第53話
どう接すればいいのか戸惑うばかりだ。
突然、マリィーシアの両親だと思っていた人々が自分の実の両親だったと告げられて平静を保っていられるほど、神経は図太くないと自負している。
少なからず、というよりもかなりのショックを胸に抱いていた。
自分の親が他人でしたと分かって、戸惑わない人間はそうそういない。
「……私はこれからどうすれば良いのかな?」
口から零れ落ちた疑問。
「それはあなたが決めて良いのよ、マリィ。私達はあなたを手放したくはないけれど、あなたを縛り付けておくことは出来ないの。急に一気に全てを知ってしまったら動揺するのも無理はないし、あちらのご両親への気持ちもあるだろうしね」
「……こっちに残るにしても、向こうに帰るにしても、一度日本の家族と話がしたいです。それからどうするかを決めたい。でも話をする手段が……」
どうしても一度話がしたかった。家族ともマリィーシアとも、そして祐一とも。
その結果どうなるか今の私には想像が出来ないけれど……。
「手段なら簡単よ。産まれたんでしょ? ベイビーちゃん」
「え?」
「私にも聞こえるのよ。竜の声を」
あっ、そうか。お母さんも光の住人だものね。
「なに? マリィのパートナーが産まれたのか。懐かしいな、マディ。私は君の竜に火を葺かれたんだ。おや? そういえば、君の前髪もしや早速火を噴かれたんじゃないのかい?」
アレックの前髪のちりちりを目ざとく見つけたお父さんはすかさず指摘した。
アレックは苦笑して頷いた。
「もう、あなた。話の腰を折らないで。そういうのは後でゆっくり聞けばいいことだわ」
お母さんに叱られたお父さんは、しゅんと大人しく黙り込んだ。
「リューキが関係あるんですか?」
「リューキ? ああ、ベイビーちゃんのことね。そのリューキがいればマリィが育った世界へ行けるわ」
「でも、おばあさんはどこにつくか分からないから危険だって」
厳密には私もマリィーシアもお互いに戻りたいと願えば入れ替われる。少しでも気持ちに迷いがあるとどこに飛ぶか分からないと言われたのだ。
「それはマリィとマリィーシアが入れ替わる場合の話よ。マリィが向こうに行くなら、向こうにいる誰かを心に強く願えば行ける。リューキが行き先を間違えないように軌道修正してくれるわ。ただ声を聞くよりも直接会って話したいでしょ?」
確かに会いたいと思う。
だが、この二人は私が日本に行って帰って来なかったらとは考えないのだろうか。
「そりゃ、本心を言えば言って欲しくないわ。でも、さっきも言ったように自分で決めなくてはいけないことなのよ。この国では17歳と言えばもう立派な大人ですもの」
気持ちを読まれたようだ。
淋しそうな笑顔を浮かべる。
私が日本に行ったらこちらには帰って来ないと思っているようだ。それでも私が後悔しない為に、日本に行くことを勧めてくれているんだ。
「小さなリューキで大丈夫なんでしょうか?」
「心配ないわ。産まれたときからパワーは十二分に備わっているから」
「じゃあ、私日本に行ってきます」
そうね、とお母さんは笑った。その笑顔に、ほんの少しだけ私が幼い頃のお母さんがちらりと頭をかすめたように思えた。
私はテーブルに置かれた冷めきった紅茶を口に含み、口を開いた。
「あのっ、おっおっお父さんっ」
「ああっ、マディ。マリィが私のことをお父さんと言ってくれたよ。もう死んでも良いくらいに幸せだ」
その言葉は決して大袈裟ではないようで、お父さんの目尻には光るものが。
「まあ、駄目よ。私を残して死んだら許さないから。でも、ズルいわ。あなただけ呼んでもらって」
お父さんをじろりと睨んだあと、おねだりするような甘えた視線をこちらに寄越した。
「あっ、お母さん」
そんなに期待満々で見つめられると、極限まで恥ずかしくなってくる。
「あの、お父さんってもしかして結婚する前、この城で研究者として住んでませんでした?」
「なぜそれを?」
ああ、あの日記を書いたのはやっぱりお父さんだったんだ。
「私、この城で使われていない書斎を見付けたんです。その書斎に置かれていた古い机の引き出しの中には日記が入っていました。その日記には光の住人であるマディという女性のことが多く書かれていました」
「うっ」
「まあ、あなたっ。日記を付けていたの?」
ちょっと後悔した。
お父さんはお母さんに日記の存在がバレたことかなり動揺している。目が泳いでいるのだ。
「いやっ、その……」
お父さんにこっそり返しておけば良かった。
「書いたのね?」
「はい。書きました」
「私が見てもいいわよね?」
「いやっ、それはその、駄目っていうか……」
普段どちらが実権握っているのかは明らかだ。
「なあに? 何か駄目な理由でも?」
「違うんだ。あの頃の熱い想いを赤裸々に綴ってあるものだから、恥ずかしくてとても君には見せられないよ」
ああ、日記ってあとで読み返してみると、悶絶するほど恥ずかしいこと書いてあったりするよね。
特に好きな人への気持ちを書いてあるページは破り捨ててしまいたくなる。
私も一時期日記を書いていたが、そんな理由でぱたりと止め、今まで書いたものは全て始末してしまった。
「ちょっと不思議に思っていたんですけど、マリィーシアってグルドア王国のお姫様ですよね? ということは、お父さんがグルドア王家の血を引いているってことですよね。なのに、どうしてこの王城に住んでたんですか?」
「カリビアナ王国とグルドア王国というのはとても親交が深いんだよ。だからグルドア王家の血をひくものはよくこの国に遊びに来たり、学びに来たりしていたんだ。私は研究者として、両国の発展の為にこの国の研究者と共に共同研究をする為、3年ほどこの城に住んでいたんだよ。その期間にマディと出逢ったというわけだ」
日本で言うところの、留学でこの国に来ていたということなのだろう。
そして、二人は出逢い恋に落ちた。お父さんと添い遂げる為にグルドア王国へと嫁いで行ったということなのだ。
「そっか、そういうことなんだね。謎は解けました。お父さんとお母さんは、この城にいつまでいられる?」
「そうだね。向こうで仕事もあるからね、そんなに長くはいられないが」
「私、日本に行ってきます。どんな結論を私が出すにしても、必ず一度ここに帰ってきます。出来れば、それまでここにいてくれないですか?」
お父さんがお母さんに視線を投げる。お母さんは大きく頷いた。
「分かった。私達はここでマリィの帰りを待っているよ。だから、気をつけて行っておいで。それから、マリィを育ててくれたお父さんとお母さんにお礼と謝罪の気持ちを伝えておいてくれるかな? ああ、マディ。手紙を書いた方がいいだろうか」
「そうね。手紙を書きましょう」
「お父さんとお母さんは、マリィーシアに会いたいと思わないんですか?」
いくら血のつながりがないと言っても、12年間も一緒に暮らしていたのだものそう思うのは当り前じゃないか。
「私達は、あなたとお別れして、マリィーシアと出逢った時からこうなることを知っていたの。だから、あの子との日々を毎日大事に過ごして来たから大丈夫。いつ返しても大丈夫なようにね」
少し寂しそうではあるものの、その表情にはすっきりしたものがある。
「マリィ。俺も日本に行くぞ」