第22話
「ほら、見て。こんなに一杯買って来たんだよ」
ベッドの上にずらりと並べられた遊び道具の数々。
日本では見たことのない珍しいものや、チェスと思われるもの、奇妙な絵のかいてあるトランプ、オセロ、囲碁や将棋にダーツ、ビンゴ、ジェンガと面白そうなものはしこたま買って来たのだ。
私の満足そうなどや顔を見て、呆れたと言いたげにあからさまな溜め息をついた。
「何よ、その溜め息は。アレックと遊ぼうと思って買って来たのに、嬉しくないの?」
頬を膨らませて、不平を洩らせば、くっと小さな笑い声を立てた。
「これでお前は俺を寝かせないつもりか? 日中仕事をしているこの俺に」
ただ、アレックと楽しく過ごしたかっただけだったのだが、確かに私はアレックを寝かさないかもしれない。そして、アレックは何も言わずに付き合ってくれるのだろう。
「ごめん……なさい。かたすね」
なんて私は考えなしだったんだ。
アレックと楽しむことしか考えていなかった。アレックの睡眠時間が削られれば、睡眠不足で仕事に支障が出てしまうかもしれないことなんか、考えなくても、解りきっていること。私がアレックと楽しみたいがために、気配りにかけていた。
慌ててベッドの上に広げたものたちを掻き集めた。
「マリィ。マリィ」
私は、顔を上げることが出来なかった。顔を上げてしまったら、涙がじんわりと浮かび上がった瞳を見られてしまうからだ。
アレックに腕を掴まれた。
それでも私は顔を上げない。
こんな顔を見せたくない。こんな顔を見せたら、アレックは私の我儘に付き合ってくれちゃう。
アレックはそういう人だもん。
「マリィ。俺もお前と話しをしたりするのは好きだぞ。ゲームをするのもきっと楽しいだろう。マリィとの時間も俺は楽しみたい。だが、睡眠も大事だ。だから、時間を決めるのはどうだ?」
「時間?」
「そうだな、夜中の1時迄にしよう。1時になったら、たとえゲームの途中でも止めて、ベッドに入る」
所謂消灯時間というわけだ。
消灯時間……。
なんて素敵な響きなんだ。
中学校の頃の林間学校や修学旅行を思い出す。
修学旅行のロマンである枕投げと恒例の恋バナ。消灯時間になると先生が見回りに来て、ドキドキしながら寝たふりをしたものだ。
好きな男子がいる子は、その男子と隠れて密会したり、気になる男子の部屋にみんなで乗り込んでみたり、カップルが誕生することもあれば、玉砕してその後の旅の行程を失恋の痛手で台無しにする人だっている。
あの、ドキドキ感とワクワク感、場合によってはハラハラ感とヒリヒリ感、それらは修学旅行ならではのものということだ。
「アレックは1時までなら、体の負担にならない? もうちょっと早くした方がいいんじゃない? 無理は絶対にしないで」
いつの間にか涙は止まり、頬を伝っていた涙も渇いていた。
顔を上げてアレックを見すえて、問いかけた。
「ああ、大丈夫だ。その時間なら十分な睡眠が取れる。マリィは大丈夫か?」
「うん。大丈夫」
私がここに来てから、アレックと二人だけで交わした、初めてのルールだった。
おっと、違った。二番目かな。一人で王城を離れないことっていうのがあった。
「じゃあ、明日からな。マリィ、お前はもう寝たほうがいい。疲れただろう?」
私は頷くと、残りのものを掻き集めて閉まった。
再びベッドの中に潜り込むと、アレックに見守られながら目を閉じた。
「おやすみ、マリィ。いい夢を……」
横になった途端、昼間の疲れがどっと出て来て、すぐに睡魔に襲われた。
「おやすみぃ」
辛うじてそれだけは言えたと思う。自分でもそれが現実なのか夢なのか理解できない、二つの狭間にいたように思う。
翌朝、目覚めた時、アレックの姿は隣になかった。
昨夜、自室で寝ると言っていたのだから、ここにいないのは当たり前なのだが、なんとなくいてくれる気がした。
まだぼんやりとする頭をぼりぼりとかいて、窓の外を眺める。
眩しいくらいの陽光が、寝起きの目をしばしばとさせた。
「はあ、いい天気だ」
「マリィ様、お目覚めですか? つい先ほどまで、殿下がおいででしたのに」
「え? アレック部屋に戻ったんじゃ……。それとも朝、来たのかな?」
「覗き見したわけではないのですが……、殿下はマリィ様の枕元で寝ておりましたわ」
ハンナが言う。
アレックは、私の寝るまでついていてくれて、そのままそこで寝てしまったのだろう。
私なんかよりアレックの方が断然疲れていたのだろう。
「ねぇ、ハンナ。私はアレックに迷惑ばかりかけているよね?」
「いいえ、そんなことは決してございませんわ」
ハンナの言葉にマーシャとシェリーも大きく頷いていた。
だけど、やっぱりアレックの疲れは、勿論仕事の疲れもあるのだろうが、私が無茶ばかりするための心労であるのは明らかなのだ。
「私はアレックの為に何が出来るのかな?」
何の取り柄もないこの私に何が出来るんだろう。
「殿下はマリィ様にお側にいて頂けるだけで、幸せだと思いますわ。マリィ様が笑顔でいて頂けるだけでいいのです」
シェリーが私を諭すようにそう言った。
私の笑顔にそんな大層な能力があるとは思えず、釈然としない表情を浮かべていると、マーシャが口を開いた。
「今日は王妃様との散歩の日ですから、王妃様が陛下の為にどんなことを日頃なさっているか、聞いてみるのもよろしいんじゃないでしょうか」
いつも仲の良い、ラドルフとシルビア。あの二人は多少暑苦しい部分があるのは否定できないが、私の憧れの夫婦の形でもあるのだ。
お互いにお互いを思いやれる関係が築けたらいいと思う。
シルビアにアドバイスを請うのはとてもいい考えに思えた。
ただ、恐らくはその延長として、惚気話を聞くことになるのを覚悟しておいた方がいい。
「うん、そうだね」
シルビアとはいつも薔薇園の出入口になっているアーチの前で待ち合わせている。
「マリィっ」
名前を呼ばれてその声のもとを辿れば、シルビアがピョンピョン跳ねるように走ってくる。
私とシルビアが二人で散歩をする時は、ドレスなんてお上品なものは着ない。勿論、最初はドレスでしていたのだが、あまりに汚すので毎回女官長に怒られるので、私は王城によく来ている針子さんにお願いして、使わなくなった端切れでズボンを作って貰った。
この国では女性がズボンを履くことなんてなくて、ジョゼフに反対されたが、陛下に直談判して、庭園の中だけという条件付きで許しを貰ったのだ。
頼んだ針子さんがとても優秀な人で、私が予想していたよりも素敵なものを作ってくれて、それを私は大いに気に入っていた。
その生地の繊維がなんなのか触っただけでは解らなかったが、とてもジーンズに似ていて、ある程度の厚みがあって丈夫そうで、ジーンズよりも伸び縮みしやすく、動くには持ってこいの代物であるのは間違いなかった。
そのズボンを履くシルビアもとても似合っていて可愛らしかった。
やっぱり美しい人は何を着ても美しいんだね。
などと親父臭く感心していると、シルビアに首に飛び付かれて、その衝撃に一瞬眩暈がしたがなんとか堪えることに成功した。
シルビアは私よりも年上で、王妃様をしている時は大人な女性に見えるのだが、私といるときは私よりも幼く見える。
「マリィ。会いたかったわ」
シルビアに知らぬ間に懐かれてしまったようで困惑していた。