第62話
マリィーシアにはマジックのように見えただろう。
私の掌の上に突然現れた封筒を目をしばたかせて見つめている。
これは転移の能力を応用したものだ。自分を動かすのではなく、思い浮べた物を自分の方へと引き寄せた。
……私が持っている能力って一体なんなんだろう。
ふと、驚きに言葉をなくしているマリィーシアの表情を見ながらそんなことを思った。
マジックではない。マジックには必ずトリックがあるものだから。
超能力? 魔法?
もしこれが超能力であるのなら私は超能力者であり、魔法であるのなら魔法使い、魔女ということになるわけだ。
どうにもどちらもしっくりと来ないものがある。
向こうに戻ったら向こうのお母さんに聞いてみよう。
「あの、どうやって……」
「向こうのお母さんが光の住人だって知っているでしょ?」
「はい」
「私も光の住人なんだ」
「そうですよね。どうしてもっと早く気付かなかったんでしょう。娘なのに何の能力もないなんておかしいのに。不思議に思うことすらありませんでした」
自分を責めるように話すマリィーシアに掛ける言葉も持ち合わせていなかった。
「……ごめんなさい」
ぼそりとマリィーシアが呟いた。
何について謝られたのか私にはイマイチ理解できなかった。
「……この手紙は向こうのお母さんから預かったものなの。マリィーシア、あなたへだよ」
私が手を押しやって促すと、恐る恐る手に取った。
今ここで読むべきか迷っているマリィーシアに頷きかけると、封筒を黙ってしばし見つめた後、封を切った。
私はマリィーシアに背を向けた。
その方が良いだろうと思ったのだ。手紙を読んでいるときに干渉されるのは良い気がしない。
「マリィさん」
呼び掛けられて振り向くと、マリィーシアの目には涙が溜まっていた。
「マリィさんも読んでくれますか?」
手渡された手紙を半ば反射的に受け取ると、手元のそれを見た後マリィーシアを見た。マリィーシアは私の視線を受けて、こくりと頷いた。
マリィーシアへ
もうあなたも知っているとおり、私はあなたの本当の母親ではありません。
あなたはそのことをどう思っているでしょう。驚いていますか? それとも、やはりと思っていますか?
きっとあなたは私達を恨んでいるのでしょうね。
私達はあなたが現れた時からあなたが私達の本当の娘じゃないことを知っていました。そして、いつかあなたたちが再び入れ替わることも知っていたのです。
私達があなたを厳しくしつけてきたのには二つのわけがありました。一つはあなたが本当のご両親に再会した時恥ずかしくないように。もう一つはあなたとの距離感を見極めることが出来なかったからです。 私達はあなたを本当に可愛いと思っていました。あんまりに近付いてしまったら別れることが怖くなる。それを怖れていたのです。
もっと上手に接することは出来た筈だったのにと、悔しく思います。
あなたは信じてくれないかもしれないけれど、私達はあなたを本当に愛していたのですよ。あなたと再び戻って来たマリィ、私はあなたたちが双子のように思えました。
これは私の勝手な願いです。戯れ言と思って聞いてください。
私達家族とあなたたち家族、大きなファミリーとして関係を築けたらどんなにかいいか。マリィが橋渡しをしてくれたらと勝手に思っています。
マリィーシア、あなたを幸せに出来なかったこと、本当にごめんなさい。
どうか、幸せになって
手紙をたたんで封筒に戻すと、マリィーシアに返した。
「これ読んでどう思った? これでも自分は誰にも愛されてなかたって思う?」
マリィーシアは涙を流しながら、激しく首を振った。
その振動で涙が飛び散る。私の頬にもマリィーシアの涙が飛んできて、それを手の甲でそっと拭った。
「私はこの意見に賛成。私はアレックと一緒にカリビアナに戻る。マリィーシアはこっちでお母さん達と暮らしていく。偶然にも私にはこっちとあっちを行き来できる力を持ってるから、時にはこっちに遊びに来たり、マリィーシアや日本の家族を向こうに呼んだり。そんな風に大きな家族としていつまでもいれればいいと思う。どうかな? マリィーシアは私やお母さん達を恨んでる?」
「恨んでません。どちらの両親も私にとてもよくしてくれています。私……いじけてたんです。本当は、心のどこかで気付いていました。マディお母様が私の本当のお母様じゃないこと。いつも私を見ながらどこか遠くに想いを馳せているような気がしていました。子供心に私は本当の娘じゃないんじゃないかって思ったこともあるんです。けれど、それを聞いたら何もかもが終わってしまうと思うと怖かったから聞けませんでした。マディお母様は厳しくしつけたと手紙に書いてありましたけど、それ以上にとても優しいお母様だったんです」
マリィーシアは自分の想いを淡々と語っていた。
その表情は、少し寂しそうではあるが、何かが吹っ切れたようにすっきりとしているように見えた。
「こちらに来た時、すぐに自分が誰の娘であるのかという事実を知りました。私の会ったこともない、けれどとてもそっくりな女の子の存在も知りました。マディお母様がいつも想いを馳せていたのが、私を見ながら常に違う誰かを見ていた、それがあなただと知りました。そして、こちらでお世話になる間に、こちらのご両親がどれだけあなたを思っているのかを知りました。祐一さんもそうです。私を見ながらいつもあなたのことを恋しく思っていた。璃里衣さんもまたあなたに甘えられないことを悲しんでいました。みんながあなたを必要とし、愛していました。それを感じずにはいられなかった。イヤというほどに。向こうにもこっちにも私の居場所がないように思えて……。でも、私もちゃんと愛されていたんですね」
にっこりと笑うマリィーシアをとても愛しく感じて、私は迷わずその体を抱き締めた。
「よくできました、マリィーシア。大事なものって見えにくいものだから、迷ったり悩んだりしてしまう。だけど、見えないだけでそこに必ずあるから。だから、信じて」
私の腕の中でマリィーシアの頭が動く。
「もし、マリィーシアがそれでも迷ったり悩んだりしてしまったら、私がいつでも飛んできてあげる。私があなたのお姉さんになる。双子のお姉さん。イヤかな?」
もしかしたらの話でしかないのだけれど、私がまだマディお母さんのお腹にいた時に力が使えていたら、本当ならば双子で、同じお腹の中にはマリィーシアがいて、私がマリィーシアを日本に飛ばしてしまったということもあり得るかもしれない。その逆も然り。
そんな風に思えるくらい私とマリィーシアは似ていたし、守ってあげたいと心から思ってしまう。
もぞもぞと私の腕の中から出て来たマリィーシアが顔を上げて私を見つめて、小さく微笑んだ。
「嬉しいです。マリィさんがお姉さまだったら、とっても嬉しいです。私が妹でいいんですか?」
「勿論、今日から私のことはお姉ちゃんでもお姉さんでも言ってくれていいよ。血が繋がっていなくても、姉妹にはなれると思うんだ。マリィーシアは私の自慢の妹だよ」
いつもアレックが私にしてくれるようにマリィーシアの頭を優しく撫でた。
「お姉さま、戻って来なければ良かったのになんて酷いこと言ってしまってごめんなさい。私は、ここで本当の両親と一緒に暮らします。お姉さまはカリビアナ王国でアレクセイ様と幸せになって下さい」
それだけ言うと、マリィーシアは私の腰にしがみ付いて大きく泣き始めた。