第6話
~~~ハンナ視点~~~
「最低ですわ。なんでこんな所にあなたと一緒にいなければならないのかしら」
暗闇の中からマーシャの恨みがましい、それでいて今にも泣き出しそうな声が聞こえてくる。
「そっくりそのままお返し致しますわ」
負けじと私の冷たい声が響く。ここに来てまで、一々つっかかってこられて、迷惑していた。
「まあ、なんなのっ」
「まあまあ、二人とも落ち着きなさいよ。こんな所で諍いを起こしていたって時間の無駄よ。マリィ様が来てくださる前に、自分達で出られる方法がないか考えた方が賢明だと思わない?」
冷静なシェリーの声に空気が揺れるのを感じた。シェリーの意見に二人が頷いた為だ。
「こんな時、マリィ様だったらきっとこんな状況でさえも楽しんでしまうんでしょうね……」
ぽつりと呟いた私の声に、再び空気が揺れる。
「私、あんな方始めてみたわ。あんなに前向きな方見たことないもの」
小さなため息と共にマーシャの声が続く。
「先ほどの桜と言ったかしら、の話の時だって、きっとご家族のことを思い出していたのに違いないわ。それなのに、私達に気付かれないようになさって。本当は毎日泣いて暮らしてもおかしくない状況なのに、自分のことより私達のことに心を砕いて下さって……」
シェリーのしんみりとした声にその場に沈黙が流れた。
三人がマリィと出会ってからやっと一週間がたったばかりだ。それなのにマリィは既に三人の心をしっかりと捕らえていた。
じゃじゃ馬で目が離せず振り回されてばかり。だが、そんな日常を心底楽しいと思っていた。
毎日が驚きの発見で、毎日が勉強で、毎日が遊びのようでもあった。
「いつかあの方が帰ることになったら……」
何も言わなくても三人の気持ちが同じなのが暗闇の中でも解る。
私達は、マリィ様が帰った後の日常をどうやって過ごしていけばいいのか解らない。マリィ様が来る前の日常がどんなものだったのか思い出すことすら難しい。
三人の心の中は一様にこのようなものだった。
「でも、マリィ様が帰りたいと仰るのなら、私達にお止めすることなんて出来ないのよね」
マーシャの声が暗闇を漂う。
「私達に出来ることは、この国でマリィ様が楽しく暮らせるようにお手伝いすることよ。私達のくだらない諍いなんかにマリィ様の心をわずらわせるわけにはいかないわ。これからは仲良くやっていきましょう。私達は同じ気持ちなんですもの」
シェリーのしっかりとした声に反論の意を唱えようとは誰も思わなかった。
暗闇に目が慣れてきた三人は、それぞれの手を重ね合わせると、微笑み合った。
「それじゃ、目も慣れてきたことだし、何か探してみましょう」
三人の中でまとめ役はシェリーだと、流れ的に決まったようだ。
暗く深い穴の中は三人が入っただけで一杯で、腰を屈めるとおしりが当たって前に突き飛ばされそうになる。
「あいたっ」
マーシャが突然声を上げたので、私とシェリーは驚いて、お互いに隣にいた相手に抱きついた。 何か恐ろしい虫でも出てきたのだと思ったのだ。
「ん? ロープ?」
マーシャのその言葉で漸く二人は身体を放した。しっかりと抱き合っていたことに急にお互い恥ずかしくなってしまったのだ。
「お〜い。届いたか? 一人ずつそのロープをしっかりと腰に巻いてくれ。巻き終わったら引き上げる。声をかけてくれ」
恐らく近衛兵の誰かなんだろうが、遥かに遠く感じられる小さな穴でしかない出口では確認することすら出来ない。
「みんな大丈夫? 今すぐ助けてあげるからねっ。もう少し頑張って」
マリィ様の声を聞いたことで、安著と俄然やる気の出て来た三人はロープを一斉に掴んだ。
「……ここは、年少順にいきましょうか。マーシャ、あなたが先に行くの、その後にハンナが行って、私が最後に行くわ」
シェリーが上手くまとめ上げ、ロープ争奪戦にはならなくて済んだ。
~~~真理衣視点~~~
「本当に良かった……。三人とも怪我はない? ごめんね、私がいつも三人を連れ出してしまうから、こんなことになってしまって……」
出て来た侍女達を自分の腕の中に抱きとめて、そっと呟くようにそう言った。
マーシャが突然泣き出したので、私は慌ててハンカチを探した。
「ああ、マーシャ。本当に怖かったのね。さあ、もう大丈夫だから泣かないで」
「いいえっ、マリィ様っ。違うんです。私……、私達っマリィ様にご迷惑をかけてしまって、それなのにそんな優しい言葉をかけて貰って、嬉しくって……」
「マリィ様。私達三人は、マリィ様のお傍で誠心誠意お仕えしたい所存でございます。マリィ様のお許しが頂けるのなら、どんなことでも致します」
シェリーの突然の言葉に驚いたものの、三人が同じ表情で私を見つめるので、私は少し嬉しくなった。
穴の中で一体何があったのかは解らないが、三人の心が通じ合ったということなのだと思ったからだ。
「こちらこそよろしくお願いします。私がいつまでここにいれるのかは解らないけれど、ここにいる間は三人が私のおねぇちゃんだって思ってたりして……、ごめん、イヤだよね?」
「いいえっ、とんでもない。嬉しいです。マリィ様にそんな風に言って貰って……」
ハンナの笑顔が、シェリーの笑顔が、マーシャの笑顔が私を包んでくれた。私もありったけの愛を込めて三人に笑顔を向けた。
「じゃあ、ピクニックしようか? えっっと、ごめんなさい名前を知らないのだけれど、助けてくれてどうもありがとう」
「いいえ、マリィ様のお役に立てて光栄です。私はキールと申します。宜しくお願い致します。では、私は城の方に戻っておりますので、楽しい時間をお過ごしください」
キールといった青年は、三人の侍女達をたった一人で上まで引き上げてくれた。それも表情一つ変えることなく……。いくら女性だからと言っても、持ち上げるとなったら相当きついだろうに。キールは始終涼しい顔をしていた。
「うん、ありがとう。キール」
頭を下げて、颯爽と馬に乗って帰って行く。
「素敵……」
「えっ、マーシャはキールみたいなのがタイプなの?」
うっとりとキールを見送るマーシャの顔を覗き込み、そう問えば、マーシャの頬は見る見るうちに桜色に染められていった。
「マーシャは前からキール様に憧れているんですよ」
シェリーの言葉に、桜色を通り越してさくらんぼ色になっていくマーシャの頬。言わないで、と頬を膨らますマーシャはとても可愛い。
「いいと思うよ、キール。頑張ってね、マーシャ」
にっこりと微笑むと、恥かしさで言葉が出ないのか下を向いて俯いてしまった。
前言撤回、マーシャに関してだけ言えばこの国の妹のようだ。
「さあ、ご飯を食べましょうよ。お腹空きましたでしょ?」
ハンナの言葉に皆、自分のお腹が鳴りそうなくらい減っていることに気付いた。
「うん、そうしよっ」
春色のそよ風の中で食べるご馳走は、一段と美味しくって、作ってくれた料理長に御礼が言いたくなった。
「あとで、厨房に行こうっと。とっても美味しかったって、ありがとうって、直接料理長に御礼が言いたいな」
私の提案に三人は驚いて顔を見合わせていたけれど、マーシャが吹き出したので他の二人も笑いだした。
何で笑っているのか私にはよく解らなかったけど、三人が仲良く笑っている姿を見れたことが嬉しかったので、他のことはどうでもよくなってしまった。