第54話
「マリィ、俺も日本に行くぞ」
今までだんまりを決め込んでいたアレックが突然発言したので、本当に驚いた。
それまで私達の親子の再会の場面ということで、発言を控え、傍観者に徹してくれているのを有り難く思っていたのだ。
「アレック。私はすぐに帰ってくるんだよ。それに二人でって大丈夫か分からないし、危険かもしれないんだよ?」
アレックと一緒に空間を移動して、何かの事故でアレックだけが何処かに飛んでしまったら困る。
「大丈夫よ、マリィ。しっかりとマリィに掴まっていれば問題ないだろうから。せっかくだから、アレクセイ様も行ってみたらいいと思うわ。何事も人生経験だから」
アレックが日本に来るってことは、祐一にも会うってことだよね。
大丈夫かな……。
一抹も二抹も不安が過る。
「心配するな。お前に迷惑はかけないからな」
その自信満々な顔がかえって不安をあおるということにアレックは気付いていないようだ。
私が否と主張しようが、お父さんとお母さんは是非にも行っておいでと言う、三対一ではどうにも分が悪い。
「分かった。連れてく。でも、絶対私の言うこと聞いてよね?」
「ああ、問題ない」
願わくば、祐一には会わせたくなかった。
喧嘩になることはないだろうと思うけど……。
私の心配をよそに、三人は談笑を始めた。お母さんは、何かお土産を買ってきてなどとちゃっかりと頼んでいる。
人の気も知らないで、呑気なものだ。
「リューキ。産まれたばかりなのに頼っちゃってごめんね」
『いいよ。僕、マリィ大好き。だから、一緒に旅行行けるの嬉しいんだ』
まだまだ赤ちゃんのリューキはとっても可愛い。私のことをとても慕ってくれていて、寝ている時以外は私の周りにへばり付いているのだ。
それにしても、今回の日本行きはリューキにとっては旅行に行くような気楽なものらしいが、私の方はと言えば不安で不安で仕方ない。
「大丈夫だ、マリィ。こいつはやる時はやる男だ」
アレックの上から目線な言い分が気に食わないのか、リューキはぷんぷんしていた。アレックはそれを軽くいなし、面白がっているように見える。
無事に日本に着けるんだろうか。というより、このメンバーで大丈夫なんだろうか……。
そう思わずにはいられなかった。
「マリィ。大丈夫よ。何かあったら私もあなたたちを追い掛けていくから」
聞けばお母さんは、強く相手や場所を思えばそこへ移動することが出来るとのこと。
私はこちらに来たばかりで力が安定していないので、リューキの力を借りなければ日本へ移動できないが、そのうち力も安定してくれば私一人の力でも日本までの距離を移動できるようになると言っていた。
ちなみにお母さんのパートナーの竜はもう体が大きいということで、グルドア王国でお留守番をしているそうだ。本当は竜の背に乗って飛んで来た方が移動時間の短縮が出来ていいのだが、いかんせん目立ち過ぎるので断念を余儀なくされたのだ。転移すれば早いのでは、と尋ねたのだが、それでは旅行気分が味わえなくて嫌だという。
お母さんの竜は、女の子でこの国に連れて行って貰えないことに拗ねて、出発前は口もきいて貰えなかったらしい。
いつかお母さんの竜とも会ってみたいと思う。もし、それが叶うのなら……。
「マリィ。気を付けていくんだよ」
私達の見送りにはお父さんとお母さん、ジョゼフ、キールとニール、そして侍女三人が来ていた。
朝食の時に掻い摘んで話したので、彼らは今も混乱しているようだ。
ルドルフとシルビアには話していない。二人には申し訳ないが、ジョゼフに詳細は話して貰うように頼んである。
一度こちらに戻って来たら、真っ先に二人には謝罪に行こうと思っている。シルビアはきっと黙っていたことを怒るだろう、というより拗ねてしまうかもしれない。私と同じように楽しいことが大好きな人だから。もしかしたら、自分も日本に連れて行って欲しいと言い出すかもしれない。シルビアに今回の日本行きを伝えなかったのも、そう言いだすであろうことを懸念してということでもあった。
「一度こっちには必ず帰ってくるんだから、そんな顔しないでよ」
三人の侍女達はまるでこれが今生の別れとでもいうように顔を歪め、今にも泣き出しそうだ。
「私達心配で……、もしマリィ様に何かあったら……」
「大丈夫っ、心配ない。私がそんなへまするわけないじゃんっ」
三人を安心させる為に、ニカッと笑って見せた。
さっきまでは私が励まされる立場だったのに、いつの間にか立場が逆になっていた。
『マリィ。そろそろ行こ』
アレックを見上げ、その笑顔を見た後私は大きく頷いた。
出発地点は城の裏手の原っぱ。リューキのお母さんと出会い、そして別れたところだ。
目的地は私の育ったあの家のリビングにしよう。
お父さんとお母さん(日本の)、璃里依がリビングで団欒をしている光景を思い浮べた。
「アレック。掴まってっ」
私の思い描いた光景が頭の中でしっかりと映像化したと同時に、リューキが光を放った。
炎と間違えるような赤い光は私達を包み込んだ。巨大なシャボン玉の中に入ってしまったような感じだった。
その光を通して、呆気に取られているみんなの顔がうっすらと見える。驚いていないのは、お父さんとお母さんだけだ。
私は口をひらいてこちらを眺めるその面々にひらひらと手を振った。
と、同時にその光景がふっと消えた。
瞬きをする間の出来事だった。目を閉じて、再び開いた時にはそこは懐かしいリビングだった。
「おおっ、リューキ凄いじゃんっ」
『でしょっ、竜のパワーは凄いんだ』
やっぱり赤ちゃんだ。褒められるのが嬉しくてしかたないといった感じがびしばしと感じられる。
それにしても、想像以上に速くて驚いた。私が日本からカリビアナ王国へと入れ替わった時には、なんだか乗り物酔いをしそうなほどに下へ下へと落ちて行く感覚をたっぷり味わったが、今回はそんなことを考える間もなく着いてしまった。
「まあ、なかなかのパワーだな。お子様にしてはやる方だよ」
『きぃぃっ。アレック、嫌いっ。お子様って言うな』
そして、また喧嘩が始まった。
ほとほと呆れる。アレックもアレックだ。大人げない。
「もう、こんな所に来てまで喧嘩しないでよ。アレック、大人げないよ。リューキをからかうのはやめて」
拗ねたようにフイっと顔を背ける。
『やーい、アレック怒られたっ』
「リューキも、アレックにきらいとか言っちゃだめだよ」
表情は変わらないが、これが人間の子供だったら頬っぺたを大きく膨らませているようなものだろうと思った。
「二人とも仲良くしないなら、どっちかここに置いて帰るからね」
「お前がここに残るなら、俺もここに残ってもいいぞ」
アレックがいともあっさりとそんなことを言うので、目を見張った。
「そういう選択肢もあるってことだ」
アレックはそんなことを考えていたんだ。もし、私が日本に帰ると決めたなら、アレックも一緒に日本に行こうと。
私が知らない所で、そんなことを考えていたなんて。
口を開くがそのまま閉じてしまった。何を言えばいいのか分からなかったのだ。
「真理衣……なの?」
声のする方に顔を向けて初めて気付いた。
リビングのソファに、お父さんとお母さん、璃里衣、マリィーシア、そして祐一が座り、とんでもないものを見てしまったと、目をむいている。
ああっ、私帰って来たんだ……。