第67話
寂しいという気持ちがなかったと言えば嘘になってしまう。
だが、またここに会いに来ればいいって思えば、これから新しい家族の形が始まると思えば、希望のほうが大きいように思える。
日本に戻ってきて、三日目の午後、私達は日本を発とうとしていた。
「また、遊びに来るからね」
璃里衣とシアは、どうしようもないくらい泣いてしまっている。
普段涙を見せない璃里衣にしては珍しいことだ。
「もう、二度と会えないわけじゃないんだから、泣かないの」
いつもなら、その台詞は璃里衣が私に向けて発する言葉だ。
そう言うと、ううっ、と余計涙を増長させてしまった。
「璃里衣、シアはまだ日本に慣れてないだろうから、力になってあげてね」
返事も出来ないのか、頭をぶんぶんと振って答えた。
「シア、佑一のことよろしくね。私がこんなこと頼める立場じゃないんだけど、頼める人、シアしかいないから」
どうか、祐一を笑顔にしてね。きっとシアになら出来ると思う。シアの祐一を想う気持ちは、私のアレックを想う気持ちと同じようにとても強いと感じた。だから、祐一はシアの隣りにいれば、立ち直ってくれると信じている。
祐一はとても強い人だから。
「はい」
と、小さな返事が聞こえた。
「お父さん、お母さん。また遊びに来るから。……私のこと今まで育てくれてありがとう。へへっ、まだ言ってなかったと思って」
改めて感謝の気持ちを口に出すのは、照れくさい。それが、近しい人ならばなおさらのこと。
「お礼を言うのは俺たちの方だ。すべてを知ってもなお親だと言ってくれたこと、嬉しかったよ。どうか幸せに」
「もうやあね。それじゃ、今生の別れみたいじゃない。マリィ、向こうでしっかりね。あなたなら出来るわ。行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃい」の言葉がどんなにか嬉しいか。それは、必ず戻ってくることを前提にかけられる言葉だからだろうか。
「行ってきます」
その言葉は微かにかれてしまった。
リューキをしっかりと抱き、アレックの腕に自分の腕を絡みつかせた。
そして、思い浮かべる。
カリビアナにいるお父さん、お母さん。シルビア、ルドルフ、シェリー、ハンナ、マーシャ。それから、ジョゼフとキール、ニール。
私達の姿がふっと透け始めた頃、バタンという音とともに、祐一が入って来た。
「真里衣っ。絶対、また来いよ。俺、お前に話したい事もっと沢山あったんだからな。もっと、沢山一緒にいたかったんだかんな。俺、お前のこと諦められないかもしれないっ。俺、やっぱりお前のこと好きだからさっ。今度来たら、そいつからお前奪うからなっ」
祐一の額には無数の大きな汗の粒が吹き出していた。私が今日発つことは、璃里衣かシアに聞いたんだろう。ぎりぎりまで考えて、迷って、そして来てくれたんだろう。
「ありがとう、祐一。来てくれて嬉しかった。また、会った時にゆっくり話そうねっ。またね……」
祐一にきちんと最後まで私の言葉が届いたのかは分からない。途中で、みんなの姿は見えなくなってしまっていた。
祐一が来てくれた。
それだけで、胸がいっぱいで涙が出て来た。
目を閉じ、再び目を開けるとそこは私達の自室だった。
目を開けた時にぽとりと流れ落ちた涙をアレックは掬ってくれた。
「辛かったのか。あいつと別れたこと」
「ううん、違うの。嬉しかったの、来てくれたこと。もう、二度と会えないと思ってたから」
アレックを見上げると、不機嫌な顔がそこにあった。
どうしたの、と聞くと不機嫌そうに声を荒げる。
「あいつ、俺からマリィを奪うって言ったんだぞ。まだ、マリィを好きだといいやがった。マリィは、いつまでも俺のだっ」
要は、祐一が言った言葉が気にくわなかったと。
少しは、焦ったのかな? 少しは、ヤキモチ妬いてくれたのかな?
クスッと笑みを漏らせば、それに対しても怒りだすアレック。
「変なのっ。私が好きなのはアレックなのに。何をそんなに怒る必要があるの? 私は、アレックのお嫁さんになるのよ?」
アレックが不機嫌な表情を引っ込めて微笑む、右手が私の頬を捉え、顔が近づいてくる。
「こほんっ。あのね、そういうのは人が見てない所でやることをお勧めするわ。ここに誰もいないと思ったら大間違いよ。あなた達が帰って来るのをこうして待っていたんだから、お楽しみは後にして頂戴ね。……マリィ、お帰りなさいっ」
突然かけられた声に辺りを窺えば、みんな勢揃いで出迎えてくれていた。
呆れ顔のお母さんとそれをたしなめるお父さん。その隣りにはこの国の王であるルドルフと美しい笑みを送る王妃シルビア。四人の後ろには、シェリー、ハンナ、マーシャが赤い顔をして立っている。その隣りには、ジョゼフ、キールとニールの三人が、ジョゼフは渋い顔、キールはニヤニヤと笑っていて、ニールは恥かしげに俯いていた。
「お母さんっ、ただいまっ」
私はアレックの拘束から逃れると、お母さんに抱き付いたっ。
「どうして今日帰ってくるって分かったの?」
お母さんは、飛び付く私を抱き留め、慈しむように私の髪を指にとかす。
「マリィの声が聞こえたのよ。だから、ここに皆を集めたの」
「マリィったら酷いわ。私に何も言わずに行ってしまうなんて。それに、その竜のことだって私何も聞いていなかったわ」
頬を膨らませるシルビア。
そう言われるだろうと思っていた。シルビアには本当に申し訳ないと思っている。
「ごめんね。事後報告になっちゃって、この竜はね、リューキっていうんだ。リューキ、こちらシルビア。この国の王妃様だよ。その隣りが国王様のルドルフ」
『シルビアとても奇麗。ボク、シルビアとお友達になる。ルドルフもお友達。とても恰好良い』
パタパタと羽をバタつかせ、ルドルフとシルビアの前に来ると、シルビアが出した腕の中にすっぽりとおさまる。
「シルビアは奇麗で、ルドルフは恰好良いって。お友達になりたいって言ってるよ」
アレックがぶつくさと後ろで何か呟いている。
『言ったことない』、『俺の方が』なんて言葉が聞こえて来たので、自分はリューキに恰好良いなんて言われたことない、俺の方が恰好良いのに、といったことを言っていたようだ。
「まあ、可愛いわね。よろしくね、リューキ。今度一緒に遊びましょうね」
シルビアに抱き締められて、リューキの表情が微妙に緩んでいるのがよく分かる。なるほど、竜も美人さんには弱いということが分かった。
「お父さん、お母さん。それから陛下、王妃様。私が今後どうするのか、きちんと決断してきました。私、海野真里衣は、マリィーシア・カリビアナとしてこの国に残ることに決めました。マリィーシアは、日本でやって行くそうです。お母さんが言ってたこと、ちゃんと伝えたよ。みんな賛成してくれた。これから私達は大きなファミリーとして、やって行こうって。そのうち私の妹がこっちに遊びに来るかもしれない」
「そう。良かった。あなたはここにいてくれるのね、マリィ。あなたは、きっと日本に帰ってしまうと思っていたから……。嬉しいわ。日本ともこのまま交流を続けていくのね。私も一度、あなたの育った世界を見てみたいわ」
「その時は一緒に行こう、お母さん」
そうね、と返事をしたお母さんの目には涙が。
やっとこれで、新しい出発が迎えられるとそう思った。
この世界で、この国で、大好きな人々に囲まれて、私は新しい一歩を踏み出した。
いつも読んで下さって有難うございます。
ここで、ひと段落といったところでしょうか。