第41話
「あっ、マリィ様。お話は終わりましたか?」
家を出た途端、マーシャの元気のいい声が耳に飛び込んできた。
「うん。待たせてごめんねぇ」
「いいえ、そんなに待っておりませんわ。私達は私達で森を見て回るのが楽しかったですから」
にっこりとシェリーが落ち着いた笑みを向ける。
「ええ、シェリーの言うとおりです。木苺を取っていたのですわ」
ハンナが手にいっぱいの木苺を見せてくれた。
「へぇ、凄いねぇ。これ食べられるの?」
「はい、そのままでも食べられますが、酸味が強いので城に帰ったら、料理人に頼んでパイにして貰おうと思います」
感心して頷いていると、三人は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「よしっ。じゃあ、町に行こうかってあれ? アレックは?」
「何でも聞き忘れたことがあるとかで、再び戻られました」
ジョゼフが言う。
聞き忘れたこと?
はて、一体何を聞き忘れたというのだろう。今日聞くべきことは忘れず聞いていたはずなのだが。
「私も行ってみようかな」
「いえ、すぐに戻るので待つようにとのことです」
ふ〜ん、と頷き、大して気にもせずに侍女達との話に再び華を咲かせた。
アレックが戻ると、一行は町を目指して歩きだした。アレックが出て来た時の少し険しい表情が気になったが、それも町へ行くことへの期待と希望で早々に忘れてしまった。
町に着くと、以前来た時よりも賑わっているように思えて、驚いた。
「あっ、マリィ様じゃありませんか?」
声をかけられ振り向くと懐かしい顔がそこにあった。
「ああっ、ノッポさんとマッチョさんっ」
ノッポさんとマッチョさんは、私が初めてこの町に買い物に来た時、攫われた誘拐犯なんだけれど、実際は好い人で、ノッポさんの想い人の為にしでかしたことだった。そこには誤解もあって(ノッポさんの想い人はアレックと婚約したにも拘らず私と結婚。私がいなくなれば彼女はアレックと幸せになれると思っていたのだ。彼女とアレックの結婚話というのがそもそも真っ赤な嘘だったわけだが)、結局この二人にお咎めはなかった。
「ノッポさん彼女とは……上手くいったみたいね」
ノッポさんの締まりのない笑顔が全て上手くいったことを物語っていた。
「殿下が俺達二人を近衛兵に推薦して下さったんです。それを彼女の両親が知って、俺達の結婚を許してくれました。殿下、その節は有難うございました」
頭を下げるノッポさんとマッチョさん。私の視線から逃れるように顔を背けるアレック。
なんて粋なことをしてくれるんだろう、この人は。
「別に俺はただ近衛の入隊試験を受けてみたらどうかと勧めただけだ。試験を受けて受かったのはお前達の力だろう」
「いいえ、それだって殿下が顔をきいてくれたお陰で、大分試験の方も甘くして頂けたようで」
私の視線から逃れ続けるアレックの頬がほんの少し赤みを帯びていることを私は見抜いていた。アレックは、人から感謝されることや、素直に想いをぶつけられることに慣れていない。だから、いつだってこんな風に照れ隠しをして顔を背けてしまう。
可愛い人……。
あんまり二人に言われて次第に可哀想になって来たので、会話の矛先を変えることにした。
「じゃあ、二人とも今は近衛兵として城にいるのね?」
「はい、そうです」
「なんだ、城にいるなら会いに来てくれればいいのに」
「いえ、俺達はまだまだ下っぱですから、会いにいくなど畏れ多いです」
みずくさい。せっかく近くにいるんだから、気軽に声をかけてくれればいいのに。
でも、無闇に目立った行動をすると後々嫌な見方をする人間が出てくることを懸念しているのかもしれない。これ以上、言っても二人を困らせるだけなんだろうな。
「ねぇ、ところでこの間来た時より町に活気があるみたいなんだけど……」
「ああ、もうすぐ祭りがあるんですよ。人も町もそわそわしているでしょ」
「アレックっ」
アレックの胸ぐらを掴んで、キラキラと好奇心とワクワク感を抑えきれない瞳でアレックに詰め寄る。
「解ってる。祭りに来たいんだろ? お前がそう言うだろうと思ってその日は仕事を休むつもりでいる」
「本当? それって絶対絶対嘘じゃないよね? 本当に連れて来てくれる?」
「ああ、約束だ」
パアッと目の前にお花畑が見えた気がした。
「ありがとう。アレック、大好きっ」
嬉しさのあまりアレックの首に抱き付いた。
そこにちょっとした人集りが出来ているのも知らずに。
「悪目立ちし過ぎです。あなたは少し大人しくしていて下さい」
ジョゼフが苦虫を噛み潰したようなイヤな顔をしてそう言った。
この人集りの人々は、アレックのことも私のこともしらない。ただ、面白そうだと扱っているだけに過ぎない。
流石にこの場にいつまでもいるわけにはいかないと、ノッポさんが家にご招待してくれた。
丁度、ノッポさんの奥さんにも会っておきたかったので、願ってもないことだった。
大きな通りから一本入った所に、その家はあった。古くもなく、新しくもなく、ボロでもなく、豪邸でもない。普通の町の中では一般的と思われる家だった。
王城の生活は色々な物が沢山あって、面白いことの連続だけど、私の日本の生活水準を考えると、ノッポさんの家の方が落ちつけた。
家の中から出て来た女性は、とても小柄で可愛らしい少女と言ってもいいような容姿をしていた。
もしやっ、こんな少女をノッポさんは……。
なんて本気で思ったのだけれど、実際の彼女の年齢はノッポさんよりも二つ三つ違うだけだった。
それにしても童顔過ぎるでしょっ。
私はこの女性はせいぜい12歳くらいだろうと思っていたのだ。日本で言えばまだ小学生。ランドセルを背負ってても違和感のない幼さ。大人のノッポさんが手を出したら犯罪です。
「よくいらっしゃい下さいました。主人からはよく伺っております。殿下、主人を近衛にいれて頂き深く感謝しております。狭いところではございますが、どうぞお上がり下さい」
話して見れば小学生とは思えないほどの落ち着きっぷりを見せていた。よくよく見てみれば、物腰も上品で、とても小学生とは思えない。
「改めて紹介します。妻のティアラです」
「いつも主人がお世話になっております」
部屋の中に入ると、夫婦揃って挨拶をし、頭を下げた。
「ねぇ、ティアラさん。そんなに畏まらないでくれる? 私、そういうの苦手なんだ。だから、敬語とか使わなくっていいからね」
「ですが……」
「駄目っ」
「こいつは言い出したら聞かないんだ。付き合ってやってくれないかな?」
「はいっ。そういうことでしたら喜んでっ」
いくら普通の家だと言っても、大勢で押し掛けたら狭い。ということで、この部屋に上がったのは私とアレック、ジョゼフだけ。他のみんなは一足先に買い物に出掛けた。
シェリーは、新鮮な食物をたくさん買い込んで料理長さんに美味しい料理を作って貰うんだと張り切っていたし、ハンナは小物が大好きなので、雑貨屋さんを探しに、マーシャは意外にも裁縫が趣味ということでいい生地を探しに嬉々として出掛けて行った。キールとニールはそのお供兼荷物持ちとして出掛けて行った。が、キールは途中で姿を消し、実質三人のお守りをニール一人で頑張っていた。
「ねぇ、ノッポさん。この国の祭りはどんなことをするの?」
私の心の中は、早くも祭り一色になっていた。