56 カスタリア、ますます豊かに発展す
空は雲一つない青空が広がっている。
その下にあるのは雄大に流れるアケロース川だ。
三か月前に氾濫を起こしたとは思えないほど、穏やかに流れていた。
「氾濫が起こった時は大変だったんだけどね」
『……今は違うだろう。我のおかげで舟運が上手くいっているのだから』
少し不機嫌な表情で、ふいっと横を向いたのはヴェルザンディだ。
その隣にはスクルドとウルズもいる。
今日は舟運事業の創業記念式典を開催している。会場はアケロース川の河岸に完成した河港だ。
私たちは舞台袖にいて、出番を待っているところだ。
私の視線の先には、舞台に出て演説をしているロークがいる。
集まった聴衆は、ロークの力強い演説を熱心に聞いているようだ。
「さすが、王太子殿下ね。みんなが惹きつけられているわ」
『王太子も随分と顔つきが変わったようじゃな。より精悍になっておる』
『王太子が王位につけば、カスタリアはもとより、国はますます繁栄するだろうな』
河港や船の建設はあれから三か月かかった。
ヴェルザンディのおかげでアケロース川は穏やかになり、工事中の天候も恵まれて順調すぎるくらいに進んだ。
舟運拠点となる河港は二か所に造られた。
この会場となっているアケロース川と王都付近を流れるエリダノス川の河岸だ。
式典前からすでに舟運事業はスタートしていて、私が作ったポーションやカスタリア産の農産物が、王都へと運ばれていた。
「イシュカ、出番だ」
舞台袖に待機していたグレッグに呼ばれて、こくりとひとつ頷いた。
うう、緊張する……っ。
これから私は聖女として正式にお披露目される。
舞台袖から出て、こつんこつんとヒールの音を鳴らしながら、舞台中央にいるロークに近づいた。
会場から、おおっ、聖女様だ! という歓声が上がる。
聖女じゃないですけど、と言うことはもうない。けれど、ここまで歓迎されると照れてしまう。
「イシュカ」
近づいた私にロークが柔らかく笑う。
その表情に、今日の衣装にほうと見惚れてしまう。
ロークの今日の姿は格好良いが過ぎるのよ……。
式典用の華やかな衣装を着こなし、この人は王族なのだとはっきりと印象付けられる。
「お待たせいたしました」
「イシュカ、きれいだ」
「え……」
「聖女の衣装がよく似合っている」
も、もう!
さらりと甘い言葉を言われてしまった。
私は頬が熱くて、聴衆に見られないように慌てて下を向いた。
そうすると、自分が着ている衣装が目に飛び込んでくる。
この日のために、そしてこれからのためにと作られた聖女の衣装。
白を基調に繊細な模様が金糸で織られており、細やかレースで縁取られている美しい衣装だ。
何よりもナンシーが力を入れてこのローブを作ってくれた。
私にはもったいない衣装だ。
「皆、聞いてくれ」
ロークが声を張ると、聴衆の意識が舞台に注がれた。
「改めて皆に伝える。このカスタリアに三柱の竜神に認められた聖女が現れた。このカスタリアで尽力してくれていたから、皆も知っていると思うが紹介しよう。イシュカ・セレーネだ」
紹介された私は片膝を折り、心臓に右手を当てて挨拶をした。
「この度、三柱の竜神様より聖女を拝命しました、イシュカ・セレーネでございます。本日はこのカスタリアのますますの繫栄を願い、祝福の儀を執り行います」
すっと舞台袖にはけたロークの代わりに、舞台中央に立つ。
私はこの日のために、竜神たちに教えてもらい練習してきたのだ。
それはいにしえの時代から伝わる、聖女だけが執り行うことができる祝福の儀。
すっと息をすって、一歩踏み出した。
古代舞踊の一種で、術力を込めて舞う。
くるっと回ればローブがふわりと翻り、会場中のため息を誘った。
「三柱の竜神様に希います。カスタリアがより発展し、民が幸せに暮らしていけることを」
腕を空に掲げれば、その腕から水流が巻き付くように放たれた。
その上空には、いつの間にか三柱の竜神たちが現れていた。
「皆様に幸あらんことを」
儀式の舞が終わり、舞台中央に戻り深く礼をした。
「す、すげー! なんて神々しいんだ!」
「りゅ、竜神様だ! 竜神様も祝福してくださった!」
「さすが聖女様だ!!」
会場からは大きな歓声が沸いた。
よかった、無事に遣り果せたわ。
その熱に圧倒されるけれど、やりきった気持ちの方が大きい。
私がにこにこと手を振っていると、ロークがそばに来て肩を抱かれた。
「すばらしかったよ、イシュカ。ありがとう。カスタリアの発展を願ってくれて」
「ううん。私の願いでもあるのよ、ローク。ここに連れてきてくれてありがとう」
背の高いロークを見上げると、ふわりと笑ってくれた。
私の好きな、笑顔。
「おおっ、聖女様が賢王のローク様と寄り添われている!」
「賢王様と聖女様はなんとお似合いでしょう!」
「お二人が結ばれてくれたらカスタリアも安泰だ!」
突然囃し立てられるように言われて、真っ赤になった。
まさかそんな風に言われるとは思わなかった。
こちらが照れて焦っているのに、余裕そうなロークに耳元でささやかれた。
「俺たちが夫婦になればいいのに、って言われていることを知っているかい?」
「え……?」
「民の声だけでなく、俺もそれが実現すればいいと思っているよ」
心臓がきゅうんとなって息が苦しい。
ロークからの甘い言葉は、私の胸をときめかせる。
けれど、それが実現しないことは私が一番知っている。
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