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光の住人  作者: 海堂莉子
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第64話

 誰も言葉を発しなかった。

 誰かが口を開くのを待っているかのように。

 その短い沈黙を破ったのは、予想に反してお母さんの方だった。

「結婚?」

「あのね、もともとアレックはマリィーシアの婚約者で、私がマリィーシアとして生きていくってことになると、私はアレックの奥さんになるってことなんだよね。もう、向こうで婚姻の儀っていうのをすませてるから。あの時は、マリィーシアの代理として私がサインをしたんだけど」

 お父さんは複雑な表情を隠しもしない。お母さんの方は真剣な表情はしているものの、目は笑っているような印象を受ける。

「まさか、こんなに早くに娘を嫁に出すことになるなんてな」

 私のことを今でも娘と呼んでくれるお父さんに、そんな空気でないのを承知していながら、嬉しさに浮かんでくる笑みを我慢することは出来なかった。

「私って親不孝だよね……」

「いや、お前は十分親孝行だ。こうやってもう一度姿を見せてくれたんだからな」

 そう言ってくれるとありがたい。昨夜はここに戻って来ない方が良かったんじゃないかと思っていたので、そう言ってくれるだけで私の心も明るくなるというものだ。

「真里衣、あなたはアレック君と一緒なら幸せになれるのね?」

「うん、なれる。絶対に、アレックとなら」

 確信を持ってそう言い切れる。アレックとでなければ私は幸せには絶対になれないと、断言してもいいくらいだ。

 それにしても、こんな突飛な話を、お父さんとお母さんは無条件で信じてくれた。

 突然、こんなファンタジックな話をされても、普通は信じはしないだろう。

 常識的に考えて、容易に受け入れられる類のものでは決してない。笑って突っぱねられても可笑しくないような内容なのだから。

 それは、私への信頼からか、元々の器の大きさから来たものか、リューキを目の当たりにしてしまったことで納得せざるを得なくなった為か、どちらにせよ感謝したりないくらいだ。

「そう。なら、私達は反対しない。あなたにすぐに会えないのは寂しいけれど、遅かれ早かれ娘はいつか巣立って行くものだから。それが早まってしまっただけよ。ね、お父さん?」

 突然話を振られて驚いた様子のお父さんだったが、態勢を整えるのは早かった。

「まあ、早過ぎる気はするが、真里衣の気持ちもアレック君の気持ちも本物なのは分かるからな。その代わり、うんと幸せになるんだぞ」

 お父さんの言葉に涙を浮かべ、力強く頷いた。

 幼い頃に、涙を流す私をあやしていた頃のように、お父さんが頭をぐしゃりと掻き混ぜた。

 お父さんのそれはアレックのそれより力強く、それでいていくらか大きかった。そして、何より温かい。親の愛に満ちていた。

 肩の力が一気に抜けた。

 これで、心置きなくカリビアナ王国に帰ることが出来る。祐一のことを除いては。だが、祐一の気持ちがそんなに簡単じゃないのは知っている。

 私にとって祐一は一種命の恩人のような存在だ。

 祐一がいなければ、私の学校生活は真っ暗い闇の中を歩くようなものだっただろう。私を闇から引き上げてくれたのは、他でもない祐一なのだ。

 恩を仇で返す。

 私が祐一にしたことは、容易く許されることじゃない。

 自分がしたことを私は、忘れない。絶対に……。

 叶わない願いなのかもしれないが、いつかまた笑って話せる日が来れば良い。

 望みの薄そうなそんな願いを持たずにはいられない。

 今は無理でも……。


 アレックが起きてくると、他人の視線など何処吹く風と、私をきつく抱き締める。

 お父さんだけは、少し眉間にしわを寄せているが、それ以外の面々は温かい目で見守ってくれていた。

「よし、みんなリビングに集まってくれるか。これから、家族会議を開きたいと思う」

 お父さんの呼び掛けに一同はリビングに集まる。

 未だかつてこの家で家族会議をした覚えはないように思う。

 リビングのソファに座らず、カーペットにじかに座りテーブルを挟んだ。

「真里衣と話し合って、今後どうするかを決めたんだ。真里衣、自分の口から話すかい?」

 うん、と頷くとそれぞれの表情を確認した。

「私、海野真里衣は、マリィーシア・カリビアナとしてカリビアナ王国の住人として生きていくことを決めました」

「嘘っ、お姉ちゃんもう会えないの?」

 璃里衣が今にも泣き出しそうな情けない声を上げる。

 ついつい小さな頃の璃里衣を思い出して、くすりと笑ってしまう。

「あのね、血が繋がってなくてもここにいるみんなとは家族だと思ってる。マリィーシアには昨日言ったけど、私は双子のお姉さんになる。璃里衣は今までと変わらず私の妹だよ。だから、会いたくなったら会いに来る。もっと簡単に連絡が出来る手段があるか向こうに行ったら調べてみる。こう考えればいいんじゃないかな、私は海外に留学しているって。璃里衣も今度遊びにおいでよ」

 私の話を聞くうちに、璃里衣の表情は少しずつ少しずつ明るいものになっていく。

「それで、向こうに戻ったら、私はアレックの正式な奥さんになるね。マリィーシア、それは大丈夫?」

「はい、大丈夫です」

 小さい声ではあるけれど、マリィーシアの表情は昨日よりもすっきりと力強く見えた。

「ということなので、アレック。よろしくね」

 アレックを覗き込んで反応を窺った。

 アレックの耳は想像以上に赤くなっており、照れているのが丸わかりだ。

「本当か? 俺の傍にずっといてくれるんだな」

 出来れば二人きりの時に、きちんと返事を返したかったけれど、こんな形になってしまった以上、それも諦めた。

『アレック。ボクのマリィを取る気だな』

 朝からの牛乳の飲み過ぎで、ダウンしていたリューキが復活したと思ったら、早速アレックと怪しい雰囲気を漂わせていた。

 錯覚だろうか……、アレックとリューキの目から火花が散っている。

「リューキ、アレックをいじめないで。私の大切な人なんだよ。アレック、私、ずっと傍にいる。ホントだよ」

『マリィがニコニコなら我慢する』

 私の笑顔を見て、引き下がるつもりになったようだ。

「そうだな、そうした方がいいと思うぞ」

『きぃっ、アレックに言われたくないっ。アレック、嫌い』

 ああ、折角治めたのに再び険悪なムードが出て来てしまったよ。

「マリィーシア。君は本当の意味でこの家の娘、真里衣になるんだよ。それでいいのかな?」

 お父さんがアレックとリューキの言い争いを無視して(お父さん達にはリューキが何を言っているのかは聞こえないが、雰囲気で大体の見当はつくらしい)、マリィーシアに話を振った。

「勿論です。私は、ここにこれてとっても幸せなんです」

「そうか。じゃあ、これからよろしくな。私の娘になったんだから、遠慮なく甘えていいんだ。それに、堅苦しい喋り方もなしだ」

 お父さんがマリィーシアに笑いかけると、顔を真っ赤にしながらも微笑み返していた。

「ねぇ、お姉ちゃんもマリィーシアさんもどうやって呼んだらいいの? 紛らわしいんだけど」

 璃里衣の質問に、誰も答えられなかった。

 確かに紛らわしい。私はマリィと呼ばれているし、マリィーシアもこれから真里衣になるのだ。

 カリビアナ王国にいる分には何の問題もないのだが、日本にいる間は何かあだ名のようなものがあると便利かもしれない。

「じゃあ、お姉ちゃんのことは、メリィって呼ぶってのどお?」

 メリィ?

 あっ、いけない。羊が浮かんでくるのだけれど。

「なんで、メリィさんなのよっ」

「えっ、マ行だから、何となく」

 その後、あーだこーだと話し合いは続いたが、なかなかいい案がまとまらず、取り敢えずメリィさんでということになってしまった。

 ……納得いかない。



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