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光の住人  作者: 海堂莉子
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第58話

「おい、何やってんだ。俺の視界から外れるなと言っただろ」

 アレックのその顔には呆れ、そしてほんの少しだけ怒りを現しているようだった。

「私の視界からは外れてないんだけど……」

 私を見上げる目が鋭い。

 確実に墓穴を掘ってしまった。

「お前は何の動物だ」

 こんな時、日本人ならば猿という動物名を出してくるところだけど、カリビアナ王国には猿はいないのだろう。

「ねえ、二人も来てみれば?」

 私とリューキは滑り台に飽きると、公園の中で一番大きな木に登り始めた。

 ということで、私とリューキは今、木の上からアレックと璃里依を見下ろしているのだ。

「馬鹿言え。俺が登ったら木が折れるぞ」

「大丈夫だと思うよ。この木結構立派だから」

 呑気にそう言う私に、呆れたと言いたげな溜め息をこぼす。

 木の上からでも聞こえたということは、かなり盛大なため息だったと推測する。

「いいから降りてこい」

「アレック、良い眺めだよ。カリビアナ王国の景色も凄く好きだけど、久しぶりに見る日本も綺麗だよ」

 アレックは小さく苦笑すると、おもむろに登り始めた。

 これには、私も璃里依も驚いた。

「アレック?」

「俺も」

「え?」

「俺もお前と同じ景色が見たくなったんだ」

 そうやって思ってくれたことが、無性に嬉しかった。

 呆れたと思っているだろうに、結局は私に付き合ってくれちゃうアレックがとても好きだとしみじみと思った。

「璃里依。私達もう少しここにいるから……」

「分かった。先に帰ってるよ」

 私の言葉を先読みし、そう言うと呆気なく背中を向けた。

 少し歩いたところで振り返るとこう言った。

「あ、リューキ連れて帰ろうか?」

『僕、眠い。リリィと先に帰る』

 滑り台ではしゃぎすぎたせいで早くも電池切れになったみたいだ。

 眠いのか目を細めたまま、私の腕から飛び立った。眠気でふらふら飛んでいくリューキを危なかしくて見ていられない。

 私の心配をよそに璃里依の腕の中に収まると、二人は公園を後にした。

 二人が公園を出たすぐ後に、アレックが私がいるところまで辿り着いた。


「良い眺めだな。お前の育ったこの町は」

 普段はあまり汗をかいたところを見たことがないアレックが、珍しく額に汗を光らせていた。

 向こうよりも日本の方が湿度が高いようなので、蒸し暑く感じるためだろう。

「うん。私はこの町で12年間暮らしてきたんだ」

 町に愛着だってわく。

 たとえ人間関係が上手くいかず、生きにくく感じていたとしても。私は学校は好きな方ではなかったが、この町は好きだった。

 それと同じように、今までお父さんお母さんと思っていた人が、血が繋がらない他人だと言われても、すぐには受け入れられないのだ。

「アレック。私ね、日本に……」

 私はこの町の町並みを見ながら、不思議と妙に落ち着いていた。

「戻った方が良いんじゃないかなって思ってる」

「どうしてそう思うんだ?」

 アレックは悲しんでいる風でも、怒っている風でもなく、ただ淡々と疑問に思っていることを口にしたという感じを受けた。

「何でかな。鏡を挟んでマリィーシアと話をした時、とても悲しそうな顔をしていたからかな。帰れないと言っていたけれど、それは帰りたいってことだよね。帰りたいけど帰れない。そう思ってなければ、そんな言い方しないでしょ? 帰らないって言えばいいことだもの」

 マリィーシアに初顔合わせした時、彼女は私に謝罪を口にした。

 でも、マリィーシアのことを巻き込んでしまったのは私だ。

 幼い私が自分の力を暴走したが為に、私達は入れ替わってしまったんじゃないかと私は思っている。

 12年も前の出来事だから証明できるものは何一つないけれど、恐らくこの考えに間違いはないように思う。

 だから私はマリィーシアに幸せになって貰いたいのだ。

「ただ、マリィーシアは多分祐一が好きなんだと思うんだ。だから、今マリィーシアがどうしたいと思っているのか分かんない。あれから大分たったし」

 あの時は確かにカリビアナ王国に帰りたいと思っていたかもしれない。でもあれから月日は流れた。マリィーシアの心に変化が起こっていてもおかしくはないのだ。

「だから、マリィーシアの気持ちも聞きたかったんだ」

「なら、お前は? お前はどうしたい」

「私は……」

 ……傍にいたい、アレックの。

 その言葉を私は飲み込んだ。

「へへっ、決められないや」

 おどけてそう言うと、頭をたくし寄せられ、アレックの頭とぶつかる。

「お前は素直だけど素直じゃない。素直じゃないけど素直だ」

 素直と言いたいのか、素直じゃないと言いたいのか不明なことを言う。

「何それ。意味分かんない」

「良いんだ。俺はお前が好きってことだ」

 全く話が繋がっていないし、さらりと人を動揺させることを言うし、何を伝えたいのか分からない。

「なあ、マリィ。キスがしたいぞ」

「何でこんなところで」

「何が不満なんだ? 美しい風景。沈みゆく夕日。周りには誰もいない。誰かいたとしてもここは木の上だからな、見られる可能性は低い。最高のシチュエーションだと思うが」

 いくら夕日に照らされた風景が美しいって言ったって……。

 って、夕日?

「私達朝に向こうに出たのに何で夕方なの?」

 日本に来てからまだ、1、2時間って位なのに。

「そういえばそうだな」

「時差? それとも時間の流れ方が違うとか」

 もし時間の流れ方が違うのならば、向こうの日付とこちらの日付が変わってくるはず。

 私がリビングに着いて見た日めくりカレンダーは向こうと同じ日付をさしていた。

 お母さんの朝はあの日めくりカレンダーをめくるところから始まる。忘れたことなんて一度もないのだ。

 ならば時差があると考えるのが妥当だろう。

 日本の方が6時間ほど速いのだと予測する。

「時差があるんだね。向こうとこっちでは」

 これは頭に置いておかないと、向こうに帰る時、変な時間に着いてしまうかもしれない。こちらを朝出てしまうと、向こうは深夜なのだ。

「気をつけないとね。真夜中に向こうに着くのは避けたいもの」

 一人納得したように頷きながら呟いた。

「ん? 何、どうかした?」

 アレックの視線に気付いた。その視線は私を責めているような気がした。

「お前にはムードってもんがないな」

「失礼ね。それぐらいあるに決まってるじゃない」

「じゃあ、お前が考えに耽る前、俺達がどんな話をしていたか覚えているか?」

 考えに耽る前?

 そもそも何で時差の話になったんだっけ……。

 そう、夕日。夕日が綺麗で、風景も綺麗だってアレックが言ったんだ。

 何でそんな話になったかって言えば……。

「キスっ」

 思わず叫んでしまい、慌てて口を塞いだ。幸い、公園には誰もいないようだし、通行人もいないようだったので、問題はなかったのだが。

 アレックに両手首を掴まれ、口を覆っていた手が解かれると、その開いた唇をアレックの唇が塞いだ。

「少しは俺の身にもなれ」

 それってどういう意味でしょうか。

「あ……」

「今は黙れ」

 口を開こうとした唇を塞がれ、私の言葉を呑み込んだ。

 木の上の不安定な状態なのに、キスに翻弄されて下に落ちる可能性を考えるゆとりは私にはなかった。

「アレック……」

「今は黙れと言っただろ」

 口を開こうとするたびにアレックは私の唇を塞ぐ。

 それは、アレック特有の意地悪だと分かっている。

 それでも私が口を開こうとするのは、私がアレックの意地悪を受けたいからに他ならない。


こんにちは。いつも読んで頂いて有難うございます。

いつの間にか毎日のアクセス数が多くなって来て、お気に入り登録をして頂いている方も増えて、とても嬉しく思っています。

今年は猛暑で、熱射病になりつつありますが、頑張って更新していきたいと思います。

8月に夏休みで何日か更新を休むことになると思います。決まり次第、連絡したいと思います。

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