第57話
アレックの瞳を見つめながら、夢中になって話に耳を傾ける我が妹、璃里依。
そんな妹の瞳を見つめながら、光の住人のことを語る我が愛しのアレック。
その二人に囲まれて、肩身の狭い想いで真ん中に佇む私とリューキ。リューキは肩身の狭い想いなど少しも感じていないだろうが。
それにしても……。
二人の横顔を見ながら思うのだ。
アレックが私以外の誰かを見つめているのを間近に見るのは、気分が悪い。それが、我が妹であったとしてもだ。
ただの嫉妬であるのに違いないのだが、正直そんな想いを抱いていることを認めたくはない。
行き場のないムカムカがまとわりついていた。
『マリィ。心がモヤモヤ。どうしたの?』
私の気持ちの乱れが、リューキにまで伝わってしまっていたようだ。
不甲斐ない。リューキに心配かけてどうするんだ。
「何でもないよ」
苦笑を浮かべ、辛うじてそれだけ搾りだすように言った。
二人がいる前で嫉妬してた、なんて間違っても言えないし、言えたとしてもリューキに言って心配させるのも良くない。
それにしても、いつの間にこんなに独占欲が強くなってしまったんだ。普段それほど感じたことのない感情に驚いていた。
言いようのないイヤな感情を、アレックに感付かれたくない私の気持ちを察してくれたリューキの囁きのような小さな声のおかげで、話に熱中するアレックには私達の会話は気付かれていない。
感謝の気持ちを込めてリューキの頭を優しく撫でた。
まだ産まれたばかりのリューキは甘えん坊で、私に頭を撫でられるのが大好きで、今も嬉しいという気持ちがダイレクトに私に伝わって来る。
リューキの可愛さに癒されたおかげか、次第に心のモヤモヤは薄れていった。
「ねえ、リューキ。滑り台って滑ったことある? ってあるわけないよね」
リューキを滑り台で遊ばせてみたいと思うのだが、アレックと璃里依が身を乗り出すように話しているので、私が立ち上がると話を中断させてしまうことになる。
パッと滑り台の所まで移動できれば良いんだけど。
と、思った瞬間にパッと景色が変わった。
次の瞬間ひっくり返り、しこたまお尻を打ってしまった。
「いたっ」
腰をついた状態で、首を少しひねればそこには滑り台があった。
「これって……もしかして私が?」
『勿論そうだよ。マリィ、どうして驚く? 日本に来るときと同じことしただけ』
「でもあれはリューキがやってくれたんじゃ?」
『僕はマリィが間違った方向に行かないように手伝っただけ』
てっきりリューキの力でここまで来れたんだと思っていた。
私が強く思い浮かべた日本の光景をリューキが読み取って、そこまで連れていってくれるものだとばかり思っていた。
お母さん(カリビアナ王国に滞在中の)は力が安定すれば一人でも行けるようになるといっていた。だから今の私にはその能力がないのだと思い込んでいたのだ。だから、リューキの力だと思い込んでいた。
「こういうの何て言うんだっけ……。転移? 出来るんだ私」
『うん。練習すればもっと上手になるよ。マリィは、大丈夫。すぐに色んなところに僕の力なしでいけるようになれる』
人の心を読める。竜と会話が出来る。転移。
私には、あと一体何が出来るんだろう。それとも、これ以上の能力はないのか。
知りたくてワクワクする気持ちと、どんな能力が現われるか怖いという気持ちが隣り合わせで並んでいる。
その能力により私の人生がハッピーになるか、逆に過酷の一途を辿ることになるのか。私の能力は紙一重のところにあるような気がする。
私の先祖、光の住人と初めて呼ばれた人は、幸せだったんだろうか。隠れて暮らすようになったのは、その能力が必ずしも幸せを招くものではなかったことを意味しているのではないか。
おばあさんなら知っていそうだ。ただ、絶対に教えてはくれないだろうけど。
「……マリィ。マリィ?」
「わっ、びっくりした」
一人、自分の能力について考え込んでいたせいか、アレックが目の前で呼んでいたのに気付かず、驚いた。
アレックは私が驚いたことに驚いていた。
「びっくりしたのはこっちだ。突然姿を消したと思えば、ここで転んでる。目の前で呼び掛けても気付かないし、気付いたと思えば俺を見て驚く」
心配性のアレックにまたしても心配をかけてしまったようだ。
「あ、ごめん。本当に大丈夫だからさ」
明るい調子で言ってみたが、アレックの表情は硬かった。
私はそんなに長いこと考え込んでしまっていたんだろうか。
アレックがこんなに表情を硬くするほどに。
「ほら、まだ話終わってないんでしょ?」
ああ、と頷きながらも私の表情の変化を見逃さないようにと、一度も瞬きをせず、視線をそらそうともしない。
「私はリューキと遊んでるから。この公園から出たりしないし。日本ってね、カリビアナ王国よりずっと安全なんだよ。女性が夜に一人で歩いていたりするし。だから心配ない。ね?」
完全に安全だとは言えないまでも、日本という国は他の国に比べたら安全だと思う。
夜に女性が外を歩くなんて襲ってくれと言っているようなものだと考える国にも世の中にはあるのだから。
日本にだって勿論危険はある。チカンがいたり、ストーカーがいたり、通り魔がいたり、ひったくりがいたり、レイプ犯がいたりする。現実にそういった事件は昨今の日本では増えて来ている。
それでも、昼間の日本で警戒して歩いている女性はいないだろう。
その警戒心のなさもどうかと思うが、それだけ日本という国が幸せな国だということなんじゃないだろうか。勿論、色んな諸問題は抱えているにしても。
「絶対に俺の視界の中からいなくなったりするなよ」
はいはい、と半ば呆れながら返事をした。
アレックの心配性もここまでくると立派だ、などと思ってしまう。
名残惜しそうに私を見た後、璃里衣が待っているベンチへと戻って行った。
ふとベンチに目を向ければ、璃里衣が私達の様子を見物しており、その表情はニヤニヤとイヤらしいものだった。
あとで、なんかしら言われるのは覚悟しておいた方がよさそうだ。
「よしっ、リューキ。滑り台しよっ」
リューキを滑り台のてっぺんに乗せると、手を放した。
手を放したがいいが、リューキの体は滑り落ちては行かなかった。
うーん、リューキの皮膚では滑り台は滑れないか。
それならば……。
私も滑り台のてっぺんに乗ると、リューキを膝に乗せて滑った。
滑り台なんて、久しぶり。
下に足を着いたところで、リューキの反応を窺って見ると、見事に目が輝いている。
「リューキ滑り台気に入った?」
『うん。マリィ、もう一回もう一回』
リューキの子供らしい反応に心が和んだ。
こんな風にベンチで三人で話をしたり、リューキと滑り台をしていても、心のどこかで先ほどの祐一の痛そうな顔が浮かんでくる。
祐一は優しいから、きっと自分が苦しいのよりも、私を傷つけてしまったことに傷付いているに違いない。
祐一はそういう人だ。
『マリィ、もう一回っ』
リューキの声に、ふっと我に返った。
今は、リューキと精一杯遊ぼう。祐一のことを考えるのを、無理矢理遮断した。
「よしっ、リューキの気が済むまで何回でも滑っちゃおう」
元気が出るように、無理に大きな声を上げた。