第56話
私とアレック、璃里依が足を踏み入れた公園はとても小さい。
子供の頃にはそれなりに広いと感じたものだったが、今の私にはとても小さく感じられた。
こんなにもこの公園は小さかったろうか……。
公園には申し訳程度に滑り台と鉄棒があるばかりで、子供に人気のブランコさえなかった。
この公園に唯一つだけあるベンチに並んで腰を掛けた。
ぽつりと一つだけあるベンチは日中は散歩途中のお年寄りに人気があるようだ。
この公園で子供が遊んでいる姿を見たのはもう何年も昔のことだ。
子供に見捨てられた公園は少し淋しそうな雰囲気を醸し出している。
「お姉ちゃんはこの人が好きなんだね」
私を真ん中に挟んで左側に座る璃里依が直球を投げてきた。
「……うん」
出し抜けの直球に戸惑ったものの、素直に答えておくことにした。
「そっか。じゃあ、仕方ないよね。祐一のことは可哀相かもって思う気持ちはあるけどさ、気持ちが離れているのにずるずるいくのはもっと深い傷をつけることになっちゃうもんね。そのほうが祐一の為にもいいと思うよ」
いっぱしの意見を言うようになった璃里依を驚いて凝視する。
「璃里依はあんまり恋愛に興味がないんだと思ってた」
「そりゃあね、中学にもなればそれなりにね」
急に大人びて見える妹を知らない人のように思えて少し淋しくさえ思えてきた。
もう、姉離れしてしまったんだろうな。私がいなくても大丈夫なんだろう。
「お姉ちゃん。お父さん達と会って、話をしてから今後のことを決めるって言っていたけど、本当はもうここに来る前から気持ちは決まってるんでしょ?」
「どうしてそう思うの?」
「かん」
あっけらかんとそう言い放った。
「そっか」
私の考えていることに一番に気付いてくれるのは、いつも璃里依だった。
生活の中で一番身近にいたからかもしれない。
「うわ、こら暴れるな」
しんみりとした気分でいたのに、アレックの慌てた声に遮られた。
アレックの服の中からリューキがモゾモゾと出てきているところだった。
首の所から出ようとするのだが、なかなか出れなくて服の中で暴れているものだから、アレックはくすぐったいのか体をよじっている。
「アレックちょっとごめん」
ぺらりと服を持ち上げリューキにこっちから出るように促す。
アレックの腹筋が思いの外逞しいのを見て、一瞬ドキリとしたのは、秘密である。
「あれ、アレックいつの間に着替えたんだ」
自分のことで、祐一のことで必死でアレックの変化に今になって気付いた。
「マリィの父上に借りたんだ」
アレックはTシャツとジーンズという普段では考えられないラフな格好をしていた。
お父さんは背が高いので、サイズは大丈夫なようだけど、いかんせんおじさんなので、地味な服しか持っていない。
そんな地味な服を無難に着こなしているアレックは大したもんだ。
「なんか始めて見るから新鮮。似合うね、そういうのも」
ちょっとドキドキした。
普段とは違うアレックに。
「惚れなおしたか?」
それを、妹がいる前で聞きますか?
まあ、答えは「うん」なんだけどね。
敢えて聞こえなかったふりをして、リューキに声をかける。
「アレックの服の中で寝ていたの?」
『うん。でも寝心地悪かった。僕、今度からはマリィの洋服の中で寝る』
いいよ、と返事をする前にリューキをアレックに奪われた。
「ふふっ、そうはさせるか。俺が全力で阻止してやる」
『アレック黙ってろ』
「なんだと」
つくづく思うのだけれど、この二人は普段こうやって言い争いをしているけど、案外仲良しなんじゃないかなと。二人は絶対に、力一杯否定するだろうけど。
ふと、気付くと璃里依が私の前まで顔を突き出して、リューキを見ている。
「お姉ちゃん、これぬいぐるみだよね?」
私達がぬいぐるみに話し掛けていると不思議に思ったのだろう。
「本物。本物の竜だよ」
「竜?」
璃里依の視線に気付いたリューキが私を見上げた。
この人は危険じゃないのかと、目が問い掛けている。
「大丈夫だよ。私の妹の璃里依だよ」
その言葉を聞いたリューキは納得したのか、アレックの手から逃れると、自らの翼を広げ、璃里依の腕の中に飛び込んだ。
「リューキっていうの。産まれたばかりの赤ちゃん竜だよ」
「そうなんだ。よろしくリューキ」
璃里衣がリューキの顎の下を撫でてやると、気持ち良さそうに目を閉じた。
「でもさ、さっきお姉ちゃん達、リューキと話してるっぽかったけど、まさか本当に竜と話せるなんてことないよね?」
リューキの顎を撫でながら、視線をこちらに向けてそう言った。
「私とアレックはリューキと話が出来るんだよ。あれ? そう言えばアレック、日本語分かるの?」
話が出来るで思い出したが、日本とカリビアナ王国では使用言語が違う。
今まで普通に会話していたけれど、私達の会話の内容を理解していたんだろうか。
「ああ、どうやら話せるようだ。分かるしな。文字を読むことは出来ないだろうが、会話に支障はない。これもお前の力か? それとも、リューキの力か」
私は特に何もしていないのだけれど……?
「リューキが何かしたの?」
『僕じゃないよ。でも、ここに着いた途端に、マリィから力を感じた。だから、マリィがやった』
「無意識にマリィが俺が日本語を話せるようにしたってわけだよな」
「そんなこと言われても、全然何にもしてないんだよ?」
「だから、それを無意識というんだろ?」
「そうだけど……」
何だかすっきりしない気分。
だって、自分では何かをした覚えは全くないのだから。
自分の覚えのないことを、私がやったんだって言われても、どう反応したらいいのか分からなくなってしまう。
『マリィは、まだ自分がどんな力を持っているのか、分かっていない。僕はマリィの力を感じることが出来るから、マリィが力を使えば分かるよ』
リューキがそう言うんだから正しいんだろう。
だけど、もし、私の力がもっと違う種類のもので、無意識で使ってしまってはとても危険な類のものだったとしたら、などと考えると自分自身が恐ろしくなるのだ。
力は人を救うことにもなるけれど、使い方を誤れば人を滅ぼすことにもなりかねないのだ。
こんな当たり前のことに、今更ながらに気付いてしまった。
「アレック。私、いつか誰かを傷つけてしまうかもしれない、この力で」
「お前が一人で背負うことじゃない。俺がお前の荷物を半分請け負ってやる。絶対に一人だなんて思うんじゃないぞ」
子供をあやすように、私の髪をかきまわす。
「ちょっと待って。お取り込み中悪いんだけど。お姉ちゃん、力って何?」
ああ、そうか。璃里衣は私が光の住人であるということを知らないのだ。
「話せば長くなるんだけど……」
私は迷っていた。
私が光の住人であるということを、璃里衣に話す必要があるのかということに。
「私、血が繋がってなくたってお姉ちゃんのこと、お姉ちゃんだって思ってる。ずっと心配してたんだよ。私には、知る権利があると思う」
「璃里衣。しっかり者になったね」
「お姉ちゃんがいなくなって、マリィーシアさんが現れたでしょ。身近に甘えられる人がいなくなって、マリィーシアさんがあんな感じの人だから、私がしっかりしなきゃって思ったんだ」
頼もしい。でも、少し寂しい。
そんなことを思うのは、贅沢なことかもしれないが。
「ありがとう、璃里衣。でも、私といる時ぐらい甘えてくれていいんだよ。なんか急に姉離れされるとちょっと寂しいから」
「もちろんそのつもり。お姉ちゃんと二人になったら目一杯甘えることにするよ」
私は妹の成長を喜ぶべきだ。
妹の頼もしい表情に、目を細めて微笑んだ。
「マリィ、俺が話そう」