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光の住人  作者: 海堂莉子
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第59話

 12年間馴れ親しんだこの家は、いつもどんな時も私を安心させてくれた。

 どんないやなことがあっても、どんな悲しいことがあっても家に帰って、お父さんとお母さん、璃里衣の顔を見たら安心する。

 今日も祐一とのことで、陰っていた心がふんわりと温かい何かに包まれたように感じた。

「さあ、真里衣。久しぶりなんだからたくさん食べるのよ」

 お母さんに勧められて、テーブルに並べられた。

 私の好物ばかり。

「うん。やっぱりお母さんの手料理が一番だね」

 私の隣に座るアレックは、箸の使い方に悪戦苦闘していた。

 持ち方が不自然でおかずをうまく掴めないでいる。

 私が持ち方を伝授し、お手本を見せるのだが、中々上手くいかない。

「出来ないな。マリィ、食べさせてくれ」

 両親の前でそんなこっぱずかしいこと出来るわけがないじゃないか。

 正気で言っているんだろうか。

 両親の好奇の目を見なかったことにして、アレックの真理を窺うように瞳を覗き込んだ。

 その瞳は明らかに本気で、この状況でのアレックの本気に呆れ返るしかなかった。

「いいわよ、真里衣。アレック君は箸を使うのは初めてなんだから、手伝ってあげなさい」

 ニコニコ笑顔のお母さんにそう言われてしまっては、手伝わなければならない雰囲気になってくる。

 璃里衣は、ニヤニヤと明らかに私のこの状況を楽しんでいるようだ。

 お父さんは、少し複雑な部分があるのか苦笑を浮かべている。

 マリィーシアは、私達の会話を聞いているのかいないのか、俯きがちに茶碗のご飯だけをただひたすら口に運んでいる。

 マリィーシアが、今どんな気持ちでいるのか、想像するのは難しい。

 祐一のことを気にしているのか。祐一を傷付けた私に怒りを感じているのか。それとも、家族を取られたと思っているのか。

 話し掛けたいと思うが、少し怖い。

「仕方ないなあ。今日だけだよ。明日からはみっちりしごいてやるんだから。で、何が食べたいの?」

「ありがとな、マリィ。これを取ってくれ」

 アレックが指定したのは、お母さん特製の唐揚げだった。

 遠足や運動会なんかのイベント事には必ずお弁当の中に入っていたものだ。

「はい。口開けて」

 箸をアレックの口元まで運ぶとそう言った。

 アレックには恥ずかしいという観念は持ち合わせていないんだろうか。いつも思うのだが。

 堂々と口を開き私から唐揚げを受け取るアレックに、何度となく浮かんでくる疑問を抱かずにはいられなかった。

 気付かないようにと、意識を違う方向に向けるのだが、ビシバシと視線が刺さるのを否がおうにも感じる。

 それを振り払うように、自らの茶碗を引っ掴みご飯を掻き込む。犬食いもいいところである。

「マリィ。そんなに急いで食べると詰まるぞ」

 アレックは日本のマナーを知らないから、犬食いが褒められた食べ方じゃないことを知らない。

 知らなくとも見ればマナーに反する食べ方だって分かりそうなものだけど。

「いいの」

 もちろん良くないのだが、こうでもしないと恥ずかしすぎて心が折れそうなんだ。

「ブウォホッ」

 調子に乗ってご飯を掻き込みすぎて、結局むせた。

 涙を目に溜めながら激しく咳き込む私に、アレックは背中をさすってくれて、お母さんは麦茶を差し出してくれて、璃里衣は私が少々吹き出してしまったご飯つぶをだいふきんで拭いてくれた。

 久しぶりの団欒は騒々しいものになってしまった。

 私達が騒々しくしている中、マリィーシアだけが俯いたままだったのが気になる。

 お父さんもお母さんもそれを気にしているようには見えない。厳密に言えば、黙認しているように見える。

 普段からこの調子だから気にしていないのか、それとも今日は私がいるからなのか。私は後者のような気がしてならない。

 私は、日本に戻って来なかった方が良かったのかもしれない。

 日本に戻って初めてそんなことを考えた。マリィーシアに私は歓迎されていない。祐一のことにしてもそうだ。私が日本に戻って来なければ祐一は傷つかずに済んだ。そして、そのうち私の存在なんか忘れて、他の誰かと楽しい人生を送ったかもしれない。それは、マリィーシアかもしれないし、全く知らない別の誰かかもしれなかったんだ。

「お母さん、ごめん。みんなも。大人しくご飯食べるよ」

 内心の複雑な動揺など恐らく誰にも気付かれていないと思う。それだけ上等な笑顔を作ることが出来たと思う。

 マリィーシアは自分のご飯を食べ終えると早々に部屋へ引っ込んでしまった。

 普段マリィーシアは私が以前使っていた部屋で寝ている。

「ところでお部屋のことなんだけど、マリィーシアちゃんが真里衣の部屋で寝てるから、真里衣は客間で寝て貰ってもいいかしら? アレック君は、どうしようかしら」

「ああ、俺はいつもマリィと……」

 おっと、そんなことは言わせはしないわ。

 私が普段アレックと一緒に寝ているなんて聞いたら、お母さんはともかく、お父さんが卒倒してしまう。

 私はアレックの口を両手で塞いで何も言えないようにした。

「ははっ、何でもないよ。私は璃里衣のところで寝かせて貰うから、アレックは客間で寝ればいいと思うよ」

「あら、アレック君と同じ部屋で寝てもいいのよ?」

 ふと疑問に思うのだけれど、お母さんは私が祐一とあんなに仲が良かったのに、突然見知らぬ人を連れてきた私を何とも思わないんだろうか。

「いや、いいよ。璃里衣のとこで寝る」

 そう? と小首を傾げるお母さんは何だかとても幼くて可愛いらしかった。

 私の手の中ではもごもごと懸命に何かを訴えるアレックがいたが、アレックの言い分など絶対に両親に聞かせるわけにはいかない。

「ああ、アレック。夜の散歩でもして来ない? コンビニに行って何か甘いものでも買ってこようよ。お母さん、帰って来たら食器洗い手伝うからね」

「あら、いいのよ。ゆっくりしてらっしゃい」

 無理やりアレックをその場から連れ去ろうとする私を、お母さんはひらひらと手を振って送り出してくれた。


「あのね、私とアレックが一緒に寝てたとか絶対に言っちゃ駄目だからね。ここはカリビアナ王国とは違うんだからね。日本では16歳になったら結婚は出来るけど、成人するまでは親の承諾がいるし、普通の親は高校生の娘が男と同じ部屋で寝るなんて許さないと思う」

 家を出て、漸く解放されたアレックは少し拗ねた様子で歩いている。

「だが、お前は俺と結婚しているだろう?」

「だって、あれはマリィーシアとじゃないの」

「お前がマリィーシアだろ?」

 まあ、確かにそうなんだけど。本当は私がマリィーシアなのだから、私がアレックと結婚したことになるのかな。

 ってことは、私はアレックの妻ってことなんじゃ……。

「いや、でも、それは私がマリィーシアだって知らない時の出来事であって、でも、私はマリィーシアなのだからって、もう、訳分かんないよ。どっちにしろ私は未成年だし、もしアレックと結婚しているとしても親の承諾を得てないから無効になるんじゃないの?」

「お前の本当の両親は承諾しているんだが?」

 ああ、そうか。

 でも、なんかこういうのやだな。気付いたら結婚してました……みたいな。

 アレックにプロポーズをしてもらったわけでもないし、儀式だって代理だと思って出席したわけだし。

「マリィ」

「ん?」

「俺はお前と共にいたい。俺の妻になってくれないか」

 その言葉に驚いて私は足を止めた。

 


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