第2話
「……おいっ。おいっ」
妄想の世界に浸っていた私を現実の(夢の?)世界に引き戻したのは、王様っぽい偉そうな男だった。
「うはぁ、はいっ。はいはい、何か?」
慌てて返事したものだから、無礼な感じになってしまったけれど、これは夢なんだから別にいいよね。ご愛嬌ってことで。
「お前はマリィーシアではないのか?」
私の無礼な口振りにジョゼフさんとやらの目力で殺されそうな勢いだったが、それを右手をあげて制して、そう言った。
「マリィーシア? 私の名前は真里衣なんですけど? そんな片仮名が並んでそうな大層な名前じゃないですよ」
マリィーシアと呼ばれるのがどこの誰なんだかは知らないが、どうやらここは本来彼女がいるべき場所だったようだと推察する。
「あのぉ、つかぬことをお伺いしますが、これは私の夢の中……ですよね?」
こんなしっかりと構成された夢は今まで見たことがないし、あまりにもリアル過ぎるため、訝しく思い始めていた。
「夢? 何を馬鹿なことを言っている。ここは皆が知ってのとおり、カリビアナ王国だ。お前がマリィーシアでないのなら、一体何者なんだ?」
「カリビアナ王国なんて国、あったかな? アメリカじゃないし、ヨーロッパにもそんなのなかったよね。アフリカかな? それとも南アメリカ? 私が知らないだけってことも考えられる。ああっ、こんなことなら地理とかもっと勉強しとくんだった。でも、待てよ。ここが日本じゃないどこかの国だとして、何で私がここに来なきゃならなかったのかな。やっぱ夢だと考えるほうが妥当だよ。きっと一晩寝れば、起きた時にはもといた所に戻っているに違いないよ。うん、そうだ。きっとそう」
「何を先ほどからぶつぶつ言っている。俺の質問に答えろ」
ぶつぶつと現状を分析していた私を王(仮)は、呆れた顔で見ていた。
「何者って言われてもね……。まぁ人間だよね。見てのとおり。生粋の日本人でしょう。それから女。それと高校生でもあるよね。こんなもんでいいかな?」
お前は何者だ、なんて聞かれた経験を持ち合わせていないので、どう答えるのが正解になるのか考えあぐねた。
「……日本人。お前は日本という国から来たのか?」
黙ってこくりと頷いた。
「聞いたことがあるか、ジョゼフ」
「いいえ。ありません」
「お前はどうだ?」
王が侍女に問い掛ける。
「いいえ。私も聞いたことがございません」
壁ぎわで我々の顛末を眺めていた侍女は、そんな質問を受けるであろうと予測していたのか、すぐに答えが返ってきた。
「そんなぁ、日本がどんな国だってことは知らなくても、最低、国名くらいは知られてると思ったんだけどな……。そんなマイナーな国じゃない筈だよ」
「とにかく、詳しい話は明日にしよう。今日はもう遅い。とにかくお前も休め」
もう既に夜なのかと意識した途端、急に眠気に襲われ、私はその場ですっと意識を手放してしまった。
きっと明日の朝になったら私の部屋のベッドに寝ているだろう。そうなるよう薄れゆく意識の中で願っていた。
うるさいくらいの小鳥の声。
窓から差し込む容赦ない朝の陽光。
度重なるけたたましいほどのノックの音。
それらが私の安眠をことごとく妨げた。
「んんっん。お母さん、あと5分寝かしてぇ」
目を閉じたまま、それだけ言うと、二度寝に突入しようとした。
だが、勢いよくドアをあけて入ってきた何者かに睡眠を妨げられることとなった。
「マリィーシア様。お召しかえの時間でございます。起きて下さいませ」
布団を派手に引き剥がされ、自分をこの人達がマリィーシアと呼んだことにも気付いていなかった。 まだ、夢の中にいて、はっきりと白状してしまえば、着せ替え人形と化していた私は目をしっかりとつぶり、寝ていた。
「マリィーシア様、起きてくださいませ。今朝は王妃様と散歩なさるとお約束していらしたのでしょ?」
その言葉に突如目を見開いた私に、侍女(目を開いて初めて侍女だと気付いた)は少々恐れおののいた。
「ちょっと待ってよ。私はマリィーシアじゃないんだって」
よく見れば、昨日見た侍女とは違う侍女が二人がかりで私の身の回りの世話をしていた。
「昨日の侍女は? ちょっと話したいんだけど」
それを聞いた途端に二人は顔を歪めた。
「どうかした?」
「いいえ。只今呼んでまいります」
顔を歪めたままそう言うと、部屋を後にした。
首を傾げ、二人の後ろ姿を見送ると、急に喉の渇きを覚え、テーブルの上に乗っていた水をごくごくと半分ほど飲み干した。満足してグラスを置いた視線の先に、私は信じられないものを見た。
「なんじゃこりゃ〜!」
「どうかなさいましたか?」
昨日の侍女が驚いて私に駆け寄ると、戸惑いがちにそう尋ねた。
「何これっ」
姿見に映るお伽話に出て来るお姫様仕様のフリフリドレス。
普段、制服以外でスカートを履いたことのない私にとってこのドレスは拷問みたいなものだった。
コスプレだとしてもこんなドレス願い下げだっ。
「マリィーシア様、お気に入りのドレスでございますが?」
「あのね、いい? 落ち着いて聞いてくれる? 昨日も言ったと思うけど、私はマリィーシアじゃないの。マリィーシアはこんなドレスが好きだったのかもしれないけど、私はこんなの絶対にイヤ」
「しかし、どこからどう見ましてもあなた様はマリィーシア様で間違いございません」
きっぱりと言い張るその侍女をよくよく見てみれば、恐らく私と同じくらいの年齢だと思われた。
「じゃあさ、昨日会った王様っぽい偉そうな人に会わせてよ。ちゃんと話さないと。私がマリィーシアじゃないってこと」
「殿下は王ではございません。この国の第5王子でございます。殿下は、日中はお仕事をなされておりますので、夜でなければお会いできませんわ」
「あの人王様じゃなかったんだ。ふ~ん、でも王子なんだ。十分偉い人だよね。……王子って仕事あるんだね?」
王族がどんな暮らしをしているのかなんて、私には解らない。だが、王は国を治める為に沢山の仕事があるだろうが、それ以外の王族は遊んで暮らしていそうという私の勝手な思い込みがあったものだから、あの人が仕事しているなんて、ちょっと驚きだった。
「勿論、なされます。殿下はとても優秀な方ですので」
そっか、仕事じゃ会えないんだよね……。
私のこの現状をどうしたらいいのかな。だって、さっきの侍女二人組が、王妃様とお散歩の約束をしているって言ってたよね?
「あのさ、どうしたら、私がマリィーシアじゃないって証明できるかな?」
「本当は承知しています。あなた様がどこのどなたかは存じませんが、マリィーシア様はとても大人しい方なのです。あなた様のように、叫んだり、ぺらぺらとお喋りする様な方ではございません。昨日にしてもそうです。マリィーシア様は殿下の前で、一言も口を利くことが出来ない状態でした。信じられない状況ではございますが、マリィーシア様ではないことは、長年お仕えしてきた私がよく存じております。ただ、マリィーシア様が姿を消してしまった今、あなた様にはマリィーシア様になって頂きたいのです。あなた様は誰がどう見てもマリィーシア様。疑う者などこの王城にはおりません。あなた様がおいでになるのに、王妃様のお誘いを断るなどという無礼はさせられません。どうか、上手く話を合せて頂きたいのです」
とんでもないことになって来た。
姫でも何でもないこの私が、姫になり済まし、王妃様と優雅に散歩を楽しまなければならないのだ。
敬語もまともに話せる自信がないこの私に、王妃様に無礼を働かないという確証はない。
無謀もいいところでしょ……。