第47話
「ティアラさん。何だか丈がこの間より短くなってる気がするんだけど?」
この間試着した時よりも明らかにスカートの丈が短くなっている。
普段、長めのドレスを着ることの多いこの国だが、祭りの衣裳は案外短かった。久しぶりに足を出すなぁ、なんて少しウキウキしていたのだが、それにしたってこれは短い。
「マリィ様は、足がとてもお綺麗でしたので、隠してしまうのは勿体ないと思いましたの」
「確かにマリィ様の足はとても綺麗ですけど、殿下がお怒りにならないかが心配ですわ」
シェリーが私の衣裳を見ながら、不安げに呟いた。
「ああ、殿下ならありそうですね。俺以外の男に足を見せるなって感じで」
マーシャも私の衣裳をまじまじと見つめ、こちらは少し可笑しげにこぼす。
どちらも普段からアレックの近くにいるものだから、言いそうなことを容易に思い付くようだ。
「確かにね」
私も二人の意見に同意を示した。
それにしたってこの衣裳は可愛いすぎる。どこぞのアイドルグループが着ていそうな衣裳なのだ。
私達がああだこうだと話しているのを聞き付けて徐々に人が私の周りに集まり始め、じろじろと私の衣裳を見るので、居たたまれない気持ちになってくる。
「どうしましょう。私ったらそこまで考えていなくて……」
ティアラさんの顔が今にも泣き出しそうなものになっていくのを見て、慌ててこう言った。
「大丈夫だよ、ティアラさん。うん、大丈夫。アレックの機嫌は私がとっておくからさ。気にしないで。とっても可愛いく作ってくれてありがとね」
精一杯の笑顔を作って見せた。折角作ってくれたティアラさんの涙は絶対に見たくなかった。
そこにいたみんなが黙りこくって私を凝視してくるので、あまりの視線の強さに驚いてたじろいだ。
「えっ? 何か私変なこと言ったかな?」
「「「かっ、可愛い〜」」」
突然の叫び声をあげる面々、あまりの勢いに一瞬怯んだ。
その叫びで公民館が震えた気がしたのは気のせいに違いない。
「は?」
「マリィ様。あれは反則です。普段、マリィ様はあまり派手なドレスは着てくださらないので、私達常々悲しく思っていたんです。こんなに可愛らしい衣裳で、小首を傾げて愛らしい笑顔を見せられたら、殿方じゃなくてもコロッといってしまいますわ」
コロッとって何だ?
マーシャに両手を握られて、呆然していたが心の中でツッコミを入れることは忘れなかった。
「マリィ様は、普段その美しい容姿を隠してしまうようなドレスしか着てくださらないのですもの。今日のマリィ様はまるで天使のようですわ」
だって、ドレスとかもともと好きじゃないんだよ。本当はここに来た時の制服で過ごせるならそうしたいところなんだけど、生憎私はマリィーシアとしてここで暮らしているわけだから、そうするわけにもいかず止むを得ず着ているだけなのだ。
出来るだけ派手なドレスは避けて、シンプルにシンプルにと毎度要求することは侍女達には不服で仕方なかったようだ。が、私だって絶対譲れないんだから。
「私、恋に落ちてしまいそうでしたわ」
無理~。私、そういう趣味ないから。
次から次へと浴びせられる賛辞に耳を塞ぎたくなった。
誉め言葉は大の苦手。どう反応していいのか困惑してしまう。
まあ、全て社交辞令なんだろうけどさ。
「えっと、あのありがと。うん、でももうそれ以上言ってくれなくて大丈夫。みんなの気持ちは嬉しいんだけど、誉めすぎなので」
恐縮する私に、さらに賛辞の嵐が降り注ぐ。
明らかに逆効果だったようだ。先程よりもヒートアップする彼女達を見て、私はそれ以上もう余計なことは何も言わないと心の中で固く誓った。
「はい、みんな〜。そろそろ時間ですよ」
パチパチパチっと手を叩きながら入って来た先生の一声で、ようやっと賛辞の嵐から解放されることが出来た。
ぞろぞろと移動しながら自分の衣裳をまじまじと見る。
きっとアレックに文句言われるんだろうな。
一抹の不安が過るがそれもほんの一瞬だけのこと、これから祭りが始まるんだって思ったら、ワクワク感がむくむくと込み上げてきて、思わず叫びだしてしまいそうなほどだった。
町の通りを見た時、私の感想は凄いの一言に尽きた。
先ほど、アレックと歩いた時には完全な満員電車と化していたこの通りが今は奇麗に場を開けられている。あの通りの惨状を見た時は、こんな大勢をどうやって移動させるんだと不安に思ったものだが、それは私の杞憂だったようだ。
大音量の音楽が始まり、先頭から始まったダンスで民衆のボルテージもマックスになって行く。大音量の音楽だった筈がなんとか聞こえるという程度にしか聞こえなくなったほどに。
この中にアレックが本当にいるんだろうかと疑いたくなる。
通りにいる民衆を端に寄せただけなので、端に民衆が集中している。こんな中にアレックがいることに不安になる。
怪我しなきゃいいけど……。まあ、キールがいてくれるから大丈夫ではあると思うけど。
ダンスは二列に並んで踊りながら前へと進んで行く。私の隣りには緊張気味のハンナが胸に手を当てて深呼吸している。
そうそう、この間の私がフランクと遭遇したすぐ後、フランクはハンナに想いを告げてめでたく二人は恋人同士になったわけだ。そして、彼女の頭の上には白い花冠が乗せられている。その意図はこの町の人間なら誰しも知っていること。
「ハンナ。大丈夫? 緊張しすぎだよ、落ち着いてっ」
「マリィ様は緊張しないんですか?」
ハンナが瞳を開いて、すがるような目で私を見つめる。
「少ししてるかな。でも、ワクワクの方が強い。これから楽しいことが始まるんだって思ったら、嬉しくて堪んないって感じ」
ハンナの瞳が見開かれる。
「聞いた私が馬鹿でした。マリィ様がこんな状況楽しんでないわけありませんよね。その図太い神経を少し分けて頂きたいです」
ちょっとハンナ。何気に酷いこと言ってんの解ってんのかな?
緊張のあまり失礼なことを言っていることにすら気付いていないハンナに、同情したい気持ちになった。あとで思い出して頭を下げに来なきゃいいけど。頭が冷えた後のハンナの慌てぶりが目に浮かぶようだ。
「じゃあ、日本で緊張した時にやるおまじない(?)を教えてあげるよ。掌に「人」って三回書いて、それを呑みこむの。そうすると緊張が解れるって言うけどね。あと、観客は全てカボチャだと思えってよく言うかもね」
私の説明通りに掌に書いた「人」を飲み下すハンナ。効果が出たのか全く解らないと言った感じで首を傾げている。
「観客はカボチャ。観客はカボチャ。観客はカボチャ」
自分に言い聞かせるようにぶつぶつと唱え続けるハンナ。
傍から見てると、ちょっと危ない人のようで怖い。それだけ、極度に緊張しているのが窺える。
「あとは……、わっ!」
「ぎゃあっ」
突然大きな声と共に肩を勢い良く掴んだ。
「吃驚した?」
「もう、マリィ様。何なさるんですか。吃驚して死ぬかと思いましたわ」
「ひゃひゃひゃっ。今のハンナのびっくりした顔超面白かったぁ」
ゲラゲラと笑う私を見て、始めは呆れた顔で見ていたハンナもけらけらと笑い始めた。
「力、抜けた?」
「あっ、はいっ」
笑ったことで肩の力が抜けて、リラックスすることが出来たようだ。
「よしっ、さあいこう」