第11話
バタンという派手な音とともにアレックとジョゼフが走り込んできた。
その時の私ときたら、ノッポさんとマッチョさんと談笑していたわけで……。
正直、二人がこんなに血相かえて入って来るとは思わなくて、あまりの出来事に、口をぽかりと開いていた。
「お前等覚悟は出来てんだろうなっ」
マッチョさんの襟首を掴んで、聞いたこともないようなどすの聞いた声をアレックは出した。
ことの次第を深く考えていなかった私は、突然の出来事にどうすることも出来ずに見守っていた。
いよいよアレックがノッポさんを殴りかかろうと手を振り上げた時、自分のなすべきことにハッと気付いた。
「ちょっ、ちょっと待ってアレック」
私が言い終わったのと同時に、ガツンという鈍い音がした。
椅子からひっくり返ったノッポさんが口元を押さえて床に転がっている。
更に飛びかかろうとするアレックの腕を両手で力一杯引っ張った。
「お願い、待ってアレック。お願い。私の話を聞いてよっ」
肩で息をしていたアレックが漸く私の声に反応を示した。
アレックは振り返ると私を腕の中に閉じ込めた。
アレックの胸の中で、激しく唸る彼の心音と微かに震える体を感じていた。
「もう、俺から絶対離れるな」
小さくて低い声は、恐らく私にしか聞こえなかっただろう。
「ごめんなさい」
自分の身勝手な行動がアレックにしなくてもいい心配をさせてしまった。
そのことを深く反省していた。ここは安全な日本ではないのだ。日本でなら昼間に繁華街を歩いていたってあまり危険を感じることはない。でも、ここは日本ではない。
もう少し危機感をもつべきだったのだ。
今回はノッポさんもマッチョさんもともいい人だったから何もされずに済んだけど、次はそうはいかないかもしれないんだ。
「でもね、この二人は悪い人じゃないんだよ」
「だが、ここに連れてこられたんだろ?」
「うぅん、それはそうなんだけど、それには訳があったの。それに私、酷いこと何にもされなかったんだよ」
必死に二人が悪い人じゃないということ、何故こんなことをしでかしたのかということを訴えたが、アレックの表情はかたいままだった。
だが、アレックは、
「今回の件はマリィに免じて見逃してやる。でも、次はないぞ」
と、渋々ではあったがそう言ってくれた。
「ありがとう。アレック」
アレックの腕に飛び付いてそう言うと、照れ臭そうに顔を背けた。
「ここにはようはない。もう、行くぞ」
アレックは私の手を取ると、出口へと足早に歩いた。
ドアに手をかけ、ふっと振り返るとぼそりと言った。
「俺はお前が言ってた縁談なんて話、聞いたことはない。大分前から俺はマリィーシアとの結婚が決まっていたからな」
「えっ? アレック、どういうこと?」
「そういうことだろうよ」
そういうことって……、要はその縁談の噂はガセネタだったってこと? じゃぁ、もともとノッポさんの彼女に縁談の話なんてなかったんだ。
可能性として考えられるのは、彼女の親がそんな噂をノッポさんと手を切らせる為に故意に流したということ。それほどまでにして、彼女とノッポさんを別れさせたかったのかもしれない。
「ノッポさん……」
「ノッポ?」
「あっ、ごめんなさい。勝手にあだ名決めちゃった。ノッポさんとマッチョさん。いいでしょ? ……ノッポさん、彼女、待ってるんじゃないの? でも、急いだ方がいいと思う。証拠も根拠も何もないけど、その噂を流したのが彼女のご両親ならば、あなたと別れたって知ったらすぐに彼女をどこかに嫁がせてしまうかもしれない。ねぇ、だから急いでっ」
最後は叫ぶように声を張り上げていた。
それに弾かれたように、ノッポさんは立ち上がると何かをふっ切ったように私達の前で膝をついた。
「数々のご無礼お許し下さい。王子殿下、貴殿の妃にご無礼をいたしましたこと、深くお詫び申し上げます。マリィーシア様、あなた様の御言葉深く心に響きました……」
ノッポさんの隣りに、マッチョさんも跪き、私達に礼を尽くす。
「もうっ、そんなのいいったら。早く彼女のところに行ってっ」
二人はもう一度深く頭を垂れると脱兎の如く走って行った。
「ノッポさん、大丈夫。絶対、彼女待ってるからっ。お幸せにねっ」
後姿に声をかけるが、二人の姿はもうとっくに小さくなっていた。聞こえていなくてもいい。ただ、言いたかっただけだから。
「行っちゃった。ねぇ、アレック。ノッポさん彼女と幸せになれるよね?」
「そうだといいけどな。ほら、行くぞ。今日は城に帰ったらみっちり説教してやる。でも、その前に行きたい所がある。付き合ってくれ」
アレックは私の手を引いたまま、引っ張るようにして歩き出した。
「アレック。歩きにくいよ、手放して」
「駄目だ。お前は手を放すと、どこに行くか解らないからな。城に着くまで放すつもりはない」
良いんだけど……、良いんだけどね。だけど、恥かしいのよ。
だって、私は祐一とも手を繋いだことなかったんだよ。これから、デートしたり、手を繋いだりって楽しいことが待ってるって時だったんだもん。
中学時代の恋愛なんて閑古鳥が鳴いていたし、色気のあるものはとんとなかった。なんだろう、私ってモテなかったんだなぁ。
何でだろう。結構、顔はイケてる方だと思うんだけどな。やっぱあれか、変人扱いされてたのがいけないんだ。噂が噂を呼んで、あいつは変人、ってレッテルを貼られてしまったから、誰も寄りつかなかったんだ。そう考えると、祐一はもの好きってことになるじゃん。
「でもさ、なんか、そのぉ、恥かしいんだけど……」
「俺はちっとも恥ずかしくなんかないぞ。婚約者と手を繋いで何が悪い?」
私の手を持ち上げて、手の甲に唇を落とした。
私がその行為に顔中赤面している様を、それはそれは可笑しそうにケタケタ笑って見ていた。
「いやぁ、この人何とかしてよ。ジョゼフっ」
「いえっ、何の問題もないと思いますが……」
無表情でしれっと答えるジョゼフ。
「ねぇ、ジョゼフ。なんか怒ってない? もしかして、私が勝手に歩いて攫われたこと怒ってんの? ごめんね。私は今回のことは本当に反省した。今度はもっと気をつけて一人歩きすることにするよ」
「あなたって人はっ。こんな事にあっていながら、まだ性懲りもなく一人歩きをなさるつもりですかっ。あなたを探すこっちの身にもなって見て下さいっ」
ジョゼフの無表情の仮面が無情にも崩れ去り、眉毛を釣り上げた鬼のような表情が現われた。
「いいやぁぁぁぁっ、ごめんなさいっ。もうっ、えっと多分しませんっ」
「多分ってなんなんですかっ。絶対にしないといいなさいっ」
「まあまあ、ジョゼフっ。そんなに怒ると血圧上がるよ? 若いっていっても気をつけなきゃ、若死にしたくないでしょ? どうどう」
私はさ、良かれと思って言ったんだよ? ジョゼフが長生きして欲しいから、良かれと思って。それなのに、ジョゼフったら私のことを睨みつけた後、それはもう盛大な溜息をついて見せたんだよ。これ見よがしにさっ。
「あなたって人は……。誰のせいで血圧が上がってると思ってるんですか……。私の心労をどうか汲み取ってください」
脱力したジョゼフが力無くそう言った。
私はどうしたらいいのか解らずにアレックを見上げた。アレックは苦笑して肩をすくめた。
わっ、私のせいですか……?