第1話
「ねぇ、見てっ!これ、何の穴だと思う?」
興奮気味に声を荒げる私の頭上から、少し太い声が降り掛かってくる。
「うぉっ、なんだそりゃ。蛇かな。いや、モグラか。それとも、巨大蟻の巣かもしれないぞ」
「嘘っ。蛇? モグラ? 巨大蟻? くぅ〜、見たい!ねぇ、ほんとにいるかな?」
このワクワクする胸を抑えることは、誰であろうと無理な話だろう。
別に私が、メルヘンチックな人間だってわけではない。まあ、普通の女子高生よりはそうなのかもしれないってことは認めるけど……。
ただ、私は思うのだ。ただの日常も考え方一つで、如何様にも変えることが出来る。
今だってそう。このなんの変哲もない穴を、ああ穴が開いてるなってただただ見るのと、その中には得体の知れない何かがきっとあるんだって見るのとでは全然面白みが違うじゃないか。
「私、ここで暫く待ってみるっ」
「あははっ、真里衣ならそう言うと思ったよ。勿論、俺も付き合うよ。良いだろ?」
いかにも可笑しそうに、腹を抱えながら、顔だけ上げて言った。
「勿論。私一人じゃつまらないもんっ」
にかっと笑ってピースして見せた。
「やっぱ、真里衣だな……」
穴が見えるベストポジションと思われる駐車場の車止めブロックの上に二人並んで腰掛けて、今か今かと何かが出てくるのを待っていた。
「んん? 何がぁ?」
隣に座るクラスメイトである土屋祐一を覗き込んだ。
「真里衣といると、楽しいんだ。どんな時だって、真里衣となら笑ってられるような気がするよ」
真里衣というのは勿論私の名前、海野真里衣。
祐一とは高校入学してから仲良くなった。いつもこうやって私の言うことにのってくれる。人によっては、こいつ何言ってんだと、ちょっと危ない奴とか、変人なんて目で見る連中もいる。祐一は私を変人扱いしないし、私を理解しようとしてくれる一番近しい人だ。
そして、私はそんな祐一にいつの間にか惹かれていた。
「俺、真里衣のこと好きだよ」
少し照れた祐一の表情がいつもより眩しく映った。
「なあ、真里衣は?」
「へへっ、私も。私も祐一好きだよ」
戸惑いがちに重なった瞳をふいと逸らした。恥ずかしさに耐えられなくなったのだ。私と同じタイミングで祐一も目を逸らした。
再び瞳が重なり合った時、祐一は柔らかな春の木漏れ日のような温かい笑顔を私にくれた。
私も祐一とならずっと笑っていられる。
そう確信した瞬間だった。祐一の影が私の影にそっと近づいた時、私は瞳を閉じた。
小さな証を唇に刻むために……。
だが、すぐに異変に気付いた。いくら待っても祐一の唇が触れることがない。
それどころか、暫くすると、不思議な感覚に陥った。
体がどんどんどんどん下へ下へと落ちていくような感覚。ジェットコースターで急降下しているような感覚。
目を開けたいのに金縛りにあったように、体が動かなかった。悲鳴を上げることも出来ない。脳だけが活発に働き、現状を把握しようと試みているようだった。
祐一の気配もいつの間にか消えていた。闇の中へ吸い込まれているような恐ろしい気配しかしない。辺りは静寂を保っていた。
どっ、どうでもいいけど、酔いそう……。
そう思った瞬間にすとんと何処かに飛び出た感覚を全身で感じた。まるで赤ん坊がすぽんと産まれ出る時のようなそんな感覚。といっても、産まれた時の感覚なんて覚えてなんかいないのだけど。
これだけの勢いで落下しているんだ、尻や腰を強打するんじゃないかと一抹の不安が過ったものだったが、それは杞憂に終わった。
わけも解らず、少しの間目を閉じたまま辺りの気配を伺っていた。
周りで数人の気配を感じる。私の前方に強い気配を感じた。隣に座っているはずの祐一の気配、あの温かい安心できる気配は微塵も感じられない。
私、もしかしたら具合が悪くなって倒れてしまったんじゃないかな。そして、救急車で運ばれて、ここは病院で、前方に感じる強い気配は医師のものなのではないか。
でも、じゃあさっきのすぽんと産まれ出たような感覚は一体なんだったんだろう。
夢……だったのかな?
目を閉じたまま辺りの気配を注意深く伺うと、誰かが話している声が聞こえる。日本語じゃない……。英語でも、フランス語でも、イタリア語でも、中国語や韓国語の類でもない。聞いたこともない言語。
でも、不思議なことにその言語を理解出来ている私がいた。
初めて聞いた筈なのに、何処か懐かしく、不思議と胸が温まる。
その声の主は、
「この娘は一体誰だっ?」
怒鳴るような声は、驚きを隠し切れていない。
「私どもにもさっぱり。ですが、外見はマリィーシア姫にそっくりです。ただ、先ほどまでお召しになっていたドレスとは全く異なるものと思われます。マリィーシア様は魔法の類を扱われるのではないかと……」
マリィーシア? 姫? ドレス? 魔法?
明らかに病院とは考えられない雰囲気……だよね。
「いいえっジョゼフ様、マリィーシア様は魔法の類は一切扱うことが出来ませんでしたわ」
「ではいったい……」
「わたくしにも何が何だか……」
怒鳴るような声、ジョゼフと呼ばれた男の声、そして、女性の声。それ以外の声は、今のところ聞こえて来ないし、恐らくそれ以外の人物はここにはいないのだろうと考えられた。
目を開いても大丈夫だろうか……?
目を開いた途端に、襲われたりしないだろうか?
でも、ものすご~い気になるし……。なんか面白そうな感じになって来たって気がしない?
だって、ここが何処だか解らないけれど、祐一と一緒にいた空間ではないわけで、姫とかドレスとか魔法とかそんな語彙が出てくるってことは、これはもしかして、もしかすると異世界ファンタジーチックな世界に紛れ込んでしまったって感じなんじゃないの? それに、横柄な物言いをしている人物はもしかしたら王様なんじゃないの? そんでもってジョゼフって呼ばれるのが王様に使える文官かなんかで、女性の声がマリィーシアって人の侍女っ。ってことは……、マリィーシアっていうのは、王妃様だったりして……。
うほぉっ、なんか俄然楽しくなって来たっ。ドキドキ通り越してバクバクしてるしっ。
ねぇねぇねぇっ、目、開けちゃってもいいよねっ? だってこれって、絶対私の夢なわけだし……。っていうか、もう開けちゃうからっ。誰が何と言おうとっ。
えいっと思いきって目を開けると、そこには本当に私が思い描いていたような異空間が広がっていた。
そこはまさに城の中だった。いや、外観を見てはいないので、城だとは言い切れない。だが、まさに城の中だと思われるような場所ではあった。
もしかしたら、なんかのドラマとか映画のセットの中に迷い込んでいる夢を見てるのかな……。
辺りを見回してみるが、撮影に使用されるであろうカメラなどの機材を見つけることは出来なかった。
それにしても、酷く現実味の濃い夢だな。リっリアル過ぎる。
私の落ちた先は、椅子の上だったのだけれど、それがとっても柔らかくって、うんっ、これなら痛くなかったのも頷ける、というほどふかふかなのだ。手触りだって滑らかで、ビーズクッションの感触に凄く近いんだけど、でも、それよりももっと滑らかで、ずっと触っていたいと思わせるほどのもの。
べっベルサイユ宮殿みたい……。いやっ、実物見たことないし、どんな感じかは知らないんだけどね。ベルサイユ宮殿じゃなくても、ヨーロッパ諸国にあるなんちゃら宮殿とか、なんちゃら城とかっていうかんじの建物、セットにしては出来過ぎてるよね……。
「……おいっ」
第1話が始まりました。昨日の時点で、まだ人物紹介でしかないのに、お気に入り登録して下さった方々、有難うございます。また、読んで下さった方々、有難うございます。頑張ります。