第13話
「さて、じゃあ、この私に何が聞きたいんだい?」
ゆれる炎の薄明かりの中、おばあさんの顔が怪しく照らしだされていた。
「え?」
「何だい。何か聞きたいことがあったから来たんじゃないのかい?」
「おばあさんは、魔女なの?」
私の突然の無礼な質問に、隣のアレックと後方にいるジョゼフの息を呑む気配を感じた。それを感じた私も慌てて口を噤んだ。
「こりゃまいったねぇ。あんたには私が魔女に見えるのかい?」
少しも気を悪くした風でもなく、きししっと笑いながら言った。
その笑い方さえ、私には魔女のそれに見える。
「うん。このお菓子の家はお伽話に出てくるものにそっくりなんだ。そのお伽話では、お菓子の家に住んでいるのは悪い魔女なの。悪い魔女が子供をお菓子の家へと誘い込んで食べようとするの。勿論、おばあさんがそんな悪い魔女だとは思わないけどね」
「ふふっ、そうかい。でも、残念だったね。あたしは魔女じゃぁないよ。まあ、似たようなもんかもしれないがね。あたしは占い師なんだよ」
占い師。
この薄暗い部屋。怪しげな雰囲気。妙に納得した。
日本で占い師に見て貰ったことはないけれど、私の中のイメージの占い師は薄暗い部屋の中、黒いマントを纏って、水晶に手をかざしている。
アレックが私にここに連れてきてくれたのは、今後のこととかを見てもらえばいいと思ってくれたからなんだろう。ということは、このおばあさんは相当優秀な占い師であると考えていいだろう。
横目でちらりとアレックを伺う。明かりで照らされた端正な横顔が普段よりも大人びて見える。
「私が聞きたいのは、どうやったら日本に帰れるかってことなんです」
「日本。それがあんたがいた場所だね?」
おばあさんの細いけれど力のある目に見つめられ、首を縦に振る。
「帰りたいのかい?」
「だって家族がいるし……」
「帰る必要なんてないだろうに……。やっと元の形に戻ったというのにねぇ。また、形が崩れてしまうじゃないか」
おばあさんの口にする形という言葉がどういう意味をなすのか私には解らなかった。恐らく、アレックにもジョゼフにもそれは解らなかったのだろう。
「形ってなんですか?」
「本来あるべき形さ。そもそもあんたがその日本という国にいること自体がおかしかったんだからね。あの家系の人間はいつもいつも私を困らせるんだ。全くどうしようもないねぇ。あんたの母さんもばあさんも」
「私のお母さんを知っているの?」
「ああっ、よおく知っているよ。あんたによく似たじゃじゃ馬だったよ」
じゃじゃ馬……。
そんな筈はない。そう、そんな筈は絶対にないんだ。あのお母さんがじゃじゃ馬?
私の母沙里衣は、妹の璃里衣と同じように大人しい穏やかな女性だった。間違ってもじゃじゃ馬だなんて、そんな話聞いたこともないし、想像も出来ない。あんなに穏やかな微笑みを浮かべる人がじゃじゃ馬だなんてあるわけがない。
それとも、ただ私が本来のお母さんを知らないだけ?
「あんたの母さんもばあさんも光の住人さ」
「「光の住人?」」
アレックと声が揃って、お互い顔を見合せた。
「光の住人って、あの光の住人なのか、ばあさんっ」
「ああ、そうだよ。そして、あんたもそうなんだよ。あんたも光の住人だ」
アレックは「光の住人」というものがどんな人であるのかを理解しているようだった。
「ねぇ、何なの? 光の住人って」
「ああ、マリィはここに来たばかりで知らないんだな。光の住人って言うのは、一言で言えばそうだな、女神のような人のことだ。昔、まだこの国が戦乱の時代にあった頃、一人の女性が戦乱の真っ只中に降り立った。誰もがその女性を見ただけで憎しみを失くし、悲しみを失くし、苦しみを失くし、疲れは癒え、希望を持ち始めた。いつしか手に持っていた武器までもを捨ててしまった。敵も味方も全てがだ。争うことを止め、笑い合い、幸せに涙を流した。その時からこの国では戦乱は起こっていない。その女性のことを人々は光の住人と呼んだ。光の中に住む者、光に愛された者、人々に光を与えてくれる者、そんな意味を込めてそう呼んだ。俺は、遠い昔のお伽話なんだと思っていた。ばあさん、光の住人は本当に存在していたのか?」
光の住人。
自分が光の住人だといわれても、アレックの語ったようなそんな凄い女神のような人のことだと教わっても、私は他人事のように思っていた。
だって、あまりにも私とかけ離れている。私は人を幸せにするようなそんな力は持っていない。誰かを幸せにするどころか自分が幸せになることで精一杯で、他人のことまで見てられないし。
私が光の住人である筈がないのだ。
「光の住人は存在しているんだよ。ずっとずっと遠い昔、光の住人だといわれたその女性は、人々に持て囃された。それだけなら良かった。だがね、人ってのは恐ろしいもんでね。幸せになればなったで、貪欲にもっともっととそれ以上の幸せを望むもんなんだよ。光の住人と言われたその女性は、神ではないただの人なんだ。万能じゃあない。それを解っていない馬鹿な人間にその女性は殺されたのさ。なんで俺を幸せにしてくれない、ととち狂った男にね。自分の幸せを見つめることも出来ずに、その女性のせいだと決めつけた馬鹿な男にね。その女性の子供達、孫達は、光の住人だということをひた隠しに静かに暮らしていったんだ。そうしないと生きていけないと思ったんだろうね。だから、光の住人は伝説のように言い伝えられるようになったんだ」
「あのねっ、おばあさんもアレックも。光の住人が物凄い人なんだってことは解った。だけど、なんで私が光の住人なの? 私、なんの能力もないのよ? 私が光の住人なわけないじゃんっ」
「光の住人には少し人間離れした力があってね。人の心を読めるんだ。そう聞いてるよ。それ以外にも恐らくあったんだろうけどねぇ、少しずつ血が薄くなる毎にその力も薄れていってるんだろうよ」
ちょっと待て。アレックが物凄い勢いで私を見ている。
「ばあさん、俺、マリィが現れてからマリィの心の声が聞こえるようになったんだ。マリィ以外の声は全く聞こえないんだけどな」
「おやっ、それはこの子が自分の心の声をあんたに聞かせてるんだよ。光の住人は人の心を読むことも出来るし、読ませることも出来る。ほらっ、あんた。何も出来ないことないじゃないか」
いやっ、私何もしてないもん、解んないよ。
だって、もしかしたらアレックが本当は光の住人で、私がアレックに心を読まされてるかもしれないじゃないか。
どっちにしろ、私が光の住人で特別な能力を持っているなんて有り得ないんだっての。
「もういいよ。光の住人の話は。私違うもん。それより、私が日本に帰る方法を教えてよ、おばあさん」
「あんたは帰らない方がいいよ。あんたがその日本に行ったって、肩身の狭い想いをするだけだ。これまでそこにいて生きにくいと思ったことがあるんじゃないのかい?」
ギクッとした。
変人扱いされて来た日々。祐一がいなければ私に友人と言える人は一人としていない。
結構痛いところをついてくる。
だけど、祐一と家族に会いたいってそれだけだとしても、私に日本に帰りたいという気持ちは成立するのだ。
「マリィーシアが可哀想じゃないか」
マリィーシアが可哀想?
おばあさんの言葉に私は目を見開いて、おばあさんの細い目の中の真意を探ろうとした。