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光の住人  作者: 海堂莉子
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第34話

「ギルド、悪いがマリィは渡せない。これは私のものだ。陛下、私の身勝手お許しください」

 頭上から聞こえた聞き慣れた、今一番聞きたいと願っていた声。

 ギルドだけじゃない、皆の茫然とした顔が目に入る。

「アレックっ」

 腰に回された腕、すぐ上にはアレックの顔があるはず。だが、態勢的に振り仰ぐことは出来なかった。

「マリィ。お前を攫いに来た」

 すぐ耳元に聞こえるアレックの声に私もはどう答えていいのか、言葉に詰まる。

「陛下、後で謝罪に伺います。失礼っ」

 そう言うと体が少し後方に傾いた。

 馬のいななく声に自分がどこにいるのかが解る。

 アレックは馬に乗って私を……その、攫いに来たということだ。

 去り際、シルビアの可愛らしい声が風に乗って私の耳に届いた。

「まあ、ギルド。攫われてしまったわね」

 その声は、心なしか嬉しそうにも聞こえた。

 その言葉に、ギルドは何か言ったようだったが、そこまでは聞こえなかった。

 態勢を整え、改めて馬に乗せられると、私は口を開いた。

「アレック。どうして?」

「話は後だ。もう少し待て」

 そう言われてしまっては、もうそれ以上問いかけることは出来ない。

 暫く馬に揺られた後、馬はゆっくりと歩を止めた。

 そこは城の裏手にあたる場所で、私が今まで来たことがない所だった。

 アレックが先に降りて、手を差し出す。促されるまま手を取り、地面に降り立った。アレックが馬を近くの木につないでいる間、私は辺りを見回していた。

 城の裏手にこんなところがあったなんて。

 城の裏なんて言ったら、暗くてじめじめしていそうなイメージがあるが、ここはそんな暗さは皆無で寧ろ表の庭園より明るいかもしれない。

 誰の手も施されていない自然なままの草原。所謂雑草と呼ばれるものなんだろうけれど、そこは表の庭園とはまた違った良さがあるように思えた。

「あっ、ペンペン草」

 ペンペン草を一本引き抜いて、ハート型の葉っぱ部分をすぅっと引っ張る。

「何してるんだ?」

「アレック。ちょっと耳貸して」

 アレックの耳元にペンペン草を持っていくと、くるくると回した。

「ペンペンペンって音がするでしょ? でんでん太鼓みたいな。小さい頃、こうやって作ってよく遊んだ。日本ではペンペン草って呼ばれてた。学術的な名前は知らないけど。あっ、シロツメクサ」

 シロツメクサを見つけた私はしゃがみ込んだ。

「今度は何だ?」

「この葉っぱ、クローバーっていうんだけどね、普通は三つ葉なんだけど、たまに四つ葉がまじっていることがあるの。四つ葉のクローバーを見つけると幸せになれるんだ。だから、見つけたらアレックにあげ……」

 後ろからアレックに抱き締められ、私の言葉は尻つぼみのまま途切れた。

「アレック……」

「お前が言った言葉、聞こえなかったと思ってるのか?」

「えっ?」

「あのな。あれ位じゃ外の音を完全に消すことなんて出来ないんだよ」

 首の回りに巻き付いていた腕が解かれたと思ったら、耳を塞がれた。

「マリィ。好きだ。俺の前からいなくなったりするな」

 耳が塞がれたことで、音質は多少変わるものの、しっかりと言葉として認識できた。

「聞こえるだろ?」

 ボボボッと音が聞こえてきそうなほど、私の顔も耳も首も、全てが真っ赤に染まったに違いない。

「アレック。今の……」

「愛の告白だ」

「だって、アレックは私が旅に出ることを賛成してたでしょ? 私がいると迷惑でしょ? 私が嫌いなんじゃないの?」

「マリィ。こっち向いて」

 ぶんぶんと音が出るほど、頭を横に振った。

 今のひどい顔を見られるのは避けたい。

「マリィ」

 再び呼び掛けられて、私は諦めて振り返った。

 振り返ったはいいが、顔を上げることが出来ない。

「マリィ」

 おずおずと顔を上げると、アレックが待っていた。

「正直に話すから聞いてくれ。俺が旅の件を了承したのは、お前を縛り付けたくなかったからだ。人一倍好奇心が旺盛なお前が旅に興味があるのは一目瞭然だし、普段から城を出たがっていたからな。それに何より俺自身がお前を縛ってしまうことが恐かった」

 苦笑いを浮かべるアレックの表情を食い入るように見つめていた。

 だって、アレックの顔が尋常じゃないくらい真っ赤に染まっていたんだもん。そう、それはきっと私も同じように。

「自分がここまで独占欲が強いなんて今まで知らなかった。自分がここまで一人の女を愛するなんて思いもしなかった。いつかお前を城の奥に閉じ込めてしまうかもしれない。そうなる前に自由にしたほうがいいと思ったんだ」

 アレックがそんな想いを抱えていたなんて。

「それにお前とこれ以上いたら、俺はお前を日本に帰せなくなる」

「じゃあ、どうして止めたの?」

「お前があんなこと言うからだ。言い逃げするつもりだったんだろ?」

「だって、私は私の気持ちはアレックの迷惑になると思ったから、言わないつもりでいたの。だけど、どうしても言わないと後悔が残ると思って。だから、耳を塞げばアレックの迷惑にならないと思った。失敗だったけどね」

「なんで迷惑だなんて思うんだ」

「それはだって、私こんなだから、楽しいこと見つけちゃうと回り見えなくなっちゃって、いつもアレックに心配ばかりかけちゃうでしょ? 庭園でギルドに旅のことアレックは快諾したって聞いた時ね、私、突き放されたと思ったんだ。私みたいなのはいない方がいいって思われてるんじゃないかって」

「その逆だ」

「私、ここに。アレックの傍にいてもいいの?」

「当たり前だ。もう離さない。……だが、お前がお前の意志で日本に帰るというなら止めることは出来ない」

「ありがとう。アレック」

「好きだよ、マリィ。お前は? きちんと塞いでいない耳で聞かせてくれないか?」

 あの時、すんなりと出てきた言葉が、いざ改まってとなると恥ずかしくてなかなか出てこない。

「マリィ」

 優しいアレックの声が私を促す。

「……好き。大好きっ」

 言葉にした想いが溢れて、私は堪らずアレックの首に抱きついた。

「ああ、俺もだ」

「好きなの。アレックが大好き。どうして涙が出るの?」

「俺もお前のことを考えると涙が出そうになるよ。でも、俺は男だからな」

 嬉しくて、切なくて、「好き」という言葉を告げているのに、その言葉がどうしても足りない気がして、悔しかった。

 どうやったら私の気持ちをそのまま伝えられる? 好きってだけじゃ伝わらない。抱きしめただけじゃ伝わらない。

「好きだよぉ」

「俺も好きだよ」

 「好き」と言葉にすればするほど、その言葉が安っぽい言葉のように聞こえて、居てもたってもいられなくなった。

「悔しいっ。私の気持ちが全然伝わってないような気がするっ。もっと何か方法はないのかな」

「充分伝わっているけどな。だが、一ついい方法があるぞ」

「えっ、なになに?」

「……キス」

 そう告げたと同時に私の唇はアレックの唇に塞がれていた。

 ちゅっと短い一瞬のキス。その短い瞬間しか重なっていなかった筈なのに、私の唇は何故だか熱い。

「足りない……よ」

 私がそう言うと、アレックはクスッと笑って再びくちづけた。

 私のファーストキスはアレックだった。セカンドキスもサードキスもきっとずっとその先もアレックとするんだ。

 ずっと一生アレックとだけだったらいいのに。


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