4 間一髪。一難去ってまた一難?
「殿下、出発します」
「ああ、頼む」
殿下にさり気なくエスコートされて馬車に乗り込むと、馬車は進みだした。
檻のような馬車とは全く異なり、揺れが少なく快適に座っていられる上級の馬車だ。
その上、馬の質も違うのかスピードがぐんぐん上がっていく。
車窓の外を見てみると、裏街道ではなく、遠くに街の風景も見える表の街道を優雅に走っていた。
「ここまで来たら追っては来ないだろう。安心していいよ」
「あ、ありがとうございます」
良かった。助かったみたい。
ほっと安心して全身の力が抜けた。ずっと体がこわばっていたからか、随分と疲労を感じる。
気を少し緩めたせいか、王太子殿下の存在が急に気になり、そわそわする。
だって、没落貴族の私が殿下と同じ馬車に乗るなんて、恐れ多すぎる……。
向かいの席に座っている殿下をちらりと見ると、視線がばちんと合った。
目を丸くして固まる私とは対照的に、殿下は目を細めてにこにこと微笑んでいた。殿下の微笑は眩しい。
もしかしてずっと見られていたのかしら。
は、恥ずかしい……とたんに頬が熱くなった。
「今までゆっくりできなかっただろう? ここでは寛いでほしい。少し時間がかかるからね」
「あの、殿下……この馬車はどちらに向かっているのでしょうか?」
微笑みに負けてしまいそうなので、視線をそらしながら、気になっていたことを口にした。
「カスタリアだよ、イシュカ」
「カ、カスタリア!?」
また私は目を丸くして、体が固まってしまった。
カスタリアといえばこの国の辺境の地のひとつ、デルフィ地方にある街。王都から馬車で何日もかかってしまう地域だ。
辺境の修道院へ連れていかれる予定だったが、また別の辺境の地へ行くというのか。
「あの、私は辺境の修道院へ行かされると聞いていましたが、別の辺境の修道院へ行くのでしょうか? それとも……」
自分の言葉にはっと気がつき、ザアッと青ざめた。
わざわざ殿下が来たのだ。処罰が重くなったってことなのでは……。
「も、もしや……殿下はさらに厳しい処罰のためにこちらに……」
「違うよ、イシュカ! 俺はそんなことをしに来たんじゃない!」
「え、違うんですか?」
慌てて弁解をする殿下の姿に我に返った。
気が遠くなりかけたけれど、そうではないらしい。
「君の処罰は聞いたよ。ただの冤罪だ。代わりに謝らせてくれ。君に申し訳ないことをした。すまない」
唐突に、真摯な態度で殿下がすっと頭を下げた。
「頭をお上げください、殿下! 殿下の判断ではありませんし、身分の低い私に頭を下げるなど……」
慌ててすぐに頭を上げてもらった。心臓に悪すぎる。
でも、まさか王族の方に頭を下げられるなんて。
殿下は身分の低い者に対して、非を認め謝罪ができる方なのか。
昨夜の宰相閣下の姿を見ているだけに、正直驚いた。
「気をつかわせてしまったね。シャーロット嬢とその取り巻きたちの行為は、たびたび報告が上がっていたんだ。父親のオズウェン公爵に何度も申し入れを行っているんだが、娘に限ってそんなことはないと聞き耳を持たない」
「そのようなご様子でした」
「皆困っているんだが、権勢を誇るオズウェン公爵を諫めるものはいない。俺も力不足で、君を助け出すくらいが精一杯だった」
「いえ、私にとっては十分です。殿下、助けていただきありがとうございました」
眉根を寄せ、悔しそうな表情を見せる殿下に、私は深々と頭を下げた。
理不尽過ぎる王宮からの追放だった。
私一人では助かりようもなく、まさか助け出されるとは思ってもみなかった。
助けてもらったことに感謝しかない。
「今度は俺がイシュカを助けるって決めていた、と言っただろ?」
そう言えばおっしゃっていた。
身分差のある私と殿下では、顔を合わせる機会なんてほぼ無いに等しいんだけど。
失礼とは思いながらも、聞かずにいられなかった私は恐る恐る伺ってみた。
「あの、どうして助けてくださったのですか? 殿下と私は……その、どこかでお会いしたことが?」
「うん。会っていたよ。まぁ、君が覚えているかどうかは賭けだったけどね」
「も、申し訳ございません」
眉を下げた悲し気な殿下の表情がいたたまれなくて、私は俯いた。
必死に思い出そうとするけれど……一体、どこで……?
没落貴族であるうちの家は社交界に出ることがないし、水術師として式典に出席したところで、王族席にいる殿下を見るだけだ。
「君が覚えていないのも無理はないよ。出会ったとき、俺は心身ともにぼろぼろだったからね」
「ぼ、ぼろぼろ?」
思わずきょとんとしてしまう私に、殿下がふっと微笑んだ。
「ああ。君と出会ったのはデルフィ地方での隣国との戦争が終わり、俺が王都に帰ってきた時だ」
「デルフィ地方の……あ、二年前の戦争……」
二年前、ランドリック王国に突然隣国が戦争を仕掛けてきた。
あやうく領地を奪われかけたのだが、間一髪ランドリック王国が退けたのだ。
戦争は一年に渡り犠牲は大きかったが、戦勝国であるランドリック王国は隣国に領地を広げることに成功した。
当時、十八歳で指揮を執っていた王太子殿下は民からの人気が急上昇して、称えるためにある二つ名で呼ばれていたはず。
「そうだわ、カスタリアの雷火!」
「はは、確かにそう呼ばれていた時もあったね」
殿下は照れたように頬をかいた。
当時、新聞からもたらされていた情報が、殿下は二つ名で呼ばれるくらい強く勇敢で、それは稲妻のごとく敵の攻撃を物ともせず撃破していたらしい。
さっきの戦いぶりをみれば納得だ。きっと士気も上がったに違いない。
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