第19話
「そんなの……ない。あるわけないよ、そんなの」
おばあさんの全てを見透かすような細い目が突き刺さるように感じた。
おばあさんの目はあまり見えない筈。それなのに……、いや、だからなのかもしれない、言うなれば心の目というもので全てを見ることが出来ているようだ。
「お前さんだけじゃないさ。マリィーシアの方でも、心に潜むものがあるかもしれないんだよ。今、たとえ戻る術があったとしても、それを実行することはとても危険だよ。死に行くようなものかもしれないねぇ」
「今すぐ戻るってことが駄目ならせめて……。おばあさんは占い師なんでしょ? 今、マリィーシアがどこでどうしているか解らない?」
「あまりにも遠いねぇ。私の力じゃ到底及ばないくらいに遠いんだよ」
もしかしたら、おばあさんにはマリィーシアのことが見えるんじゃないかなって、期待していただけに、落胆も大きい。
「私には無理だけどねぇ、お前さんならマリィーシアの声を聞くことも出来るかもしれないね」
「おばあさんに出来ないのに、私が出来るわけないよ」
おばあさんはこの国一番の占い師だとアレックから聞いていた。
そんなおばあさんが出来ないって言ってるのに、私に出来る筈はないのだ。
「そうだね。まだこの国に来て日も浅いからねぇ。今すぐには無理かもしれないが、じきに力も安定して来るだろうよ。そうすれば、お前さんにならマリィーシアを探ることも出来るんじゃないのかねぇ」
おばあさんは私の何を見て発言しているんだろう。
私はまだ、自分が人の心を読んだり読ませたりする力があるなんて信じていない。というか、信じたくない。
「ねぇ、おばあさん。私は光の住人なんかじゃない、ただのありふれた人間なんだよ」
「そのうちに解るさ」
いくら私が光の住人じゃないと言い張っても、おばあさんは取り合ってはくれない。
「お前さんはそんなに光の住人だと言われるのがイヤかい? 本当は色んな妄想をしているんだろうに?」
ギクッ。
光の住人。
そんな風に言われて嬉しいわけはない。正直面倒くさいだけだ。
だが、それと同時に、自分に他人にはない不思議な力があったなら、それはどんなものなのか、もしかして空を飛べるんじゃないか、空間移動が出来るんじゃないかなんて考えだしたら止まらなくなる。
それらは面倒臭いものではあるけれど、好奇心旺盛な私にしてみれば、ワクワク源でもあるのだ。
「おばあさんには隠せないんだね」
「そりゃぁ、そうさ。……好奇心が旺盛なのは母親譲りだねぇ」
悪い魔女のおばあさんのような笑い声に背中がぞくぞくした。
ああ、やっぱりおばあさん大好きだな。日本じゃいないもんね。いたら、直ぐに職務質問されちゃうでしょ。
「あのね、この間から不思議だったの。おばあさんはお母さんに会ったことがあるの? お母さんは日本にいるんだよ? どうやって会ったの? もしかして、私と同じようにお母さんも誰かと入れ替わったことがあるってこと。光の住人って日本からこっちに来た人のことを言うの?」
「そのうち解るさ。そのうちにね。どっちみちお前さんは暫くここに残らなきゃならないんだ。焦っても仕方ないじゃないか。ゆっくりとでいいんだよ」
また、はぐらかされた。
おばあさんは、いつも核心部分に触れようとすると、はぐらかしにかかる。
まるで何かを隠しているように思える。お母さんのことは、おばあさんの口からは何かの情報を得られることはないような気がしてならない。
日本に帰ることが、今は叶わないのならば、私に出来ることはなんだろう?
お母さんのことを調べることは出来るだろうか? 確か王城に図書室のようなところがあったように思う。そこで、過去の文献を読み解いていけばもしかしたら、私のように突然現れた人がいるかもしれない。
「解った。肝心な所は教えてくれないってことでしょ? 私、自分で調べてみる。見つからないかもしれないけど、それならそれでいいとも思うし。おばあさん、いろいろ教えてくれてありがとう。これ以上ここで遊んでたらアレックが怒るから、今日は帰ります。また、遊びに来るね」
おばあさんはひらりひらりと手を振って私を見送ってくれた。
お菓子の家の玄関を出ると、まだまだ日は高かった。
「もういい加減出てきたら? アレックに命令されて来たんでしょ?」
木の陰に隠れた長身の男がのそりと姿を現した。
「失礼致しました。マリィーシア様。アレクセイ様の命により、マリィーシア様の護衛をさせて頂いておりました」
「なんだ、キールじゃん。キールが来てくれたんだね」
「いいえ。私はキールではございません。双子の弟、ニールでございます。以後、お見知り置きを」
キールにそっくりなニールはどうやらキールの双子の弟だったようだ。
キールもニールもアレック付きの近衛兵らしいので、もしかしたらキールだと思って見ていた人がもしかしたらニールだったのかもしれない。そう、勘違いしてもおかしくないほどに二人は似ていた。
「びっくりした。似過ぎだねぇ」
「ええ、よく言われます。区別の仕方は簡単です。右目の下にほくろがあるのが兄のキール。私は左目の下にほくろがありますので、それで区別して頂ければよろしいかと思います」
ニールの左目の下を見てみれば、なるほど小さなほくろがあるではないか。
それにしたって、あまりに小さいのでよくよく見ないと解らないもの。これじゃ、遠目からキールとニールを区別することは到底出来ないじゃないか。
「えっっと、うん。取り敢えず解った。とにかく城に戻ろうか」
ニールは私の一歩斜め後ろを私のペースに合わせて歩いてくる。
「あのさっ、ここ来て。私の隣り。そうやって後ろを歩かれるのは好きじゃないんだ。それからさ、私を敬う必要はないので、丁寧な話し方もいらない。いつも友達と話しているように話して」
「ですが……」
「いいから言うこと聞くっ。キールだって、私と歩く時は隣を歩くし、話をするときは砕けた感じだよ。キールがやってるんだから、ニールにだって出来るでしょ?」
ニールは、キールよりも融通がきかないタイプのようだ。ようは、真面目ってことだろう。それは、悪くなく、寧ろいいことなのだけれど、臨機応変に対応することも大切だと私は思うのだ。
「解りました」
「そういう時は、友達なら解ったって言うんじゃないの?」
「わっ、解った」
たじたじになっているニールを見るのは何だか面白い。からかいたくなってしまう。
「ニール。私、町によりたいんだけど、付き合ってくれない?」
「しかし、アレクセイ様がご心配なさっておいでですので、早々に帰られた方が……」
「んん? だから、違うでしょ?」
「ああっ、アレクセイ様が心配するから早く帰らなきゃ駄目だ……ぞ」
何ともぎこちない。不器用で、一生懸命で、真面目で、そしてほんの少し照れ屋みたいだ。
「気にいったっ。ニールって面白いね。私、ニールのこと好きみたい」
別に変な意味はない。ただ純粋に友達として好きだと言っただけなのだが、ニールは本気でうろたえている。
「いやっ、アレクセイ様に殺されてしまいますので、滅相なこと言わないで下さいっ」
「何言ってんのぉ? 友達として好きってこと。ニールは私が嫌い?」
「いえっ、勿論好きですけど……」
「じゃあ、何の問題もないじゃない。さっ、町まで行こう。町でアレックにお土産を買いに行こうと思うの。そしたら、少しは怒りを抑えてくれるんじゃないかなぁって思って」
ニールの腕を取ると、細い道を駆けだした。