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31 二人きり。敬称なしで名前呼ぶ

 ポーションの盗難事件から五日後。

 私と殿下は馬に乗って、カスタリアの北側にある村・シノレスへとやってきた。

 道の奥に木造の家が何軒か見える。人の暮らしている気配が感じ取れた。

 スクルドは宣言通り、私のブレスレットにある竜神石の中にいる。

 すっかり相棒になった馬のフランから降りて、ぐるりと辺りを見回した。



「着きましたね、殿下。村の規模は小さいようですが、土地に余裕がありますね」


「そうだな。この辺りまで今まで視察に来られなかったが、土地を開墾するにはちょうどいかもしれないな。ところでイシュカ」


「はい、何でしょうか?」


「二人きりなんだから、敬語はなしの約束じゃなかったかな?」


「え……」



 にっこりと良い笑顔をした殿下がいた。

 お、覚えていたのね。城下町でした約束を。

 ここに来るまで何も言ってこなかったから油断したわ。



「それから、王太子とはバレたくないから殿下もやめてほしいな」



 うーん……これは何度か呼ばせていただいたし、お忍びだから仕方がない。



「……ローク様」


「あ、敬称があると高位貴族だと分かってしまうからそれもやめようか。俺のことはロークと呼んで」



 どこかうきうきと楽しそうな殿下を見ていると、絆されてもいいかと思えてくる。

 子爵令嬢の身分で、本当はダメだけど。

 でも、いつもお忙しそうな殿下がお忍びで来ているし、息抜きできるようなタイミングだ。

 それに、ちょっと……特別な感じもするし。

 呼ばせてもらってもいい、かな。



「ローク」



 内心ドキドキしながら呼んでみれば、殿下、もといロークが目を瞠った。



「ローク、さっそく調べに行きたいわ」


「……うん、いいね」



 そんなに嬉しいのかな、私が呼ぶと。

 嬉しそうに笑うロークの表情が綺麗すぎて、直視できない。

 恥ずかしくて顔を背けた私は、近くにあった農地の側にしゃがんだ。

 さ、さあ仕事、仕事っと。

 頭を切り替えて、さっそく農地を見る。



「あ……」



 これは前評判通りと言える。

 作物は育っているけれど、全部が育っているとは言えない。発育不順で腐っていたり、枯れていたりするものもある。

 それに、育っていても小ぶりで質の良いものではないみたい。



「聞いていた通り、作物があんまり育っている印象じゃないわ」


「そうだね。こんな状態で自分たちの食料はどうしているんだろうか」



 確かにロークの言う通りだ。

 作物が育たないなら、食料を購入しているのかしら。

 土を触ってみるけれど。農業のプロではないからさすがにわからない。

 うーん、水かなぁ。水質鑑定をしてみようかな。



「水質鑑定をしてみるわ。水解析(アクアアナライズ)



 水質鑑定のスキルを発動する。

 手のひらにほわりと光が集まり、農地へと向けた。

 手のひらを介して、土の中の水の情報が集まってくる。



「……この土の中の水の成分には、通常の水と比べて澱みが酷く、細胞の力をかなり弱らせてしまう作用を持つ。また細胞の循環を捻じ曲げ、成長を阻害し腐食させてしまう……これが育たない原因なのね」


「イシュカはすごいな、そんなに詳しく水の成分を鑑定できるのか!」



 隣で見ていたロークが目を丸くした。

 そう言えばロークには水質鑑定を初めて披露したような気がする。



「水術師ならこれくらいはできると思うんだけど……」


「王宮術師団にここまでレベルの高い鑑定スキルを持つ者は他にいないよ。さすがはイシュカだね。イシュカ、ありがとう」


「どういたしまして。さすがに褒め過ぎだと思うけれど」



 照れくさくて、つい可愛くないことを言ってしまう。

 けれど……うれしい。

 こちらを眩しそうに見ているロークに、胸が高鳴ってしまう。



「しかし、この土にある水では作物は育たないのか」


「おい、アンタら! 何やってんだ」



 突然、怒鳴り声が響き渡る。

 声が聞こえた方へ振り向くと、こちらを睨み険しい表情の青年が駆け寄ってきた。



「畑から野菜を盗もうとしてるんじゃねえだろうな!」



 怒鳴り声に目を丸くし固まってしまった私を、ロークが背に隠した。



「すまない、誤解だ。盗んでなどいない。俺たちは領主の命でここへ来たんだ」


「領主? それって、王太子様ってことか?」


「そうだ。ここへは農地の調査をしにきたんだ。俺は領主の側近の“ロー”だ」


「すまねえ、盗人と勘違いした。オレはこの村・シノレスに住むジャンだ」



 ジャンは頭をガシガシとかいて、ぺこりと頭を下げた。

 ロークが偽名を使ったこともあり、どうやら王太子殿下とは気がついていないらしい。

 私たちとさほど変わらない年齢のように見えるジャンは、体躯がしっかりしていて、さっぱりとした爽やかな容貌だ。

 私が観察していると、こちらを見たジャンを目が合った。



「そちらのお嬢さんも同じ仕事か?」


「そうだ。俺のパートナーのイシュカだ」


「パ……!」


「パートナーか」



 思わずロークの顔を見た。

 パートナーってどういうこと!?



「えっと、パートナーは仕事で……」


「プライベートもなんです」


「ははぁ、婚約間近のお二人さんってワケか」


「いやぁ、照れるな」


「ちょ、ちょっと」


「公私ともにパートナーって、幸せ者じゃねえか」


「俺も幸運だと思います」


「ちょっと、待って!」



 今、私の顔は真っ赤になっていると思う。

 だって、プライベートのパートナーって何!?

 婚約間近のお二人って何!?

 幸せ者に幸運って、私どんな反応をしたらいいのよ!?



「ああ、ごめんね。仕事で来たのにね?」


「ああ、仕事で来たんだったか」


「そ、そうよ! 仕事で来たのよ!」



 そう言ったのに、ジャンがニヤニヤとしている。

 若い人はいいねぇ、みたいな空気、恥ずかしいからやめてほしい。

 違うの。そういう関係じゃないんだってば!

 時折、ロークがこういうことを仕掛けてくるから、免疫がない私はどうしていいかわからなくなる。



「で、あんたらは農地の調査で来たって言ってたが、何を調べるつもりだ?」



 ジャンの言葉に、私はコホンと咳払いをした。



「土に含まれる水の状態を見に来ました」


「水? 農地なのに土じゃなくて?」



 ジャンはポカンと口を開けた。







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