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光の住人  作者: 海堂莉子
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第37話

 漆黒な空にぽっかりと浮かぶ満月。人工的な光がなくても十分に明るい。

 月の光を浴びて、その美しい肢体を横たえているのは大きな竜だった。

 まるで月の光が一ヶ所にだけ集中的に注がれているようだった。それはさながらスポットライトのように竜の肢体を際立たせていた。

 ゆっくり一歩一歩近付いていく私の瞳をその大きな瞳が食い入るように見つめる。

「私を呼んだのはあなたなの?」

 通じるわけはないのにそう問い掛けた。

 竜は何も答えてはくれない。だが、その瞳は雄弁に話し掛けてくる。

「助けてって言ってたけど……」

 竜の瞳から視線を外し、よくよく見れば竜の体はあちらこちらに傷がある。翼の根元から大量の血が流れている。

「ひゃっ」

 その傷は素人目で見ても深い傷で、今も尚どくどくと血を噴出させていた。

 背後でカサッと草を踏む音がする。アレックが近付いて来たのだろう。

 竜はアレックを警戒して立ち上がろうとする。だが、力が入らないのかすぐに崩折れてしまう。体を動かしたせいで傷からは先ほどよりも大量の血が湧き出ていた。

「動いたら駄目っ。アレックはあなたを痛め付けたりしない。私が保障する」

 私は竜の体に体を預け、固そうに見えて案外柔らかい肌を撫でた。

『マリィ。私はもう長くない。あなたのパートナーにはもうなれない。だけど、私の宝物を置いていく。あとはお願い』

 竜が視線を下げた先には大きな卵があった。

「大丈夫っ。今すぐ治療すれば絶対良くなるから、そんなこと言わないでっ」

『マリィ。私達竜と光の住人は遠い昔から心を通わすパートナーだった。生まれたときからパートナーは決まっているの。私はあなたを世界中捜し回っていた。漸く会えたのにごめんなさい』

 竜は言葉を紡ぐことは出来ない。私の意識の中に直接話し掛けてくる。

「だから大丈夫だって。すぐ良くなるんだから。安心して」

『竜はね、自分の死期が解るの。私はここで死ぬ。最後にあなたに会えて良かった』

 どうして? たった今会ったばかりなのに。

 私は竜と深く理解し合っているように感じた。

 竜の気持ちが手に取るように解る。そして、私の気持ちを竜も解ってくれている。

 これがパートナーということなのか。

『私が死んでもこの子があなたのパートナーになる』

 私の悲しみを癒すように優しい声が私を諭す。

 苦しい。助けたい。

 だけど、竜が言うように命はそう長くはないのだろう。大量の血が止まることを知らぬかのように流れ続けている。どんな優秀な医者が手を尽くしても血液不足だ。こんな大きな体に必要な血液を入手することは出来ない。それに血液はやはり同じ竜のものじゃないと駄目だと思うし。

 せめて今流れている血を止めてあげたい。

「今、タオルか何か持って来るからっ」

『マリィ。いいのです。私はもう思い残すことはありません。思い残すとしたらこの子のことだけ。それもあなたがきちんと面倒見てくれるでしょう?』

「それは勿論だよっ」

 竜が目を細めて笑ったように見えた。

『そこにいる人間はあなたの大切な人ですね?』

「えっ、あっ、うん」

 後ろにいるアレックをちらりと見て、恥ずかしさを堪えて頷いた。

『そう。話がしたいのです』

「でもアレックには……」

『大丈夫。二人手を繋いでください。そして、あいているほうの手を私の体に当てて下さい。そうすれば私の声は聞こえるはずです』

「解った」

 振り返るとぼんやりと私達の様子を眺めていたアレックがいた。

「アレック」

 呼ばれて初めて私がアレックを見ていることに気付いたようだ。

「話がしたいんだって。こっちに来てくれる?」

「ああ」

「私と手を繋いで、反対の手で竜の体に触れて」

 ああ、と頷くと私の手を取り、竜の体に触れる。触れる際に一瞬躊躇したように見えたが、それも無理はないだろう。この国には竜はいないのだし、他国から寄せられる竜の話は全てその強暴さを知らしめるものばかりなのだ。

「これでいいのか?」

 アレックに頷き返すと、竜の瞳を見た。竜は目を一瞬細めた。それが、竜の笑い方なのだと思う。

『安心して下さい。あなたを襲うようなことはしません。我々一族は光の住人のパートナーとなるために生まれてきた特別な種族です。一般に聞かれている竜とは違います。光の住人を支えるため、守るために我々はいます。私は、光の住人であるマリィをずっと捜してきましたが、なかなか見付からず今日になってしまいました。その間、マリィを守ってくれたのはあなたですね?』

「いや、俺は別に何もしてないぞ」

「ねぇ、竜さん。今更なんだけど、本当に私は光の住人なの?」

『ええ、間違いありません。我々には生まれ持って光の住人を見分ける力があります。センサーのようなものです。体で感じることが出来るのです。ですが、今までそれを感じることが出来なかった。つい1、2ヶ月前に漸く感じることが出来たのです』

 要するに私がこちらに来て初めてそのセンサーが反応したってことか。

 私が光の住人であることを認めなければならない時が来たようだ。

 最初はあんなに嫌がっていたが、今はもうそんなに気にならない。

 どちらでもいい。私が光の住人であろうがなかろうが私は私なのだ。

 光の住人だからといって何が変わるというんだろう。何も変わらないんだ。少なからず、アレックや周りのみんなは私が何者だろうと受け入れてくれる。

 それが解ったからもう別にいいんだ。

 アレックが私を心配そうに伺っている。あれほど嫌がっていたので、気にしてくれているんだろう。

 その心配を払拭するように微笑み頷いた。

 明らかにホッとした表情を浮かべるアレックを見て、また少し笑った。

「そっか。解った。ごめんね、話の腰を折っちゃって」

『い…いえ』

 先程までは話していてもあまり苦しそうには見えなかったが、大量の血が流れたせいで体も限界に近付いているようだ。

 きっと今まで気丈に振る舞っていたんだ。傷が痛くない筈はないのに。

「話は後でたっぷり聞くよ。今は休んだほうがいい」

『い…いえ。私には今しか話せる時間がな…いのです』

「でも……」

『大丈夫……ですよ』

 必死に話そうとする竜に、それ以上強く言うことは出来なかった。

『マリィを……よろしくお願いします。私の子供を残してい…きますが、生まれたばかりでは守るばかりか守ら…れてしまうばかりでしょう。マリィを…支えてくださいますか?』

「当たり前だ。言われなくてもマリィは俺が必ず守る」

『ありが…とう、マリィの大切な人。ではあ…なたに我々一族の竜と会話が出…来る能力を残してい…きます。我が子に協力し…てあげてください』

「あっ、あっ、ああっ」

 竜の姿が徐々に透けていく。

 竜は死んだら体が消えてなくなるということなのか。

「竜さん、体がっ」

『そう…ですね。時間のよ…うです。マリィ、あなたを守れな…くてすみません。遅くなってしまってすみません』

「謝んなくていいっ。でも、もし悪いって思うなら生きてっ」

 だが、無情にも竜の体は更に透明度を増していく。

『すみません。最後に会えて嬉し…かった。さよ…う……』

 ……なら。

 最後の別れの言葉は竜の体と共に砕けて霧散し、そよ風が攫っていった。


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