30 水術師、農地の調査に乗り出します
「一番状態の悪い……? ここですが……どうしてそんなことを?」
怪訝な表情をしたメルヴィン様が地図を指さしてくれた。
その農地の近くには村があるようだ。
「まずは一番状態の悪い農地の原因を調べたいんです。農地によって状態は違うと思いますが、一番悪い状態の農地を調べて原因を突き止めれば、農地を広げる手立てが見つかると思うのです。他の土地でも応用できる可能性も広がると思いますし」
「なるほど」
「それはいいかもしれないな。イシュカの提案で進めよう」
「ありがとうございます。それにこの農地の近くに泉があるようですね」
「本当だ」
地図上では村の奥の森に泉があると示している。
総当たりで行くしかないのなら、この村と泉にまずは行くべきだろう。
「最初に行くのはここだな。この村の農地と近くの泉に行ってみよう」
「はい! って、もしかして一緒に行かれるのですか?」
「俺の発案なんだ、当たり前だよ。それともイシュカ、俺と一緒に行くのは嫌?」
いつも多忙な殿下のお手を煩わすわけにはいかないと思っているのだけど、眉を下げて寂しそうな表情を見ると強く断れない。
そ、それに……ちょっとうれしいし。
「い、嫌じゃないです……」
「良かった。メルヴィン、これは事業の視察だから優先するよ」
「仕方ありません。こちらの仕事はお任せください」
メルヴィン様が呆れたように溜息を零すと、やれやれと苦笑した。
「俺とイシュカの二人きりで行こうね」
『二人きりじゃないぞ。僕も行く!』
はーい、と元気よく挙手したスクルドが、テーブルの傍に降り立った。
「スクルドも行くの?」
『僕が行くのは不満なのか』
「不満だよ」
間髪入れずに返した殿下に、スクルドが呆れた顔をした。
『お前の趣味の良さは認めるが、王太子とあろう者が心を広くせずしてどうする』
「牽制に忙しい俺の身にもなってくれ」
『それは仕方がない。最後に選ぶのはお前じゃないからな。それにこれは聖女の修行だ。僕が判定するのだから、ついていくのは致し方ないだろ』
ふふん、と偉そうにー実際に偉い竜神様なのだけどー胸を張ったスクルドに、殿下がぐっと詰まった。
殿下のそんな姿は珍しい。
殿下の言う牽制が何に結びつくのかは分からないけれど、私もスクルドが一緒に行くことに懸念がある。
「スクルド、あなたと一緒に行くのは私は心配。村に行くし、スクルドの姿を見て騒がれてしまうんじゃないかしら」
スクルドと城下町で出会ったときには、ちゃんと人の子どもと同じ姿をしていたけれど、私たちと一緒にいてふわふわと浮いている姿や、会話が成り立っていないところを見られたら、不審がられてしまうに決まっている。
『それなら大丈夫だぞ』
「大丈夫って?」
『イシュカ、僕の竜神石を持っているだろ?』
「持っているけれど」
ローブの内側のポケットに手を入れて、小さな巾着袋に入れた竜神石を取り出す。
テーブルの上に置いたアメジストに似た竜神石は、光を反射し美しく煌めいた。
『僕は竜神石に身を隠すことができるから』
「え、この中に!?」
『それは僕の一部だからな。これで村人たちから見られることがないというわけだ』
「なんというか、便利ね」
『身も蓋もない言い方だな。とにかく、僕はこの竜神石に入って一緒についてくからな』
竜神石ってそんなことができるのね。
強いエネルギーを感じる石だから守護の力があるのは分かるが、それ以外の効果があるなんて。
思わずまじまじと見てしまった。
『それにしても、僕は竜神石を持っておけと言ったけど、本当に持っておくだけじゃないか』
スクルドにジト目で見られて、ははは、と笑ってごまかす。
「アクセサリーにしようと思ったんだけど、ポーションづくりが忙しくて加工ができなかったのよね」
「じゃあ、俺に加工させてくれないか」
「え?」
殿下はそういうと執務机に行き、引き出しから何かを取り出しこちらに戻ってきた。
手にしているのは紺色のベルベットの箱。
「イシュカにこれを」
何かしら?
私は立ち上がって殿下から手渡された箱を開けてみると、そこには金細工の美しいブレスレットが入っていた。
しかも、魔力を帯びたカナリーダイヤモンドが装飾されている。
これは……?
「頑張っているイシュカに渡そうと思っていたんだ。水術師であるイシュカには、魔道具になるようなものが必要だと思って。竜神石もこのブレスレットに装飾すればいいと思うんだ。だから、受け取ってほしい」
少し照れたような、でも真剣で熱を帯びた瞳で見つめられる。
その表情に胸の鼓動が騒がしくなる。
「殿下……」
「殿下はなしだよ、聖女殿」
「まだ聖女じゃないですよ……あの、本当にいただいてもいいのですか?」
「うん。もらって欲しい」
「ありがとうございます……ローク様」
嬉しい。素直に。
その気持ちがあふれてしまったのか、ブレスレットを見つめている私の表情は締まりなかったと思う。
「んんっ……可愛い」
『良かったではないか、王太子よ』
何か話しているようで顔を上げると、殿下が顔をそらして口元を手で押さえていた。
少し耳が赤いけど大丈夫かしら。
でも、赤いのは私も同じだと思う。
『せっかく王太子がブレスレットをくれたのだ。イシュカ、そのブレスレットの加工は僕がしよう、今』
「え、今!?」
スクルドが手をかざすとテーブルの上の竜神石が光を帯びた。
きらきらと煌めく竜神石がふわりと浮き上がると一瞬強く発光した後、ブレスレットに竜神石が加わっていた。
ええ、うそ……まさか。
「すごいわ。一瞬で加工できたのね」
『僕ならそんなこと朝飯前だよ』
「助かったよ、スクルド。ありがとう。イシュカ、ブレスレットをつけてみせて」
ブレスレットを手に取り、左手首につけてみる。
自分の手首にぴったりのブレスレットは、魔力を帯びた宝石が一つ加わりさらに輝きを放っていた。
思ったより自分の魔力に馴染み、身につけていると安心する。
「似合っているよ。イシュカ」
「ありがとうございます」
『これで一緒に行けるな』
「そうね」
顔を上げると私を見つめていたローク様と目が合った。
その瞳は甘さを帯びていて。
私はその瞳から目を離すことができなくて。
スクルドに声を掛けられるまで、二人してじっと見つめ続けていた。
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