら喜ぶわ」

「それってどんな人?」

 エレーナが少し戸惑ったのが空気で分かる。

「どんな人ってとにかく素敵な人よっ」

 普段そこまで深く突っ込んで考えたことはないのだろう。まあでも、アレックのお嫁さんに対する何カ条なんてものを出されても困ってしまうけどさ。

 私は、ゆっくりと立ち上がるとエレーナに向き合った。

「まず自己分析が出来ていないから答えられないのかもね。自分よりもっと優れている人。じゃあ、自分はどんな人? エレーナはどんな人?」

「私は……」

 少し意地悪しちゃったかな。

 私は、エレーナに微笑んで見せると手に持っていたものをエレーナの頭に乗せた。

「私はね、案外不器用だけど花の冠を作るのは得意だったんだ。お近づきのしるし。エレーナは可愛いから花が似合うね」

 草原に咲いていた白い花を、まあるく編んで冠に仕立てた。

 素朴な花の冠は髪の長いエレーナによく似合っている。

「天使みたいね」

 お世辞で言ったわけでも、気に入られたくて言ったわけでもない。

 白い花の冠が天使のわっかに見えたのだ。

 もともと美しい少女。羽根がついてても私は驚かないだろう。

「もしかして、羽根を隠してたりする?」

 エレーナの背後に回り込んで、羽根がないのを確認する。

 ちょっと残念。あったらいいのに。

「なっ、何言ってるのよ。変な人ね」

 真っ赤に頬を染めているエレーナはとても可愛らしい。

 写真におさめたいくらいだ。

 そんなことしたら、エレーナは激怒するだろうけど。

「うん。よく言われる。でも、変って誉め言葉なのかなって最近思うようにしてるんだ。言い換えれば個性があるってことだし。平凡よりはいいじゃない?」

 大嫌いな言葉だったけど、今はさほど気にならなくなった。

「ああ、今日はホントいい天気だね。こういう日は寝転がりたくなるよね?」

 バルコニーを確認した。アレックの姿は今のところ見当たらない。

 小川の辺りにも姿は見られない。どうやら移動中のようだ。

「ラッキー。寝ちゃおう」

 私はその場で横になろうと腰を下ろし、ついでにエレーナの手を引いて巻き添えにした。

「キャッ」

 勢い良く引っ張ってしまったので、エレーナはどしんとしりもちをついた。

「ごめんごめん、痛かった? でも、騙されたと思って寝てごらん」

 ごろんと横になった。

 エレーナは信じられないと言いたげに私を見下ろしていた。

 だが、しばらくするとエレーナも私の隣に渋々といった感じで横になった。


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