第42話
「この国の祭りは、出店がずらりと軒を連ねます。昼間には神輿やパレードといった催し物があります。それは国が用意した正規のイベントです。それ以外に、個人やグループそれぞれがステージを用意して好き勝手にイベントを行います。旅芸人や踊り子によるものや早食い競争、力自慢対決なんてのもあるんですよ」
ノッポさんの話は、私をすでに妄想の世界に導いていた。盛り上がりを見せる町の有様が、今目の前に広がっているようだ。
「神輿っ。アレック。私、神輿担ぎたい」
「馬鹿言えっ。そんなの許せるわけないだろ。神輿は男が担ぐもんだ。毎年、怪我人が続出するんだ。諦めろ」
そうか。日本でもテレビで見たことがある。町の中を全速力で神輿が駆け回る。角を回る度に男たちは人々の中に投げ出されていた。現実的に考えて、私が神輿に参加するのは無理なようだ。
「そんな顔したって絶対駄目だぞ」
「私が男装したらどうかな?」
アレックに鋭い眼光で睨み付けられた。
「解ってるよ。冗談だって」
「マリィ様。では、ダンスのパレードに私とともに出てみませんか?」
私とアレックの会話を黙って聞いていたティアラが突然身を乗り出してそう言った。
「ダンス?」
「えぇ、ダンスですわ」
なんだろう祭りでパレードって聞くと、よさこい音頭とか花笠踊りとかを思い出すのは私が生粋の日本人だからか。
だが、それと同時にリオのカーニバルを思い起こした。
まさかあんな格好をさせられたりはしないよね。
「どんなダンス?」
「ダンスパレードなら俺は反対しないぞ」
私とティアラの話に今度はアレックが割り込んできた。
「今、女の子同志の話なんだからアレックはちょっと黙ってて」
私に嗜められて少し膨れ気味のアレックは、この際完全に無視しよう。
「ダンス自体はとてもシンプルなものなんです。パーティーで踊るダンスよりとっても楽ですわ。女性なら誰でも参加できるんです。フワッとしたドレスに沢山の花飾りをあしらった衣装に、頭には手作りの花の冠を乗せるんです」
どうやら、リオのカーニバルのような奇抜な衣裳ではないようだ。
聞いた感じでは、ハワイのフラダンスみたいな感じなのかなって思ったりする。
「うん。なんか楽しそう。ねぇ、アレック。シェリー達も一緒に出るかな?」
「なんだ、女同士の話はもう終わったのか?」
まだ少し拗ねているのか、言い方に刺がある。
「怒ってるの?」
「何にだ?」
「ほら、やっぱり怒ってるじゃん」
「俺は怒ってない」
「そういうところが怒ってるの。あ〜あせっかくアレックに可愛い姿見せたいって思ったのに……」
今度は私が拗ねる番だ。
アレックに背中を向けてぷくっと頬を膨らませた。
「マリィ」
今さら話しかけたって知らないんだから。
「マリィ?」
いっつもそう。優しい声で名前を呼べば機嫌が治ると思ってるんでしょ。
「悪かった、マリィ。俺が悪かった」
今日という今日はすぐに許すと思ったら大間違いなのよ。
「好きだよ、マリィ」
耳元で、しかも私が大好きな少し低い声で囁かれて、とろとろにとろけてしまいそうな自分が憎い。
「ズルい。アレックはズルい。そんなこと言われたらもう怒れないじゃん」
観念して首だけ捻ってアレックを睨み付ける。
アレックはくすりと微笑むと、私の肩を掴んで体を反転させる。
「俺の本心だ。ズルいわけないだろ」
「だから、あのタイミングで言うのがズルいんだって」
「なんだ、その口は。それは、キスの催促か? そうなんだな」
口をトンがらせていた私を見て、あろうことかそう言って、本当に顔を近付けてくる。
「おいっ。無礼承知で言わせて貰うぞ。頼むからイチャイチャしたいならよそでやってくれっ。見てるこっちが恥ずかしい」
私とアレックはというと、アレックは私を引き寄せ口付けしようとしている。私は近付いてくるその顔をぐいぐいと手で押し返していた。まさにその状態のまま顔だけ声のするほうに向けた。
「うへっ」
咄嗟にアレックから体を離したら勢い余って後方で尻餅をついた。
全く二人、いや、無言で睨みつけているジョゼフがいるので三人、の存在をすっかり忘れていました。それは、恐らくアレックも同じ。
これは、相当恥ずかしい。あんな所を人に見られるなんて。
「ごめんなさい」
「別に大丈夫ですよ。仲がよろしいんですね」
「ああ、仲は良いぞ。見ての通りな」
全く動じていないのか、アレックはニヤリと笑って言い放った。
そんなアレックにノッポさんもティアラさんも呆れたように苦笑を漏らした。ジョゼフはいつものことだと言いたげに、呆れた顔を向ける。
「アレック。そろそろみんなの所に行こうか?」
「そうだな。お前も見たいところがあったんだろ?」
「特に見たいってところがあるわけじゃないんだ。みんなとワイワイ見て回るのが好きなんだよ」
アレックは、ついつい興奮気味になってしまう私を可笑しそうに見下ろした。
「さあ、あいつらはどこに行ったかな」
「ノッポさん、ティアラさん。突然、伺ってしまってごめんなさい。今日はおいとましますね」
ノッポさんとティアラさんは、玄関まで見送りをしてくれた。
「マリィ様。私達、祭りまで毎日ダンスの練習してますので、良かったらいらしてくださいね」
ティアラさんが手を振りながら大きな声を張り上げる。
「解った。有り難う。またね」
私も声を張り上げ、目一杯手を振る。
私達が見えなくなるまで、二人は玄関前に立って手を降り続けた。何度振り返っても二人は手を振っているので、私はアレックに支えてもらいながら後向きに歩いて手を振っていた。
「ははっ、手、疲れちゃった」
角を曲がると、体を前に戻して呟いた。
「そりゃあな、手を降り続けたら腕も痛くなるだろうな」
「でもさ、ずっとあんな風に手を振ってもらったら、こっちも振らなきゃって思わない?」
「まあな」
私は、アレックの手を取ると、見上げて微笑んだ。アレックは当然のように微笑み返してくれる。
「こうしないと、私はすぐにどこかいっちゃうからアレックは心配なんでしょ?」
「ああ、お前はいつも俺の手の届かない所に行ってしまいそうで、俺はいつも怖いんだ」
「怖い?」
アレックの口からそんな言葉が出てくるとは思わなくって、目を見はって見上げた。アレックは、そんな私を少し困った顔で見下ろしている。
「そうだ。お前の手を離してしまったら、もう二度とは戻っては来ない遠い所に行ってしまいそうな気がするんだ。俺は、お前を失うのが何よりも怖い」
アレックに握られた手が痛い。それほど力が入ってしまうほどにアレックが、真剣に考えていたのだと知る。その、握り返す力とじんわりと滲んでくる汗がアレックの心中を物語っているようだ。
私も力を込めて握り返す。
「私は、急にいなくなったりしない。これだけは覚えておいてほしいの。私は、アレックに何も告げずに去ることはない。もし、私が突然姿を消したとしたら、それは事件に巻き込まれたんだと思って」
「なんか不吉なこと言うな。嘘でも事件に巻き込まれたなんて言うなよな」
「そりゃ、勿論事件に巻き込まれないように善処するけどさ。人生何があるか解ったもんじゃないからさ」
巻き込まれないように努力だけは惜しまないつもり。だってアレックに余計な心配かけたくないもの。
そうでなくとも、アレックは究極の心配症なんだから。って、それって私のせい?