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光の住人  作者: 海堂莉子
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第39話

 どんよりと黒く厚い雲がどっしりと浮かんで、その場を動こうとしないような天気の日だった。

 そんな天気であるのに、私がこんなに元気いっぱいなのは、皆で一緒に出かけることが嬉しいからに他ならない。

「はぁ、楽しみぃ」

 いつもなら朝の目覚めも今の時点では、半分寝ている状態なのに、今日の私は目覚めが良かった。

「そうですねっ。私達も楽しみです」

 マーシャがはずんだ声を上げる。そんな無邪気なマーシャを微笑ましく見ていた。

 ハンナも余程楽しみなのか、口元が緩んでしまって、引き締めるのに苦労している様子。

 いつもは冷静なシェリーでさえも今日は一段と声が明るい。

 そんな彼女達を見るだけで私の顔はニマニマと緩んでしまうのだ。

「お前たちは楽しそうだな」

 アレックは呆れたと言いたげな表情を浮かべる。

「へへへっ」

 アレックは緩みっぱなしの私の傍に来ると、ぽんと頭を叩いた。

 他の誰かに同じことをされたら、何すんだって怒るところかもしれない(子供扱いされているようでイヤ)が、アレックにはイヤだと感じたためしがない。逆に心地好くて、くすぐったいくらいだ。

「朝食を取ったら早速行くか? 待ちきれないだろ?」

 流石アレック。私のことをよく解っていらっしゃる。どこまでも優しいアレックの瞳に胸が苦しいくらいに嬉しくなるのは、私が相当アレックに参っているせいなのかな。


 私を先頭にした御一行様は森の中の暗い道を歩いていた。

 曇り空のせいか普段なら射し込んでくる数少ない日差しがない分暗く感じられる。

「お前たちは侍女達に手を貸してやってくれ。お前は……大丈夫だろうが」

 後ろを歩くジョゼフ、キール、ニールにしんどそうに歩く侍女達の手助けを言い渡した後、私を見下ろした。

 せっせせっせと嬉々として先陣を切って前を行く私を見て、呆れた表情を浮かべている。

「何さっ」

「いや、たまには俺もか弱き女性を助けたいものだ」

 それはたくましい私への嫌味ですかっ。

「か弱い私は、私じゃないと思わない?」

「確かにな」

「アレックはこんな私が好きなんでしょ? 私が大人しかったら好きにならなかったんじゃない?」

「そうだな。俺はマリィがマリィだから好きなんだ。だが、どんなマリィでも好きになったと思うけどな。ん? どうした赤い顔して。熱でもあるんじゃないのか?」

 アレックがあまりに真剣な表情で納得したように呟くので、聞いているこっちがどぎまぎしてしまった。が、顔を赤らめた私に気付くとニヤニヤと嫌な笑みを浮かべてここぞとばかりにからかった。

「アレックなんか嫌いっ」

 怒鳴り捨てるとずんずんと先を進む。

「マリィ」

 振り向いてなんかやるもんかっ。

「マリィ」

 今さら、そんな優しい声を出したって許してやんないんだからっ。

「マリィ。何で俺がマリィをからかうようなこと言うか知ってるか?」

 知んないよ、そんなの。面白がってるだけでしょ。

 私が無視し続けていると、くくっと小さく笑う声がすぐ近くで聞こえてくる。

 どうせ子供っぽいって馬鹿にしてるんでしょうよ。

「俺がマリィをからかうのはそんな顔を見たいからだよ」

「そんな顔ってどんな顔よっ。どうせ子供っぽいって……」

 勢いよく振り返ってまくしたてるが、唇に人差し指をあてられ言葉を遮られる。耳元で甘い吐息と共に囁かれた言葉は私を完全にノックアウトした。

 唇を放し、覗き込まれたアレックの表情に私はさらにやられてしまった。何故か悲しくなってしまうほどの笑顔に、周りに人がいるのも構わず抱き締めたくなった。

「はぁ、殿下もマリィ様もあまりイチャイチャしないで下さい。目の毒です。そういうことは二人きりになった時にして下さい」

「私じゃないよっ。そういうのはアレックに言ってよ、ジョゼフの馬鹿っ」

 完全に八つ当りでしかない。自分の頬の熱さを紛らわせるための。

 ジョゼフごめんっ。

 背後でジョゼフが文句を言っている。その文句を背中で受け止め、前だけ見てひたすら進む。


「可愛くてキスしたくなるような顔だよ。俺の理性が吹き飛びそうになって困る。そんな顔、俺以外の男の前でするなよ」


 アレックが耳元であんなこと言うから。しかも何時もよりも低い色気のある声で。

 だから、ゾクッとしたんだ。そして、痺れて感覚が麻痺した。極め付けのあの笑顔。

 ドキドキし過ぎて心臓が痛い。


「やった。着いたよっ。みんな」

 私の心臓もどうにか落ち着いて来た頃、おばあさんのお菓子の家(もどきだけど)が見えて来た。

 おばあさんの家を訪れるのが初めてな侍女三人はその奇抜な家を見て、ぽかんとだらしなく口を開いていた。

「これっ、全部偽物だよ」

 ケタケタ笑いながら私がそう言うと、一番年少で好奇心が一番あるマーシャが駆け寄ってお菓子に触れて見ていた。初めてここに私が来た時のようにマーシャは表を見た後裏側も見に行って、がっかりした顔で戻って来た。それを見た私は我慢出来ずに吹き出してしまった。

「マリィ様、酷いです。そんなに笑わなくっても……」

「ははっ、ごめんごめん。だってマーシャったら私が初めてここに来た時と全く同じ反応なんだもん。見てて少し前の自分を見ているようで、なんか可笑しかった。ねぇ、アレック。私もあんな感じだったの?」

 私の隣りで苦笑しながら見ていたアレックに問うと、呆れた視線を投げ掛けられた。

「お前のはしゃぎようはマーシャの倍以上だった。こっちが若干引いてしまうほどにお前のはしゃぎようは凄かった」

 はいっ、全く自覚がございませんでした。

 でも、アレックのニヤニヤっと笑ったその表情を見ていると、ちょっと大げさに言ったんじゃないのって疑いたくもなっちゃう。

「ほらっ、お前達。中に入るぞ。それとも外で待っているのか?」

「はい、殿下。大切なお話をされるでしょうから、私共は外でお待ちしております」

 シェリーが三人を代表して、そう言った。

 別に聞かれて不味い話はないと思うんだけど、アレックはその申し出を承諾し、キールとニールにも外で待つように言い渡した。


「おやおや、今日は偉く大人数で来たじゃないか。それに珍しいお客さんも一緒だねぇ」

 ドアを開けるなり、真っ暗な部屋のどこかからおばあさんの声が聞こえてくる。

「おばあさん、こんにちはっ。大勢で来ちゃってごめんなさい」

「よく来たね、マリィ。そろそろ来るころだろうと思っていたところだよ。まあ、座りなさい」

 アレックとジョゼフもおばあさんと挨拶を交わすと、初めて来た時と同じように、私の隣りにアレック、後方にジョゼフが座った。

 いつもの通り蝋燭が灯されると、ようやくおばあさんの表情を見ることが出来た。

「まず、二人の気持ちが通じ合ったんだね。それは良かった。二人は運命の相手だからね、出会い、惹かれ合うことは遠い昔から決まっていたことだったんだよ」

「だから、おばあさんは私に日本に帰らない方がいいって言ってたの?」

「さあ、どうだろうねぇ」

 早速おばあさんにはぐらかされて、脹れる私。

「さあ、本題に入ろうか。今日は竜の話を聞きに来たんだろう?」

 見えていない筈のおばあさんの目が少しだけ見開かれて、私をしっかりと見据える。

 おばあさんのことを疑ったことが馬鹿げていたことだったのだと、この時確実に感じていた。

 少しでも疑った私が馬鹿だったんだ……。


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