表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光の住人  作者: 海堂莉子
41/131

第40話

 おばあさんが話してくれた話は、あの竜が話してくれた話と殆ど相違なかった。

 あの竜は、千光竜(せんこうりゅう)という名前の種類の竜なんだそうだ。その昔から光の住人のパートナーとしてその名は轟いていたという。しかし、光の住人が身を隠して生活するようになり、竜の姿を見るものもいなくなった。いつしか千光竜もまた伝説の竜と言われるようになった。

「おばあさんは千光竜を見たことがある?」

「ああ、あるよ。お前さんの母親とパートナーだった竜も、祖母とパートナーだった竜も見たことがある」

 やっぱり、お母さんを知っているんだから、その竜を知っているのも当たり前だろう。

「ちょっと気になったんだけど、私のお父さんは光の住人じゃないの?」

「おや、言ってなかったかい? お前さんの家系の女にしか光の住人の能力は授からないんだよ。そもそも娘しか産まれないんだよ。そんな決まりはないのかもしれないけどね、私の知ったかぎりでは男は産まれてきてないね」

「そうなんだ」

 女系一家ということなのだろう。女性の方が能力が強い分血も濃いのかもしれない。

 そうか、ということは将来の私の子供も女の子である確立が極めて高いということなんだ。

 隣に座るアレックの蝋燭の影が揺れている横顔を覗き見た。

 将来の旦那さんはアレックなんだろうか……。って、ないない。私は、まだ日本に戻るかもしれない身だもの。

「じゃあ、マリィも子供は女ってことか」

 今まで黙っていたアレックがぼそりと呟いた。

「おや、女の子じゃ不満かい?」

「不満ってわけじゃないが……。でも、俺は男がいいな。一緒に訓練がしたいな。俺がしごいてやるんだ」

 何だろうその発言。私と結婚するということは、私がここに残りアレックの子供を産むということは、アレックにとってはまるで当たり前のことのように思っているような発言。それを嬉しく思ってしまう私がいた。

 それにしても、日本だとこんな時父親は子供とキャッチボールやサッカーがやりたい、と将来を思い描いて話したりするものだけれど、この国では一緒に訓練をするんだ。でも、それって一般的な意見なのかな。アレックだけの願いだったりして。

「ねぇ、そろそろ話し戻してもいいかな?」

 アレックがおばあさんとまだ見ぬ将来の我が子について熱く語り合っているのを遮るように言葉を挟んだ。

「おぉ、そうだったね。卵の孵し方だろう? 特に注意するべき点はないねぇ。温めとけばそのうち自分で殻割って出てくるさ」

 おばあさんは、軽い感じでそう言った。

 おばあさんの様子からみても、あまり神経質にならなくても大丈夫ってことだろう。

 よく卵から孵ったばかりのひなが初めて見たものを母親と認識するというけれど、竜もそうなんだろうか。

 ふと、そんなことを思い出しておばあさんに聞いてみた。

「動物にはそういった反応をするものが多くいるが、千光竜にはそれはないよ。すぐに光の住人を見分ける。千光竜は産まれたばかりでも脳はすでに大人と同じものを持って生まれてくる。しゃべることも出来るし、大人と同じように考えることが出来る。もともと千光竜は人間と同じような脳の構造をしているらしいからね。思考回路も人間と似通っている。それにしても、小さな体でいっぱしの口をきくんだ。体とのギャップが可愛くないといえば可愛くないね」

 子供が大人顔負けの発言をするようなものか。子供と思って舐めてかかると、噛み付かれそうだ。

「何だか凄いな」

 ぼそりとアレック呟く。

「特別なのさ。光の住人のパートナーともなると特別でなければ勤まらないということなんだろうよ」

 光の住人が特別だ、という前提のもとにかわされる会話。いくら私が光の住人だと認めても、自分が特別だとは思えない。世界にはもっと凄い特殊能力を持っている人々が塵の数ほどいるのだ。それでも、光の住人が特別だと考えられているのは、私の先祖に当たる人があまりに特別だったからなのだろう。それこそ伝説になるほどの力。だが、いつも思うんだ。伝説になった人だって実際は大した力を持っていなかったってことだって考えられるということ。偶然と偶然が重なり、それがあたかも奇跡が起こったように人々には見えた。突然、光の住人だと持ち上げられ、崇拝され、伝説にされた私の先祖は一体何を考えていたんだろう。

 本当は、私みたいな普通の人間だったように思えてならないのだ。

「マリィ。どうかしたのか?」

 気付けば、ぼんやりと考え事をしていた私の様子を心配そうにアレックが覗き込んでいた。

「ううんっ、なんでもないよ。全然大丈夫っ。ところで、おばあさん。卵はどのくらいで孵るのかな?」

 心配そうに覗き込むアレックに笑顔を向けると、その笑顔のままおばあさんの方に顔を向ける。

「そうだねぇ。今日かもしれないし、明日かもしれない。はたまた一年後かもしれない」

「えっ?」

「千光竜はね、気紛れなところがあってね。からの外に出たいと思った時に出てくるのさ。その赤ん坊の性格にもよるんだろうね。せっかちな子はすぐに出てくるし、のんびりやは待てど暮らせど出て来ない。こちらがからを小突いて漸く出てくる子もいるんだよ」

 何だか信じられない話を聞かされた気分だ。気紛れで生まれてくる時を自分で選ぶなんて。でも、なんだか面白くなって来た。いつ生まれるんだろうって毎日思いながら生活するのはすこぶる楽しそうだ。

 おばあさんは関係ないって言っていたけれど、やっぱり私はこの子が初めて見る人物になりたいって思ってるんだ。

「なんだか凄いんだな、千光竜ってのは……」

「うんっ。でも、すっごく楽しみだよね。生まれてくるのっ」

 私の張り切った声に、アレックは思わずっといった感じで吹き出した。

「ははっ、お前らしいや。俺も生まれる瞬間は見たいな」

「じゃあさっ、もしからを割り始めたらすぐに呼びに行くね。仕事中でも絶対来れる?」

「ああ、絶対行くよ。あの竜の子供なんだきっと奇麗だろうな」

 そう、あの竜はとても美しかった。

 思い描いていた竜よりも何倍も何十倍も何百倍も美しかった。あの竜を助けられなかったのが、とても悔しい。そして、あの竜の背中に乗れなかったのが何よりも悔しくて仕方ない。

「さあ、お前達。そろそろお帰り。外で待ってる奴らが可哀想だろう。マリィ、竜が産まれたら一度連れておいで。私も見たいからねぇ」

「うんっ、絶対連れて来るねっ。いつになるか解らないけど……気長に待ってて」

「私の命があるうちに来て貰いたいもんだねぇ」

 おばあさんはまるで自分の寿命を知っているかのような、そんな目をしていた。もしかしたら、本当に知っているのかもしれない。そして、それはとても近いと感じられた。おばあさんからは一種の覚悟のような、諦めのようなものが感じられた。

「大丈夫っ。おばあさんはもっともっと生きていられるよ」

「あんたが言うと、本当にそうなるような気がして来るね。ありがとう。また、おいで」

 おばあさんが本当に嬉しそうに微笑んだので、私にもそれが伝染して幸せな気分になった。

「おばあさん、色々教えてくれてありがとう。またねっ」

 「またねっ」

 その言葉におばあさんが細い目を少し見開いた。そして、呆れたように笑みを零した。

 私には、何でおばあさんがそんな表情をするのか解らなかった。



いつも読んで頂いて有難うございます。

昨日は、多忙につき更新出来ましたこと、お詫び申し上げます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ