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5 決めていた。今度は俺が助けると

「戦争から帰還した後、王都のはずれに建てた野戦病院に、兵士たちが集まって治療を受けていたんだ。俺もそれなりに傷を負っていたから、兵士たちに交じってそこにいた。怪我人が多くて医者が足りなくてね。ほどなくして水術師の一団が派遣されてきたんだ。そこにイシュカがいた」


「確かに野戦病院に派遣されましたけど……え、殿下がそこにいらしたんですか!?」



 意外過ぎる話に、私は目を丸くした。

 水術師は回復・補助・防御系の術がメインだから、怪我人の治療のために任務がある。その時、新人中の新人だった私にも任務が下った。

 でも、野戦病院は一般兵のための病院であって、上位貴族が治療をうけるべきところじゃない。ましてや王族なんて。

 しかもあのとき傷ついた兵士が大勢いて、まさにみんなぼろぼろだった。

 まさか指揮官であり、王太子殿下がまじっているなんて思ってもみなかった。



「イシュカは今日みたいに素晴らしい水術を使っていたよ」


「す、素晴らしい? ……あの、誰かとお間違えじゃないですか?」



 私は水術師だけど、魔力コントロールが苦手で水術の発動時にムラが出てしまう。

 だいたいは効果が大きすぎて、いつも先輩たちをポカンとさせてしまっているのだけど……。



「いいや。イシュカだったよ。イシュカの水術は他の術師とは違って、回復力がとても高くて。俺の傷もすぐに癒えた。兵士の間で聖女様がいる、ってうわさになっていたくらいなんだ」


「聖女!? やめてください、私んな大層な人物じゃないですよ!?」


「いいや、本当に聖女のようだったよ。俺もそう思っていたし」



 そんな分不相応なうわさが立っていたの!?

 ぶんぶんと首を横に振って否定するけれど、殿下はにこにこと表情を崩さない。



「それにイシュカは一人ひとりに声をかけていただろ? 『おかえりなさい。命を落とさず帰ってきてくれたこと、あなた方の勇敢さを誇りに思います』って。兵士たちは感激していたんだ、イシュカのその言葉に」


「そう、だったんですか……」



 まさか、私の言葉で……。私にからすれば、当たり前の言葉だ。

 新人の私は戦争の前線に行く指示はなかった。前線で国民を守ろうと戦ってくれた人たちに、感謝をしてもしきれない。

 生きて帰ってきてくれただけでも、ありがたいと思っている。



「俺も、その言葉に救われた」



 朗らかに語る声から一転、真剣な声が響いた。



「当時、母である王妃が病死して後ろ盾がなくなった俺は、実権を握っていたオズウェン公爵の暗躍で廃太子の動きもあってね。その動きのひとつとして戦争の指揮をすることになったんだ。それがあの戦争なんだが、王太子という立場なのに不自然だろう?」



 こくりと頷く私を見て、殿下は目を伏せた。



「戦争で死んだ方が、オズウェン公爵にとっては都合が良かったんだろう。王宮で味方がいない状況に投げやりになって、この戦争で散っていいと本気で思っていた」


「そんな」


「でも、生き抜いてしまったんだ」



 絶望も悲しみも混ぜ込んだような響きに、胸が痛くなる。

 勇敢な戦いぶりの裏で、そんなことを考えていたなんて。



「でも、イシュカに出会ってそうじゃないって思った」


「え……」


「帰りを待ってくれる人がいて、誇りに思ってくれる人がいる。それだけで生きていけると思ったんだ。俺は君に助けられたんだ」



 殿下は手を伸ばし、私の両手を取るとぎゅっと握った。

 慌てて反射的に手を引こうとしたけど、殿下の力が強くてかなわない。



「だから、今度は俺が君を助けるって決めていたんだ」



 顔を上げると、真摯で、それでいて熱を伝えてくるまなざしに見つめられていた。

 目が、離せない。

 私は急激に体温が上がり、トクトクトクと心臓の鼓動が身体中に響く。

 殿下に握られた手が、熱く痺れているようだった。



「いつまで女性の手を握っているおつもりですか?」



 突然、馬車のドアが開いて声をかけられ、殿下の手が緩んだ隙に、ぱっと手を離した。

 そこにいたのは側近の方。

 人に見られていたなんて、恥ずかしい! 



「いいところだったのに。ワザとだろ」


「ワザとなもんですか。宿場町に着きましたよ。馬車が停車したことに気づかなかったんでしょう?」


「まぁ、そうだな。イシュカしか見えてなかったから」


「で、殿下!?」



 甘さを含む言葉をさらりと言われて、さらに頬が熱くなった。



「はいはい。夢にまで見た聖女様を前に浮かれているのは分かりますが、イシュカ嬢もそろそろ身綺麗にしたいんじゃないでしょうかね?」



 指摘されてはっと気がつく。

 そういえば、私ほこりまみれだった!

 檻のような馬車に乗せられ、その馬車が横転し戦いに巻き込まれて、お世辞にも綺麗な状態とはいえない。

 王太子殿下の前なのに、女性として恥ずかしい……。



「も、申し訳ございません! こんなお恥ずかしい姿で……」


「すまない。気遣えればよかったんだが」


「そうですよ。どうせ彼女が持ってきた荷物もあちらの馬車に置いたままでしょう?」


「あー、そうだな。すまない、イシュカ」


「と、とんでもございません!」



 申し訳なさそうに眉を下げる殿下に、私はぶんぶんと首を横に振る。

 荷物と言っても必要最低限の物しか許されなかったから、大したものは入れていない。



「イシュカ嬢、必要なものはこちらで揃えます。今日宿泊する宿屋の女主人にも伝えていますから、何かあれば申し出てください」


「お手をわずらわせてしまい、申し訳ございません。ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」


「甘えて、イシュカ」



 私物を持っていないというどうにもならない状況なので即決したけど、助けてもらってばかりだから、私こそ申し訳なさでいっぱいだった。

 だけど、一言言わせていただきたい。

 殿下、そんな甘い微笑みを一般女子に安売りしたら、糖度が高すぎて失神者がでますよ!







お読みいただきありがとうございます(^^)


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