第46話
人混みは想像以上に凄くアレックとはぐれないようにするのは骨の折れる作業だった。手を繋いでいても気を抜くとその手が放れてしまいそうになるのだ。
今日は待ちに待った祭りの日。朝からソワソワと落ち着かない私を見兼ねてアレックが早々に町に連れて来てくれたのだ。
私達が参加するダンスは午後一で行われることになっている。毎年そのダンスパレードが祭りのファンファーレを兼ねているのだ。
まだ午後を回っていない、つまりまだ祭りは始まっていない時間だというのに町は既に満員電車と化していた。
「大丈夫か、マリィ。絶対手を放すなよ」
体を動かすことが出来ないので、アレックの表情を確認することも出来ないでいた。
「……大丈夫……かも」
何とか口に出した言葉は果たしてアレックまで届いたんだろうか。
アレックの手に誘導され、何とか人気のないエリアに移動することが出来た。
「スッゴい人だったね?」
「俺はこんなに疲れを感じてるのに、何でお前はそんなに元気なんだ」
相変わらず嬉しくてワクワクして笑顔が顔に張り付いてしまっている私を、げんなりとした顔でアレックは見ていた。
「だって、こんな風にアレックと二人きりで出かけるのってもしかしたら初めてじゃない? そしたらこれって正真正銘のデートじゃん。嬉しくないわけないよ」
出掛けるとなると必ず誰かお供がいて、二人きりでお出かけなんてさせてもらったことはなかったのだ。だが、残念なことに、今日とて二人きりでデートをしているように見えるが、実際には何処かからキールがしっかりと護衛しているのだ。まあ、見えないだけましなのかもしれない。
「あんまり俺を煽るようなこと言うな」
「煽る?」
「そんな可愛いことを言われたら俺の自制心も効かなくなるんだがな」
いやいや、可愛いことなんて一言も言ったおぼえがないんだけど?
小首を傾げるとそれを迎えるようにアレックの唇が重なる。
「アレックっ」
いくらここに人がいないとしても、キールがどこかで見ているというのに。
何処かから見られていないかとキョロキョロと周囲を見回す。360度見回してみても、さっぱり何処にいるのか解らない。
本当、キールって忍者みたい。
「見せておけばいい」
平然と言い放つアレックに睨みを効かせるが、アレックはどこ吹く風で再びキスを奪う。
もうっと膨れてみせるが、アレックはそれにも動じる様子もなく、私の耳元に唇を寄せた。
「キールの目なんか気にするな。今、お前は俺とデートしてるんだぞ。俺の前で違う男のことを考えるなんて許さない」
言い終えてから、ぺろりと耳を舐めてすぐに顔を放した。
私からの攻撃を予測しての素早い行動。一瞬虚を疲れた私の攻撃は、アレックのいない空を切った。
「アレックの馬鹿、アホ、キザ、キス魔」
「でもそんな俺が好きなんだろう?」
躍起になってアレックの悪口を捲くし立てる私に、ニヤリと嫌な笑顔を送る。
「好きじゃないもんね」
ムカッ腹の立った私は、素直にアレックの望む答えを言ってはあげない。
「俺が好きなんだろう?」
わざと私の視線の前にずいっと顔を押し出すと再び同じ問いを投げ掛けてくる。
「好きじゃない」
「そうか、じゃあ俺は違う女性と回ることにする」
淡々とそんな言葉を落として、私に背を向けて歩き去ろうとする。
それがアレックによる演技だということは解っている。だが、私を置いてどこかに去ろうとするアレックを見るのは、冗談でも苦しかった。
思考よりも先に体が勝手に動き出す。
後ろからアレックの腰回りに腕を回す。
「うぅっ、好きっ。いっちゃヤダ」
アレックは歩を止めると、私の手を取り、ゆっくりと体の向きを替え、すっぽりと私の体を包み込んだ。
アレックの顔は見えないけれど、きっと勝ち誇った顔をしているに違いない。
「悪かった。少し意地悪をしたな」
少しじゃない。かなり意地悪だよ。アレックの馬鹿っ。
「今の聞こえたぞ」
「うん。だって聞こえるようにしたんだもん」
一瞬だけ自分の心の中をアレックに読ませて悪口を言う。
「アレックが悪い。意地悪する方が悪いんだよ」
「でも、お前はそんなに言うほど怒ってない。違うか?」
その通りだよ。図星です。私はアレックとするどんな会話にだって幸せを感じてしまうんだ。こんなちっぽけな、傍から見ればただの痴話喧嘩でしかない会話だって楽しくって仕方ないんだ。
「当たってる……けど」
「けど?」
「アレックもそうでしょ? 私といるのが大好きでしょ? そして私自身のことも大好きで仕方ないんでしょ?」
「そうだ。俺はお前が愛しくて愛しくて仕方ない。この気持ちはどこの誰にも負ける気がしない。勿論、お前にもな」
ギュッと腕に力を込めてより近づけるようにしがみ付いた。どんなに抱き締められても、どんなに抱き付いてももっともっと近付きたいと思ってしまう。
いっそ私とアレックが同じ人だったらいいのに……。
って、それじゃ意味がないか。
こんな馬鹿な考えが浮かぶほどにアレックに溺れ切ってしまっている自分が怖かった。
「私の方が気持ちでは強いに決まってるけどね」
「何を言う。お前が俺に勝てるわけがない」
「何でよ……ってこの会話、意味ないよね。気持ちは測れないし、争うことでもないよね」
とはいうものの、絶対アレックより自分の気持ちの方が強いと内心では思っていた。負けるわけがないと。
「まあ、そうだな」
そう言いながらも、アレックもまた自分の気持ちの方が強いと確信していることがその顔を見れば容易に読み取ることが出来る。
「今日のダンスの衣装ね、実はティアラさんにお願いして作ってもらったんだ。ティアラさんって本当何でも出来て凄いよね。弟子入りしようかな、なんて本気で思っちゃったよ。私、家事とか裁縫とか全然出来ないから、この機に習ってみるのもいいかなって思ってるんだけど。ティアラさんはね、いいよって言ってくれてるの。駄目かな? 料理とかもね、習ってアレックに手料理食べさせたいなって思ってるんだけど」
ティアラさんは本当に何でも出来る凄い人で、人望も厚く、あの界隈の人気者なのだ。ダンスの練習の時も必ず差し入れを用意してくれて、それがまた美味しいのだ。
「いいんじゃないか? 俺から兄上に話を通しておこう。彼女を城に呼んだらどうだ。夫も近衛にいるのだから、一緒に出勤して一緒に帰宅できるだろ?」
「本当っ? うん、そうだね。その方がノッポさんも安心だよね」
また一つ面白そうなことが始まりそうな予感に、私の胸は期待ではちきれそうだった。
そんな最高の気分でいる時、マーシャがこちらに走り寄って来るのが見えた。
「マリィ様。えっっと、お取り込み中申し訳ございません」
何のことだと首を傾げると、マーシャは戸惑いがちに私達を見る。
何のことはない、私達は抱き合ったままの状態であったのだ。しかもその状態で顔を突き合わせて話していたので、マーシャにはキスの最中だと思ったのだろう。
「ああっ、全然大丈夫。別に取り込んでなかったから」
そろりとアレックの腕から逃れると、マーシャに向き合った。
「そろそろダンスの準備をする時間ですので、皆さん集まっています」
「そっか。じゃあ、アレック行って来るね」
手を振って、アレックを残して走り出す。暫く走った後、アレックを振り返ると隣りにはいつの間にかキールが立っていた。
「アレックっ。私の衣装凄いのっ。きっと惚れ直しちゃうからっ」
大きく手を振って再び走り出す。
「これ以上惚れ直しちゃったら何かと大変ですねぇ。ねっ殿下?」
「煩いっ」