63 王太子、宰相閣下と対峙する
「失礼するよ」
王宮にある議会場に、ハーコート公爵閣下が足を踏み入れた。
議会場に出席を許された上位貴族たちが、一斉にこちらに視線を送った。
「ハーコート卿! 今頃議会へ出席ですか」
「ハーコート卿、神聖な議会に遅れるとはどういう了見でしょうかね」
「議会には要職に就いている者は、必ず出席を求められることは常識でしょうに」
議会で嘲笑するような言葉が飛び交うなんて。
不快になるけれど、公爵閣下の背中は堂々としたものだった。
議会へ出席が認められていない私たちは、開け放たれた議会場の扉から一歩踏み出すことはない。
ロークや公爵閣下の背中を見つめるだけだ。
「皆の者、落ち着かれよ。卿もわざとでないのだから」
遠くからでもわかる威風堂々としたオーラを放ち、鷹揚に座っている人物がいた。
忘れもしない、私を王宮追放した宰相オズウェン公爵だ。
「急用ができてな……議会への出席を望まれている方がいらっしゃったので、迎えに参ったまで」
「皆の者、久しいな」
凛とした声音でロークが言った。
公爵閣下の前に進み出ると、貴族たちが目を見張った。
「ロ、ローク殿下!」
「お、お戻りになっていたのですか!?」
「ああ。それでハーコート卿に無理を言って、迎えに来てもらったんだ。卿を許してやってくれ」
「で、殿下がそうおっしゃるなら……」
気まずい空気になり、貴族たちはぎくしゃくした。
その空気を何でもないように、宰相閣下が口を開いた。
「ご無沙汰しております。ご健勝で何よりです、ローク殿下。王太子である殿下がなかなか議会に出てくださらないので、この国の未来を憂慮しておったのですよ」
「この国で最も切れ者と知られている宰相がいれば、誰もそんな不安は抱えないだろう?」
「いえいえ。特に殿下の婚約者が決まらないことが、民を不安にさせる要素ですよ。せっかくですから、殿下の婚約について議論を深めましょうか。王太子殿下の婚約者が決まれば、国は安定します」
「国の安定か……であれば、私もせっかく議会に出席したんだ、この場で問いただしたいことがある」
「問いただしたいこと……?」
ロークの堂々とした振る舞いに、宰相閣下が訝し気な声を上げた。
「先ほど、国王陛下から毒が検出された。その場にいた者を全員拘束している」
ロークの言葉に、議会場に緊張が走った。
「そ、それは誠ですか、殿下!?」
「ああ、ここに証人もいる。議長、議会に召喚する」
議長と呼ばれた男が、緊張した表情を見せながら頷いた。
ちらりとこちらにロークが目配せをしたので、こくりと頷く。
ロークに促された私と、グレッグに拘束されてうなだれている王宮医が議会場に足を踏み入れて、ロークの横まで進んだ。
「この王宮医の男は陛下付きだが、陛下の体に毒が蓄積されていたのにも関わらず、治療を怠った。この毒は摂取しなければ検出されない毒ということもわかっている。水術師でもある彼女が突き止めた」
「まさか!? 陛下は毒を盛られていたのか!?」
貴族の男が叫ぶと、ざわりと議場がどよめいた。
「その通りだ。この王宮医に尋問すれば、王宮医だけでなく、陛下付きの侍従や侍女も関わっていた。それはある者に脅されて、王宮医を中心に、代わる代わる陛下に少量の毒を盛っていたことが分かった。少量であればバレにくいからな」
陛下の部屋にいた侍従や侍女を拘束したロークは、公爵閣下の協力を得てすぐに尋問を始めたのだ。
そこで分かったのは、この国最高の権力者に仕えているにもかかわらず、脅されていたとはいえ、彼らが従っていたのは別の人間だった。
「ある者とは……殿下、それは誰なのかわかっているのでしょうか?」
議長が恐る恐る発言した。
「ああ。宰相ジェイコブ・オズウェンだ」
ロークが威厳のある声音で断言した。
貴族たちが一様に固まった。不自然なほどの静寂が訪れる。
「……何を言うかと思えば、わしが陛下に毒を盛っただと? 笑えない冗談ですな」
静寂を破ったのは、片眉を上げた宰相閣下だ。
「そうだな、笑えない冗談だ。この事件に関わった者に共通していたのは、家族や親族に疫病で苦しんでいたことだ。オズウェン公爵家が王宮で作られたポーションを、優先的に融通することが約束されていた」
「何を言うかと思えば……陛下付の者であれば、疫病にかからないようにすることが使命のようなものですよ。優先的に使ってもらうことに何か問題でも?」
「そのポーションも問題だ」
ロークが言葉を発した時、ちょうど議会場の入り口が騒がしくなった。
ロークの声でふと後ろを振り向くと、メルヴィン様が先導し、兵士が二人の女性を連れてきた。
「ああ、ちょうど連れてきてくれたな。議長、さらに証人を召喚する」
「やめてください! 私が何をしたって言うのよ!」
「離しなさい! わたくしを誰だと思っているの!?」
メルヴィン様が連れてきたのは、ヘンリエッタと公爵令嬢シャーロット様だ。
ヘンリエッタと目が合うと、一度大きく目を見張り、そして私をにらみつけた。
王宮を追放された私が、ここにいることが信じられないのだろう。
恨みがこもった眼差しを向けられ、私はそっと息を吐いた。
「シャーロット!」
「お父様!」
がたりと立ち上がった宰相閣下の表情が、真っ赤に染まった。
「何をしている、勝手な真似をするな! 早く我が娘を放せ!」
「残念だができない。この二人は大罪を犯している」
「何を言っているのです……っ」
ロークの言葉に、宰相閣下がぎりりと奥歯をかみしめた。
「オズウェン公爵家が融通していたポーションは、王宮術師団の水術師、ヘンリエッタ・バントンが作製していた。素晴らしいポーションを作ったと聞いたが、バントン嬢、間違いないな?」
急にロークに話を振られたヘンリエッタは、目を丸くして少し頬を染めた。
「そうでございます、王太子殿下。お褒め頂くなんて感激ですわ。ポーションは私が作りました」
「そのポーションの水を提供したのが、民を憂いたシャーロット嬢なのだろう?」
「あら、当然のことをしたまでですわ。いずれ未来の王妃になるわたくしは、民が苦しむのを見たくないもの。そんなわたくしにこんなことをするなんて、ただで済むと思っているのかしら!?」
「ただでは済まないに決まっているだろう。この二人が作ったポーションの水は加護の泉の水だった。王宮の禁忌をおかしている。これは水術師長から報告がされているものだ」
ロークの重い発言に、ここにいるほとんどの貴族たちは青い顔をした。
ヘンリエッタの作ったポーションは、宰相派の貴族たちが優先的に使っているだろう。
禁忌の水を自分たちは口にしてしまった。
それがどれほどまずいことか、よくわかっているのだろう。
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