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光の住人  作者: 海堂莉子
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第5話

「んにゃ〜、眠いぃ」

 学校がないからといって、ここの人たちは私を遅くまで寝かせておいてはくれない。

 この国の時計は少し変わっていて、私がいた世界では、長い針が一周したら一時間、短い針が一周したら半日なのだけど、この国では短い針が一周したら一日なのだ。要するに1の所が2時ってことで、6の所を短い針が指せば12時、12の針を指せば24時ってことになる。

 この時計にいつも惑わされているのだ。まだ夜中の3時だと思って再び寝ようとするがいくらもたたないうちに侍女らが起こしに来る。

 毎日恐らく7時、いや6時半かもしれないが、に起こされている。

 たまには朝寝坊をしたいものだが、それもかなわない。

 いつものように叩き起こされて、半分寝ている状態で着替えさせる。

 そうそう言っておくけど、私は無闇に侍女にやって貰うのがイヤだから、自分で出来ることは自分で遣らせてもらってる。夜の着替えは自分でやってる。でも、ドレスを着るには一人じゃとても無理だし、半分寝ているので、朝だけは甘えてお願いしている。

「さあ、マリィ様。整いましたわ」

 ドレスを着終える頃には大抵目を覚ましている。

「いつもありがとう」

 私の傍にいてくれる三人の侍女には、私がマリィーシアでない事は伝えてある。

 私が初めてこの王国に来た時に部屋いた侍女がハンナ。マリィーシアと供にグルドア王国からカリビアナ王国へと来たんだそうだ。マリィーシアとは幼い頃から一緒だったそうだ。いわゆる幼馴染ということになる。

 いつも私の朝の着替えを手伝ってくれているこの二人が、シェリーとマーシャだ。背が高くほっそりしている、どうしてももやしを連想してしまうのがシェリー。背が小さくてぽっちゃり目なのがマーシャ。

 一つ問題なのが、三人の中があまりよろしくないということ。厳密に言えば、ハンナ対シェリー&マーシャというような小さな確執があるようなのだ。

 恐らくグルドアから来た新参者のハンナにでかい顔はさせられない、というようなものであるとはおもうのだが。

 ハンナも結構気が強いところがあるので、二人のちょっとした(本当に些細で可愛らしいものなのだが)反抗を全く意に介していない。それが二人にとっては、面白くないようなのだ。

 ハンナがちょっと悲しそうな顔をすれば、それで終わりそうな話ではあるのだが……。そうもいかないらしい。

「ねぇ、二人はハンナが嫌い?」

「いえっ、そういうわけではないのですが……、ねぇ?」

「ええっ、ハンナの方こそ私達のことが嫌いなんだと思いますわ」

 初めに発言したのがマーシャ、次に発言したのがシェリー。シェリーの方がはきはきとした物言いをする。

「私はね、三人とも好きよ。仲良くしてくれたらいいのにって思う。そうしたら、皆で楽しく過ごせるのになって思うの」

 私のお供には、どちらか一方が競い合うようにしてついてくる。毎回そうなので見ていて悲しいし、私としては三人とも一緒に来てほしいのだ。

「今日は、三人一緒にお供して欲しいの。三人と一緒に行きたいの、いいでしょう? 今日は馬に乗ってピクニックに行きたいのよ。人数が多い方が楽しいもん。お願いっ」

 ここに来てすぐに、馬に乗る練習をした。

 馬に乗れるようになること、それがこの国に来て一番初めの私の目標だった。

 持前の運動神経の良さも合って、すぐに乗れるようになり、アレックからは私専用の馬をプレゼントしてもらった。それはそれは美しい馬で、美しいだけじゃなくパワーも充分にあり、遠乗りにも疲れ一つ見せないその馬に私は、ブラックという名をつけた。毛の色がこげ茶色なのだが、遠目から見れば美しい黒色に見えるから、という安易な名なのだが、私はこの馬を心の底から気に入っていた。毎日ブラックに会いに行き、私自ら飼葉を与えた。


 その日は、ピクニックに行くには持ってこいの素晴らしい陽気だった。

 ウキウキ気分の私の少し後ろを三人が微妙な雰囲気のままついてくる。右側にハンナが、左側にシェリーとマーシャが。

「うわぁ、今日はすっごくいい天気だねっ。私がいた日本という国ではね、この季節になると桜っていうピンク色で奇麗な花が咲くの、何本も何本も続く桜並木はハッとするほど奇麗で、何より花びらが一つ二つって落ちて行く様子はね、まるで雪のようで、日本ではそれを桜吹雪って言うの」

「それは、美しいんでしょうね? 見てみたいですわ」

 マーシャが夢見るような声で、そう呟く。マーシャは少し夢見がちな子で、日本の話をすると、うっとりと斜め上を見据えて、妄想の世界へと旅立っていくのだ。

「それはもうっ。その桜の下で、私達はお花見をするの。美味しいもの食べたり、お酒飲んだり、歌を歌ったり……、たまにいきすぎた人たちもいるけど、とっても楽しいの」

 私の家では、必ず毎年家族揃って花見に行く。ちょうど近くに大きな公園があって、お母さんが重箱におかずを詰め込んで、家族総出で出掛けて行くのだ。公園の中には特設ステージが設けられていて、ゲスト歌手が歌を歌ったり、ジャズバンドが演奏したり、マジックショーだったり、名前も知らないお笑い芸人があまり面白くもないネタを披露したりしている。

 私達にはお気に入りの一本があって、大抵その木の下にレジャーシートを敷く。

 私の家族はとても仲が良くて、私の下には中学二年生の妹、璃里衣りりいがいて、お父さんとお母さんはいつまでたっても恋人同士のようにラブラブで、そんな二人を妹と二人でうんざりした風に見ていたけど、本当はあんな夫婦になりたいって憧れていたんだ。強くて恰好良くて逞しいお父さんといつまでも歳をとったようには見えない化け物じみた少女のようなお母さん。引っ込み思案で恥ずかしがり屋の璃里衣。だけど、私の前では饒舌で笑ったり怒ったりがとても激しくて、よく喧嘩もしたけど、いつも私を頼って来てくれた可愛い妹。

 まるで遠い昔のような幸せな家族の団欒を思い出し、鼻の奥がつんとなった。

「マリィ様、どうかなさいました?」

 私の異変にいち早く気付いたのは、ハンナだった。

「ううん、大丈夫。目にゴミが入っただけ」

 それ以上、ハンナは何も聞かなかった。ゴミが入ったという理由だけでは、出ないほどの涙が浮かんでいたというのに。

「あっ、あそこっ。あそこにしようっ」

 指を指し、ブラックから降りるとその場所へ走り出した。

 丘の上から見渡すカリビアナ王国の町並みは古代を思い出すような石造りの町だった。圧倒されるその景色に呆然としている私の耳に、三人の叫び声が聞こえて来た。

「どうしたのっ?」

 振り返ってみるが、三人の姿を見たがそこには誰もいない。馬だけが、木に括り付けられていた。

「皆、どこぉっ?」

「マリィ様。こちらでございますっ」

 声を頼りに進んで行けば、足元に大きな穴が……。

 その穴の中から三人の声が聞こえてくる。

「嘘っ! 大丈夫っ? 三人とも怪我とかしてない?」

 その場に跪いて、穴の中に声をかけた。

「ええっ、それは大丈夫です。ですが、思ったよりも穴が深くてとても私達だけじゃ上に上がれそうにもありません」

 その穴の中から三人の声がするものの、穴の中は暗く深いようで三人の姿を肉眼で確認することは出来ない。

 三人の女性を私一人で助け上げることもできそうにない。

「三人ともちょっと待っててっ。私、誰か助けを呼んで来るからっ」

 そう言い残すと、ブラックに飛び乗って元来た場所へと走り去った。 

 

 


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