9 城下町、殿下と一緒に散策へ
ナンシー様のことやこれからのことを考えると、カスタリアについて知っておいた方がいい。
昨晩そう結論づけた私は、翌朝この城にある殿下の執務室を訪れた。
執務室は品のある調度品が並べられていて、洗練された落ち着いた空間だった。
こんな素敵な空間は王都でも滅多に見られないかも。
「おはようございます。失礼いたします」
執務机ですでに仕事を始めていた殿下が顔を上げると、目を細めて爽やかに微笑んだ。
朝から見る殿下の微笑みは眩しい。
「おはよう、イシュカ。昨日はよく眠れたかい?」
「はい、殿下。十分に休ませていただきました」
「それは良かった。でも、殿下はなしだよ、聖女殿」
「聖女じゃないですよ!?」
また聖女って言った! 私はそんな器じゃないのに。
ぶんぶん首を横に振って否定するけれど、殿下はにこにこと表情を崩さない。
「ロークって呼んでほしいな。じゃないと聖女って呼び続け……」
「やめてください。ロ、ローク様!」
「うん、いいね」
またローク様と呼んでしまった。
殿下はなぜか嬉しそうな表情をしているけれど、私は下級貴族根性が抜けないから冷や汗たらたらだ。
「イシュカ、どうしてここに?」
「お願いがあって参りました。カスタリアを見て回りたいので、地図と馬を貸していただきたいのです。お願いできますか?」
当初の目的である話を切り出すと殿下だけでなく、共に働いていたメルヴィン様とグレッグもぽかんと口を開けた。
「地図はありますが……ひとりで行くのですか、イシュカ」
「はい。地図を見てひとりで行くのは慣れているんです。王都での水質鑑定の任務で散々やっていますから」
先陣を切ったのは困惑気味のメルヴィン様で、その後にグレッグが続く。
「イシュカ、乗馬ができるのか?」
「乗馬は得意なの。でもカスタリアは初めてだから、おとなしい子だと助かるんだけど」
「ああ、用意しよう」
「イシュカ、グレッグの時はなぜ敬語が外れているんだ!?」
「ローク様、食いつくところはそこですか」
三者三様の反応に私は苦笑した。
水術師といえども、一応貴族出身の女子がこう言うとびっくりされるかぁ。
今までひとりでこなしてきたから、私の中で普通のことではあるんだけど。
「イシュカ、よかったら一緒にカスタリアの城下町に行ってみないか? 領主として案内したいんだ」
唐突に殿下がにっこりと笑って言った。
ええっと、殿下が案内してくれるの?
ひとりで行こうと思っていたから、予想外のことに少し戸惑ってしまう。
「ですが、お仕事が忙しいのでは?」
「そろそろ視察をしておきたいと思っていたんだ。視察も大事な仕事だからね。俺にとってはちょうどいいし、逆に助かるかな」
「物は言いようですね、ローク様。でも、一理あるので否定できないところが悔しいですが」
どこかにんまりとしている殿下に対して、メルヴィン様がやれやれと苦笑した。
視察か。確かに現場を見るのは大切だものね。
「イシュカ、今日は馬車を用意しますので、ローク様と一緒に城下町へ行ってもらえますか? 明日、馬と地図はこちらで用意しましょう」
「ありがとうございます」
「イシュカの行きたいところがあれば、どこへだって連れて行くよ」
「も、もったいないお言葉です」
ど、どうしてそんなこと言うかなぁ。
どこか甘い響きを持つ殿下の言葉に内心ドキドキしながら、私はまずは殿下と一緒にカスタリアの城下町へ出発した。
カスタリアの城下町は丘の上にある城から少し離れたところにある。
私と殿下は馬車に乗り、城下町へやってきた。
王都のような整然と区画された街とは違って、規模が小さく雑多な町だけど活気がある。
何より町の人々の表情は明るく生き生きとしているのが目についた。
「イシュカ、ここがカスタリアの城下町だよ」
「活気のある町ですね! 町の人たちの表情が生き生きとしているというか」
「イシュカからそう言ってもらえると嬉しいな。領民が幸せになってほしいと思って発展にも力を入れているからね。やっとこの辺りも平和になったし」
そうか。この辺りは戦争に巻き込まれた地域なんだ。
直接の被害は受けていないはずだが、ここが補給地点になっただろうことは想像に難くない。
でも、辺りを見ていると子どもたちが走り回り、店舗からは元気の良い声が飛んでいる。
「あの、町がきれいに飾り付けされているんですが、何かあるのでしょうか?」
町のそこここに華やかな飾り付けがされている。色とりどりの花が飾られていて楽し気だ。
「ちょうど竜神祭りが行われている時期なんだ」
「竜神祭りですか?」
「カスタリアにはこの地を守る三柱、竜神ウルズ、ヴェルザンディ、スクルドがいると言われていて、竜神たちに感謝を捧げる祭りを催す。今がちょうどその時期なんだ」
「三柱の竜神様が……。あ、もしかして、視察はこのお祭りがあるからですか?」
「それもあるけど、イシュカと一緒にここに来たかったんだ」
「え……」
目を細めて柔らかく笑う殿下に目を奪われる。
殿下にすっと手を取られたかと思うとぎゅっと握られ、胸がドキリと鳴った。
「イシュカ……」
「あら、いらっしゃい、ローク様!」
「ローク様、よかったら寄ってて!」
唐突に声を掛けられ、殿下の力が緩んだ隙にパッと手を放した。
見られていた!? は、恥ずかしい……。
声をかけてきたのは町の人々。
恥ずかしくて顔に熱が上がってくる私とは対照的に、殿下は苦笑交じりに手を上げて答えていた。
「すみません、ローク様! 少しだけ時間をいただけませんか」
「どうした?」
「祭りの事で確認したいことが……」
エプロンを身につけた男性が殿下に駆け寄ってきた。祭りと口にしたから担当者なのかもしれない。
「そうか。だが今は……」
ちらりとこちらを見た殿下に、私は首を振った。
「私のことは気にせず、お仕事のお話を優先してください。この辺りの様子を見ていますね」
「すまない、イシュカ。すぐ終わる」
そう言うと殿下は男性と近くの店に入っていた。
気さくに声をかけられているところを見ると、殿下はこの町の人たちに慕われているのね。
王都では考えられないが、町の人たちが「ローク様」と呼んで、距離が近く感じる。
領主として相談にもすぐに乗っているなんて、町の人たちもうれしいだろう。
「せっかくだから少し町を見て回ろうかな」
きょろきょろと辺りを見回すと色んな出店が出ていた。
お祭り定番の食べ物が売られていたり、王都では見たことのない果物や野菜が売られていたり。
どの店もお祭りに合わせて華やかに飾り付けされていた。
ガシャンッ、ドガドガドガッ
「きゃあっ!」
「こら、待て! 泥棒!」
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