第36話 椿
「あんたが大餓だね。あたしは椿。衾爺の使いで来た」
その少女は風に乗ってやってきた。
黒い長髪を束ね。腰に日本刀。
その名は聞いた事がある。
だが、
「その『使い』の意味を知って言っているのか?」
「知っている。あんたを動かすには鬼を討つほどの人間を用意する。それがあたしだ」
その言葉に嘘はないか。だが、
「衾がお前を使いに出すと?」
「・・・衾爺はこの事を知らないよ。ただもしもの時、鬼を討てる鬼の事は聞いたんだ。だから来た」
「衾は?」
「鬼どもに捕まったよ。里も。だから、そいつらを討って欲しい。あたしがそのお代だ」
椿と名乗る人間の少女が刀を構える。
その姿は堂に入ったものだがその華奢な体躯ではな。女人としてはある方なのだろうが。
そんな椿に喚きが食って掛かる。
「人間が鬼にお願いなどと片腹痛いのです! お前はその爺に騙されたのですよ!」
「衾爺はそんな人じゃないよ。人と妖怪を繋いでこの里を守ってくれたんだ。今度はあたしが衾爺を守る番だ」
なるほど。先程の風は妖怪が協力していたのか。そして俺達の位置は妖怪か、俺の懐にある神の血肉か。それを使って来たと見るべきか。
一番の懸念は衾だ。奴が見立て通りなら縁者を俺の所には送らないだろう。そして黒幕であればこの茶番は流石にありえない。
「大餓。どうするの?」
「正直な所、こいつはどうでもいい。問題は衾だ。奴の所に鬼が居るのなら片付けるのもやぶさかではない。結局手下ばかりで頭が見当たらないからな。報酬を受け取ってこれではな」
「じゃあ行くの?」
「そうだな。こいつは間違いなく衾の縁者だ。奴の所に件の鬼が居るなら話は早い。そいつを討って後は奴がどう出るかだ。それも含めて衾が俺に助けを求めるのがおかしいのだがな。人間よ」
「あたしは鬼を討って欲しいだけだ。衾爺は妖怪だから安全だろう?」
「どうだかな。俺は鬼を討った後はそこに居る人間を全て食うぞ。それを衾が座視するか? お前のしている事はそういう事だ」
「それでも、鬼を討って欲しい。あたしにはそれだけの腕がある!」
完全に嘘だな。俺に自身を食わせて承諾させようという腹か。
「お前のような稚魚で話になるか。ガキの使いだ。駄賃はいらん。お前の処遇は衾に会ってからだ」
「大餓。行く前に一つだけ」
「なんだ?」
「その神の血肉の持ち主は生きてるよ」
ほう。また不味い連中の肉を食う羽目になるのか。




