第10話
「んんっ、んんんっ」
何でこんなことになっちゃってんだろ。
両脇からがたいのいい男たちに捕らえられ、口には布のようなものを巻かれていた。
もしかして私って今、大ピンチなんじゃないの?
きっと私があまりに可愛いから攫われてしまったんだわっ。
って、自分で言ってて馬鹿らしくなってきた。
いやいや、でもこんな事件性の高い出来ごとに巻き込まれることなんて、滅多にあるもんじゃないのよ。
ちょっとワクワク。
……なんて言ったら、アレックに叱られちゃうかもしれない。
「んんんんんん、んっん」
「おい、この女なんか言ってるぞ」
「放っておけ。どうせ、助けてとか無駄なこと言ってるだけだろ」
うひゃあ、グッドな悪役声だね、二人とも。
ヤクザ映画に出てきそうな渋い声。痺れるねぇ。
布の下でにまにまと口が綻んでいた。
私が連れていかれたのは、人通りの少ない、ゴーストタウンのような暗い道を通ってたどり着いたいかにも悪い奴らが住みかにしていそうなこ汚い部屋。
どんだけ、期待通りなんですかっ。
「お前があの王子の婚約者だな?」
口に巻かれた布を取ると、ヤクザ(っぽい人)の一人が口を開いた。
「王子ってアレック? うーん、まあ一応そういうことになるかな」
「そうか。じゃあ、お前にはここで死んで貰うぞ」
もう一人のヤクザが言った。初めに口を開いた方のヤクザは背が高くて、それでいて締まった体付きをしている。目付きは悪いが中々の男前に見える。
もう一方はさして背も高くなく、だが筋肉だけは凄い。衣服がぱっつんぱっつんになっている。
よって、それぞれ、ノッポさん、マッチョさんというニックネームを勝手に定めた。
「ふ〜ん。何で?」
「おっお前、俺たちが怖くないのか?」
マッチョさんが言った。恐れることもせず、自分達を真っ向から見つめる私に動揺しているようだ。
「どうして?」
「どうしてってそりゃ、俺達はこんななりをしてるしな。この界隈じゃ名の知れた悪党だ」
「へぇ、凄いね。悪党なんだぁ」
恐れるどころか、目を輝かせて真っ直ぐに瞳を覗き込まれて、戸惑いを隠せないマッチョさん。
普通、女の子っていうのは泣きながら助けを求めるものって相場が決まってるみたい。
でも、伊達に変人扱いされてきたわけじゃない。私と普通の女の子を一緒にしてくれちゃあ、変人って名がすたるってもんよ。
「ねぇっ、何で私を捕まえたりしたの?」
「お前には関係ねぇ。大人しくしてろっ」
ノッポさんの怒声に怯えるどころか、背中がゾクゾクしてくる。
いい声だねぇ。
「ああっ、いい声ぇ」
「あっ?」
「ああっ、ごめんなさい。間違えた。私に関係ないことないですよ。だってこうして捕われて……ないですね」
後ろ手に紐で縛られていたのだが、少し動かしただけで、するりと解けてしまった。
「ほんとに悪党なんですか? 少し動いただけでほどけちゃうなんて……」
どんだけ不器用なんだ。
という言葉を何とか飲み下すことに成功した。
それにしたって、縄もまともに縛れない不器用な悪党って……、二人には申し訳ないけど、笑える。
「うるせえっ。縄なんて結べなくたって人生渡って行けんだよ」
いやいや、そりゃ渡って行けますけども。
「話、聞かせてよ。理由あるんでしょ?」
二人の前をすっと通り抜け、どかりと椅子に座った。
「この水飲める? 喉乾いちゃった」
「あ? ああ」
勝手にコップに注いで飲みはじめた私を暫しボケッと見ていたが、諦めたかのように、私の前に二人並んで座った。
「あんたほんとにお姫様か。こんなお姫様は見たことがない」
「う〜ん、よく言われる。でもさ、私みたいな姫らしくない姫が一人くらいいたっていいと思わない?」
正確に言えば、私は姫でも何でもないただの一般人なんだけどさ。
「俺はお前みたいな姫の方が好きだな。いいとこのお姫様はお高くとまっていて俺は苦手だ」
マッチョさんがそう言う。
そんな姫ばかりではないとは思うが取り敢えず頷いておいた。
「サンキュー」
「サンキュ?」
「ああ、ありがとうって意味だよ」
英語は通じないみたい。当たり前か。
「まあ、そんなことはどうでもいいよ。ほら、ちゃっちゃと話すっ」
マッチョさんがノッポさんを横目で伺った。
「俺は見ての通り一般市民だ。悪党でも何でもねぇ」
観念したように小さく嘆息した後、口を開いた。
「俺には心を通わせた女性がいた。彼女は貴族の家柄の娘で、それもいいとこのお嬢様だ。知り合ったきっかけなんてのはこっぱずかしいから省かせてもらうぜ。とにかく、俺と彼女では身分が違い過ぎた」
今の日本ではさほど問題には(いや、あるところにはあるのかもしれないが)ならないが、身分制度がある国では身分の差は大きな問題なんだろう。男性の方が女性の身分より低い場合は特に。可愛い娘を身分の低い男に嫁がせるわけにはいかないと親は思うんだろう。
「彼女に王子との縁談が舞い込んだんだ。それは女性なら誰もが羨むまたとない話だった。彼女は俺といたいと言ってくれた。だが、彼女をみすみす不幸にさせることは出来なくて、一方的に別れたんだ」
親に決められた縁談。政略結婚。娘を道具として扱う親もいると聞く。
「彼女は王子と結婚して幸せに暮らすんだと思っていた。なのに、聞こえてきたのはお前と王子の結婚だ。俺はお前さえいなければ彼女が幸せになれると思ったんだ」
私がいなくなれば新しい結婚候補を探す。それが、彼女になるだろうと思って私を攫った。そういうことか。
「呆れた。あんたって馬鹿なんじゃないの?」
「何っ」
怒ったのはノッポさん本人じゃなく、マッチョさんの方だった。
「だってそうじゃないの。彼女に話を一度も聞かずに彼女の為、彼女の為って、彼女がアレックとの結婚を望んでたってあんた本気でそう思ってんの? あんたの自己満足じゃんよ。好きでもない男と結婚して何が幸せよ。笑わせんじゃないわよっ」
ついつい熱が籠もって力説してしまった。
だって見てらんないんだもん。身分の違いが何だってのよっ。本人同士が幸せならそれでいいじゃんっ。
「じゃ、どうしろってんだ俺に」
「あんたが幸せにすりゃいいじゃん。それ以外に何があんのよ。それとも何? 愛した女一人幸せに出来ないほどヘタレなの、あんたって」
ノッポさんが目を見開いて私を見つめる。
「簡単に言ってくれるな」
「簡単なことよ。そうでしょ?」
くすりと笑ってみせた。
それを見て、ノッポさんが自嘲気味に笑った。
「そんな風に言われたのは初めてだ。普通は俺に手を引けって言うもんだ。お前と彼女じゃ釣りあわねぇってな。お前ってほんと変な奴だな」
「何? それって褒めてんの?」
「ははっ、褒めてねぇや」
ノッポさんと顔を見合わせて笑った。
マッチョさんがそんな私達を不思議そうに見ていた。
「じゃあ、私はもうお役ごめんってことだね。アレックに迎えに来てもらってもいい?」
「まさかっ俺達を捕まえる気じゃ」
マッチョさんが慌てて立ち上がった。
「この人はそんなことしねぇよ。そうだろ?」
ノッポさんは私を横目でちらりと見ると、口元を少しだけ上げてニヤリと笑った。
「……よくご存知で」