第49話
私の肩を掴んでいたのは、見知らぬ女性だった。その女性の隣には、その女性の夫であろう男性が立っていた。
いかにも嬉しそうに、いかにも懐かしそうに、そうまるで我が子に会ったかのように、女性の目尻には涙まで浮かんでいる。
明らかに知らない人であるのに、どこか懐かしさ、何とも言えない込み上げて来るものがある。
この人たちは一体……。
「あのっ……」
口を開いたものの、その後どう続ければいいのか分からず、言葉に詰まってしまった。
二人の方でも何か口を開きかけるものの、いい言葉が見付からずといった感じで口を閉じてしまう。
そんなことをお互い繰り返していたように思う。
「……リィ、マリィ」
人混みの中から必死に私を呼ぶアレックの声が聞こえてくるが、振り返って見るもののその姿は未だ確認することは出来ない。
「アレックっ」
何処へともなく呼び掛ける。自分がここにいると、知らしめるために。
「マリィっ」
ぐんと声が近付いたと思ったら、すぐそこにいた。
「アレック」
「心配したんだ。また、攫われたんじゃないかって。無事か? 誰かに何かされたんじゃないだろうな?」
「アレック。落ち着いてっ。私は大丈夫。誘拐とかそういうんじゃなくて、人の波があんまり凄かったから流されただけだって、全然、心配ないんだよ」
アレックに力強く引き寄せられ、その安心できる胸の中にすっぽりと収まった。
「俺とお前が絶対に離れないように手と手を紐で縛っておけば良かったんだ」
それって手錠かけるのと同意味なんじゃなかろうか。
それじゃ私が囚われた人みたいでイヤなんですけど……。
「えぇ、それは勘弁してよ」
「ん?」
アレックは、私の背後で恐らく私達の一連の会話および行動を見ていただろう夫婦に気付いたようだ。
私自身、アレックの出現により二人の存在を忘れていたのだ。
「これはアレクセイ殿。お久しぶりです」
「いらして下さっていたのですね。王城にいらして頂ければ我々がご案内しましたのに」
「たった今、こちらに着いたのですけれど、祭りの楽しげな音を聞いてしまったら待っていられなくて直接こちらに来てしまいました」
アレックの知り合いと思われる女性は、まるで少女のようにコロコロと笑った。それなりに年を召しているようにも、とても若いようにも見える。
一体いくつくらいなんだろう。
「それにしても真っ先にマリィに会えるなんて思っていなくて……。良かったわ。アレクセイ様、娘はきちんとやれているかしら?」
娘……。
今間違いなく、娘と聞こえた。
ということは、この二人はマリィーシアのご両親だということではないか。
パッとアレックに視線を向ければ、それを待っていたように小さく、だが力強く頷いた。
……どうしよう。
私はマリィーシアがご両親とどんな接し方をしていたのか知らない。
親なんだもの、すぐに私が偽者だと分かってしまう。
「ほら、マリィ。久々のご両親との対面で恥ずかしがっているのか?」
私の背中をそっと前に押す。
どうしよう。
考えろ。親子の久しぶりの対面っていったら、その喜びはひとしお。
いや、考えるべきじゃない。想像するんだ。日本に戻って、両親に会ったら私ならどうするか。
ここは日本。目の前には会いたかった私の大好きな両親。
一歩を踏み出す。
あとは体は自然と動き出す。
マリィーシアのお母さんに勢いよく抱きついた。
「会いたかった。会いたかったよ、お母さんっ」
泣いていた。
私も、そしてマリィーシアのお母さんも。
マリィーシアのお母さんは娘を思って、そして私はこの温もりがあまりに懐かしくて。
マリィーシアのお父さんが私の頭を撫でる。
「また会えて嬉しいよ、マリィ。元気にやっていたかい?」
優しい娘に向ける無償の愛をその言葉、その声音、その眼差しからひしひしと感じた。
こんなにも、マリィーシアはご両親に愛されているんだ……。
私は、この人からマリィーシアを、本当の娘を奪ってしまっているんじゃないだろうか。
「はい、とっても元気。毎日毎日色んな事が楽しくて、王城には色んな発見があって毎日ドキドキしながら過ごしてるの。それに、アレックがとっても良くしてくれているし……」
「マリィ。あなた……」
アリィーシアのお母さんが驚いたように目を見開いた後、手で口を押さえ、その場で泣き崩れた。
何が起こったのか私には全く分からなかった。何故、突然泣き始めたのか。
まさか、私が偽者だって事がバレてしまったんじゃないか。
『マリィ。落ち着け。大丈夫だ。義母上はマリィーシアに会えて嬉しくて、感極まっただけだ』
動揺してしまったせいで、制御していた気持ちがアレックに読まれてしまったようだ。
『だけど、アレック。この泣き方は会えて嬉しいだけって感じではないような気がするんだけど……』
『義母上は涙腺が弱いんだ。すぐに泣くんで俺も最初は驚いたほどだ』
むせび泣くマリィーシアのお母さん。その傍らで背中を摩り、耳元で何かを囁いているお父さん。恐らく、励ましの言葉を送っているのだろう。
「あの、お母さんじゃなくてお母様。場所を変えましょう」
ここは人が多すぎる。行きかう人々が何事だと私達を見ている。
マリィーシアのお母さんが泣く姿をこれ以上、野次馬に見られたくはない。
お父さんの反対側の腕を取り、立ち上がらせると人気の少ない路地へと連れて行く。アレックが代わろうと言ってくれたのだが、何故だかその腕を放してはいけない気がして首を横に振った。
「ごめんなさい、マリィ。取り乱してしまったはね」
ひとしきり泣いたことですっきりしたのか清々しい笑顔を惜しげもなく披露した。
何というか、起伏の激しいタイプの人のようだ。
「いえ、大丈夫。それより、もう落ち着いたのなら祭りを見に行きませんか? なんか私、こう祭りの音楽聞いているといてもたってもいられなくって……」
「あら奇遇ね私もなの。こんなところで泣いていたら折角の祭りが台無しだわ。さっ、マリィ行きましょう」
お母さんに腕を取られ、半ば引っ張られるようにして歩いて行く。
さっきまで泣いていたとは思えないほどに、元気いっぱいになったお母さんに最初は戸惑ったものの、私も楽しいことの方が大好きな性分なものだから、すぐさま気持ちを切り替えお祭りモードに突入する。
置いて行かれた男性陣二人は、お互いに顔を見合せて大きな溜息を吐いていたことなど、私達二人には知る由もないことだった。
「ほらっ、マリィ。この髪飾り、あなたにきっと似合うと思うわ」
「本当? こんな可愛い髪飾り私に似合うかな? 私こういうの普段つけないんだけど……」
傍から見たら私達は仲の良い親子、いやお母さんははしゃいでいるととても若く見えるので、姉妹のように他人の目には写っていたかもしれない。
そんなはしゃぎっぷりの偽親子二人の後を、多少うんざりしているような表情を浮かべる覇気のない男性陣が続いている。
「リッチー。マリィにこの髪飾り買ってあげたいの。いいでしょう?」
お父さんの名前はどうやら「リッチー」というらしい。もしくは愛称かもしれないが。
「仕方ないな」
などと言いながら、頬が緩み切っているお父さん。お母さんには頭が上がらない、というか、メタ惚れなんだろう。
『……っ』
お母さんとお父さんの仲睦まじい姿を見て微笑ましいと思っていたそんな時、頭の中に直接呼びかけてくる声を聞いた。
「あっ……」
考えるよりも早く私の体は動いていた。