第43話
みんなで買い物に出かけた日から何日かがすぎていた。
私と三人の侍女達は、町にある公民館のようなところに来ていた。
この公民館(仮)でダンスの練習が行われているということで、早速四人プラスお供にニールを引きつれてやってきたということなのだ。
公民館の中は見事に女性ばかりなので、お供のニールは肩身の狭い思いをしているようだった。
「ごめんね、ニール。居心地悪いでしょ? キールに頼めれば良かったんだろうけど、逃げられちゃったんだよね」
不器用なニールと違って、キールの方が女性の扱いに長けている。
女性陣に囲まれてあたふたしているニールを見ていると、同情してしまう。キールが逃げたのは、そういう対応が面倒だったのも勿論あっただろうが、対人関係の苦手なニールをわざと行かせるためだったのだろうとも思うのだ。一見、軽薄そうに見えるキールではあるが案外弟思いなのだと最近気付いた。
「大丈夫です、マリィ様。私はあなたをお守りする為に来たのですから、これしき何ともございません」
あいも変わらぬ堅苦しさに苦笑を漏らすと、ニールも困ったように小さく笑った。以前よりも笑うようになったニールは、城内の侍女達に人気があることを私は知っている。それに全く気付いていないニールを、ニールらしいと私は思うのだ。
「マリィ様。ダンスの練習が始まりますわ」
ハンナが嬉しそうな顔でぱたぱたと走ってこちらにやってくる。
こんなにはしゃいだハンナも珍しい。恐るべし祭りパワー。と思うほどに祭りに関しての燃えようは凄まじかった。私と同じレベルかもしれない。
「燃えてるね。ハンナ」
「はいっ。実は今年は大きな目標があるんです」
「目標?」
ハンナがニールの存在を気にしている様で、チラチラと視線を向けている。
聞かれるのはイヤなのだろう。
「マリィ様。ちょっとこちらへ」
私を人気のない区画まで連れていくと、こっそりと耳打ちした。
「私、好きな人がいるんです」
「嘘っ。誰誰私が知ってる人?」
マーシャがキールに憧れを抱いているってのは周知のこと。だが、ハンナとシェリーの恋愛事情は今まで一度も聞いたことがなかった。
「違うんです。今はそんな話じゃないんです」
そんな話じゃないって、そこが一番知りたいところなのにっ。
私の心中などお構いなしに、ハンナは話を続ける。
「その様子だと、マリィ様はご存知ないんですね。マーシャあたりから既に聞いていると思ってましたわ。私はシェリーに聞いたのですが、踊り子が頭に乗せる花冠。パレードが終わった後、この国では異性に渡すっていう習わしがあるそうなんです。色によって意味があって、赤はあなたを愛しています。ピンクはあなたに恋しています。白は結婚して下さい。オレンジはあなたとはいつまでも友人でいたい。紫はあなたを信頼、尊敬しています」
へぇ、そんな習わしがあったなんて全然知らなかった。でも、それってすごく面白そう。
私がアレックに渡すとしたら……。
「じゃあ、ハンナはピンクの花冠をその好きな人に渡すのね?」
「いいえ」
好きな人がいるって言っていたから、単純にピンクだと思ったのに、どうやら違うようだ。
「白の花冠を渡すつもりでいます」
「え?」
白って、結婚して下さいって意味だよね。付き合うとか通り越していきなり結婚? もしかして私の聞き間違いだったのかな。
「白の花冠を渡すつもりでいます」
しっかりと私の目を見て堂々と言い放つ。聞き間違いでもなんでもない。ハンナは本気だ。
「マリィ様〜、ハンナ〜。練習が始まりますよ」
マーシャの声に二人の会話が遮られてしまった。
ハンナと目が合う。
「城に戻ってから、聞かせてくれるかな?」
微かに頬を染めた乙女なハンナが恥ずかしそうに小さく頷いた。
うっかり抱き締めてしまいたい衝動を抑えるのに苦労した。
ダンスの練習が始まると、ダンスを教えてくれるという先生が、私達の前に出てきた。
ダンスの先生は若くて(実年齢より若く見えて)、元気で、とにかく明るくて面白い人。パワフルな人なんだと思う。
だが、そんな先生も一度音がなると、表情が一変する。
デモンストレーションとして見せられた先生のダンスに、その場にいる人全てが固唾を飲んで見ているのが解る。
正直こんな魂を揺さ振られるようなダンスを見たのは初めてだ。ダンス自体は単純なもの。やはりフラダンスに似ているように思う。激しいダンスでも、スピーディなものでもない。だが、先生のダンスにかける情熱が一つ一つの振り付けに現われているような気がした。そして、何より先生の表情。真剣な表情、男を誘うような色香が漂う表情、ふと浮かべる微笑。どうしてそんな表情が出来るのか。
やがてデモンストレーションが終わると、わっと歓声が上がる。
「では、早速皆さんもやっていきましょう。もう既に振り付けは覚えているというおさらい組はこちらに、全くの初めてという初心者組はこちらへ。別れてやっていきましょう。初心者組は私が一から教えます。おさらい組はティアラさん、お願いしますね」
先生に指名されたティアラさんは、返事をすると慣れた感じでおさらい組をまとめていく。
勿論、私もハンナも初心者組、シェリーとマーシャはおさらい組方へと移動していく。
初心者組には小さな女の子が多い。というか、初心者組で一番年長なのは私達だった。それ以外はみんな十歳未満の子供のようだ。その為、先生の教え方も子供に解るように優しい言葉で解りやすく進めていく。最初の段階では私達の方がすぐに踊れるのだが、一度覚えてしまえば子供の方が記憶力がいいので、一連の動作をすぐに覚えてしまう。なんとか私達も覚えることが出来たが、子供達に覚えが悪いと笑われてしまった。
「ティアラってダンスが上手なのね」
休憩時に隣に座って飲み物を飲んでいるハンナにそっと話し掛けた。
「そりゃそうよ。ティアラお姉さんは先生の一番弟子だもの」
それに答えたのは、ハンナではなくて、大きな瞳がくりくりとよく動くまだ六歳くらいの女の子だった。
「この国で一番ダンスが上手なんだから。私達の憧れなの」
まるで自分のことのように誇らしげに語る。
「先生が一番じゃないの?」
「先生は先生なんだから入らないの。先生は別格だもの。でもそんな先生がティアラお姉さんを凄く褒めるんだから、凄いことなのよ」
少女の瞳はキラキラと輝き、その視線はうっとりと先生とティアラに向けられている。
ちょうど先生とティアラは何事か話し合っているところだった。
気付けば初心者組の少女達の視線は、目の前にいる少女のように二人に向けられている。
相当崇拝されているようである。
「マリィ様、ダンスの方は如何ですか。覚えられましたか?」
先生との話し合いが終わったのか、ティアラが微笑みを浮かべながらこちらに向かってくる。
「うん。なんとか覚えられたかな。でも、練習しないとすぐ忘れちゃいそう」
ティアラと仲良さそうに話す私に、興味深そうな少女達の視線が突き刺さってくるようだ。
「ティアラお姉さん。この人知ってるの?」
子供は無邪気で正直だ。率直に私が何者かを聞いてくる。
「あら、あなたは知らないの? この方はね、アレクセイ殿下のお嫁さまでマリィーシア様よ」
すみません、遅くなりました。
辛うじて投稿することができました。