第14話
「マリィーシアが可哀想じゃないか」
「おばあさん。マリィーシアはやっぱり私と入れ替わって日本にいるんだよね?」
私の中ではこれは確信していることではあったけれど、誰かの口から聞きたかった。それが真実であろうとなかろうと。
「そうだよ。あんた解ってたんじゃないのかい?」
当たり前だと言うようにきっぱりと言い切った。
「大体は。でも確信ではなかったから」
おばあさんの言葉は、真実であると直感で判断した。
それが真実であると解った今、解せないのはおばあさんの言葉だ。
マリィーシアが可哀想じゃないか。
私とマリィーシアが入れ替わったというのなら、元々こちらの住人だったマリィーシアがこちらに帰りたいと思うのは必然なんじゃないか。
何故可哀想なんて言葉がここで出てくるんだろう。
「おや、あんた達もうお帰り。日が暮れちまうよ」
その言葉はこれ以上おばあさんが私の質問に答えてはくれないということだ。
消化不良の私は聞きたいことがまだたくさんあった。
日本に帰る方法、何故マリィーシアが可哀想なのか、光の住人のこと、おばあさんが知ってるお母さんのこと。
「あのっ、また来てもいいですか?」
「いつでもおいで。歓迎するよ」
おばあさんの目はあまり見えていないと言っていたが、その目はしっかりと私を見据えていた。骨の髄まで全てを見られているような奇妙な気分になった。
それでも私はこのおばあさんを好きだと思った。
だって、本当に魔女みたいなんだもん。その姿は私の想像意欲を掻き立てる。おばあさんを見るだけで、ドキドキしてきてしまう。
もっとおばあさんの話を聞きたいと思う。
「私、おばあさん大好きっ。今日はありがとう。また遊びに来るね」
おばあさんがくすぐったそうに小さく微笑んだのを見て心がほんわかと温かくなった。
外は暗さをぐんと増してきていた。
来たときは薄暗いと思った森の道が、今ではおばあさんの家の中とたいして変わらない。
それに森の中だからか、肌寒さを感じて身震いした。
「マリィ。寒いのか?」
「うん、ちょっとね。でもこれくらい平気」
そう言ったのに、アレックは自分の上着を私の肩にそっとかけた。
「アレックは寒くないの? アレックが風邪引いちゃうよ」
「おれはそんなにやわじゃない。大人しく着てろ」
おばあさんに借りたランプをアレックとジョゼフは持っていた。二人とも私の足元を照らしてくれていたので、顔の表情はあまりよく解らなかった。
「ねぇ、アレック。今照れてるでしょ?」
「照れるわけないだろ。そんなこと気にする暇があるなら足元をよく見てあるけ。危なかしくて仕方ない」
アレックは、お菓子の家を出た時から私の手を取っていた。
それがまた必然とでも言いたげな態度だったので、余計に照れる。
まるで恋人同士みたいだ。
自分で言った言葉に照れを感じ、急いで打ち消した。
ふと、重大なことに気付いてしまった。というか、思い出してしまった。
アレックって私が考えてること読めるんだったよね。もしかして、今の聞いていたんじゃ……。
ちらりとアレックを見上げると、ふいっと視線を逸らされてしまった。
明らかに読んでたんじゃないのぉ。
「ドスケベっ」
「はあ?」
「私が考えてること読まないでよ、ドスケベアレック」
言い掛かりもいい所だというのは百も承知だ。アレックが私の考えてることを読めるんだってことは始めから解っていた事実。それを失念していたのは私のミスである。
それにしても、照れてるアレックってなんか可愛い。こういうのを母性本能をくすぐるっていうのかしらね。
「今のも読んでたでしょ?」
「いっいや」
「嘘吐くのが下手だね、アレックは。バレバレだよ。もう、ホント可愛いんだから」
ぽろりと零れだした自分の発言は己を大いに驚かせた。
「男が可愛いなんて言われて嬉しいわけないだろ?」
ちょっと拗ねた横顔がまた可愛い。
マーシャが言っていた。アレックはモテるのに無自覚だから、勘違いする女性がたくさんいたって。 だから、王はマリィーシアとの縁談を進めたんだそうだ。これ以上振り回される女性を増やさないためにも嫁さんをさっさと作っておいた方がいいだろうってことなんだろうな。でも、私は思うんだ。一夫多妻制のこの国で正妃がいたところで、側室になりたいと考える人はいるだろうに。
何となく、アレックのことを好きになる女性の気持ちが解る気がした。
優しくて、格好良くて、仕事も出来て、照れ屋で……。
いいところを探し始めたら、止まらなくなるくらいだ。
「ねぇ、今の私の気持ち読めた?」
今、ずっとアレックのことを考えながら、アレックに気持ちが読まれませんように、と念じていたのだ。
これは一つの賭けだ。
もし私が、おばあさんが言ったように自分の気持ちをアレックに読ませているというなら、読ませないということも出来る筈。読ませない為に何をすればいいのかは解らないが、一先ず念じてみたのだ。そんな簡単な方法で読ませないことが出来るとも思えないが。
もし、これでアレックに私の気持ちが読めていなかったなら、私がアレックに気持ちを読ませているということになり、それには制御が可能であるということが解る。
ただ、この賭け、私が気持ちを読ませていない時と制御方法が間違っている時には、私の最強に恥ずかしい思考がアレックに筒抜けだってことなのだ。
「いや、何も聞こえないよ。突然ぷつりと聞こえなくなったんだ」
いやっ、あんなんで良かったんかいっ。
疑いたくなる気持ちもあったが、アレックの表情に嘘は隠されていないようだった。
なんにしろ、ホッと胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。
「そっか。成功ってことだ」
「何かしたのか?」
「ただ、アレックに心が読まれませんようにって念じただけ」
アレックに心が読まれなかったのは、正直喜ばしいことではあるが(考えてることがだだ洩れだなんてこっぱずかしくてしかたない)、それは同時に私が心を読ませていたってことにもなるわけだ。
信じたくない。
変人だと言われていた私にとって、妙な能力は有り難迷惑もいいところだ。
「……私じゃない。私は光の住人でも何でもないし、アレックに心を読ませていたわけでもない。違うよ」
「光の住人であることがそんなにいやなのか?」
私はこくりと頷いた。
闇が深いせいか足元を照らすランプの明かりが少しは当たるものの、アレックの表情を伺うことまでは出来なかった。
「嫌だよ。私は普通の人間だよ。そりゃちょっとじゃじゃ馬であることは否定できないけどさ。ただそれだけだよ」
「お前がそう思うなら、光の住人であることは俺達だけの秘密にしよう。妙に騒がれるのも困るしな。俺達はお前を特別視せずに、今まで通りに扱うがいいんだな?」
「うん、それがいい。いっそ光の住人って言われたことを忘れてくれたらいいよ」
その方が気が楽だ。さっきのお菓子の家でのアレックの反応を見たかぎり、光の住人はこの国では特別な存在。大げさに言えば、崇拝される存在なんじゃないかって思う。
そんな扱いを受けるのは、ごめんだ。
「そういうことだ。このことはここだけの話にする。ジョゼフ、キールいいな」
「ハッ」
ジョゼフの声が隣りで、キールの声が森の中のどこかから聞こえ、その声は森の中に響いた。
「ねぇ、町にもう一回戻れる? ハンナ達にお土産買って帰りたいっ」
明るい私の声に潜んでいる獣達もどこかへ去っていったかもしれない。
そして、アレックとジョゼフの呆れた溜め息だけが残っていた。
キールはさっと消えて、さっと姿を現す忍者のような人。占い師のおばあさんが苦手のようで、ずっと隠れていました。