3 久しぶり?助けてくれたあなた誰?
ガタゴト、ガタゴト。
夜明け前、木製の檻のような馬車に乗せられて、王都から追い出された。
ご丁寧にも術が発動できないタイプの馬車だ。逃走防止のための措置だろう。その馬車を二人の兵士が私を護送していた。
少しずつ顔を出してきたレモン色の朝日が眩しくて、目を細めた。
「はぁ……」
昨夜からため息が止まらない。
当たり前のように朝日は昇るけれど、私の人生は変わってしまった。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。
自分の身に起こったことが信じられなくて、地下牢で声を押し殺して、一晩中泣いてしまった。きっとまぶたは腫れぼったくなっているだろう。
そう思うと余計に溜息が零れた。
「水術師のお仕事、できなくなっちゃったなぁ……」
水術師とは文字通り、水を操る魔術師のこと。
家族のために働き始めた水術師の仕事だけど、適性もあって、思いのほか面白くて楽しくて。
術師としてはまだまだひよっこな私。でも幸運にも王宮術師団に所属でき、その一員として誇りをもって仕事をしていたのに。
王宮を追放されたことで、同時に仕事を失ってしまった。
これから辺境の修道院へ向かうらしいから、修道女として生きていくのかな。
没落した貴族の家だから婚約者なんていないし、そこは心配ないんだけど、家族を支えることができなくなるのは堪えるな……。
ちらりと馬車から見える風景を見ると、いつの間にか薄暗かった。
裏街道を走っているのか、陽の光が届きに難いうっそうとした木々に囲まれた道になっていた。
「どこを走っているのかしら……きゃああっ!」
突然、耳を劈く音とともに、視界が激しく揺れた。景色がぐるりと転がり、天井が下にあるなと認識したとたん、全身に衝撃があった。
「いたっ……」
気がつけば、全身で土の感触を感じていた。
どうやら馬車が横転し、投げ出されたようだ。木材で作られた檻はぼろぼろに砕けている。
私は檻から這い出て、ギシギシと痛む体を、なんとか起こして立ち上がった。
すると、ギンッと剣戟の音が響いた。
「な、何……?」
体が竦むけれど、すぐに身構えて視線を走らせる。
二人の兵士が誰かと戦っていた。馬車が横転したのはこのせいかしら。
よく見ると兵士たちと剣を交えているのはひとりの男だった。
兵士より頭ひとつ高く、引き締まった体躯から繰り出される剣さばきは……速い!
ランドリック王国の兵士は優秀だ。その兵士二人を相手に互角に戦っている。
一体何者なの?
息を飲んで戦況を見定めていると、兵士のひとりが私に気がついた。
しまった、見つかったわ!
すぐさま私に向かって、剣を構えて駆け出す。
背筋がぞわりと粟立ち、心臓がバクバクと早鐘を打つ。
私は慌てて水術の詠唱をするけれど、……だめ、間に合わない!
ガキンッッッッッ
衝撃を覚悟したのに、私の身には何も起こらなかった。
反射的につむってしまった目を恐る恐る開いてみると、目の前には私に背を向けて兵士の剣を受け止めている男がいた。
「無事か!?」
声を掛けられた私は、目を丸くして、こくこくと頷くことしかできない。
こちらを見たブラウン色の前髪からのぞく双眸は、黄金色の虹彩が力強く輝き印象的だ。
どうして私を助けてくれたのか、何もわからない。
けれども、どこかで見かけたことがあるような……。
「その女を渡せ!」
「断る、と言ったら?」
「お前を切るだけだ!」
兵士が一度後ろに引いて、もう一度踏み込んで剣を振るってきた。
男が対応しようとすると、隙をついて別の方向からもうひとりの兵士が襲ってきた。
「水壁結界!!」
先ほど途切れず詠唱していた水術を解き放つ。
ゴオオオオオオッッッッッッ
激しい水音を響かせ、巨大な水の壁が私たちを取り囲むように生まれる。
「わわっ! どうしよう、また大きすぎるものを生み出しちゃった!」
優秀な術者が繰り出す水術の、三倍ほどの大きさの効果が現れてしまう。
ああ、どうしていつもこんな魔術になってしまうの!?
それでも斬撃を繰り出した二人の兵士は、巨大な水の壁に大きく弾かれ、体勢が崩れた。
「見たことのない素晴らしい水術だ! 王宮追放なんて惜しい」
水の壁が消失したと同時に、男があっという間に兵士との間合いを詰めると、剣の柄頭で腹部をドンッと一突きしたように見えた。
そして、もうひとりの兵士にも間髪入れずに近づき、同じ攻撃を繰り出した。
早すぎて私の目では追えなかったけれど、重い一撃だったのだろう。
ドサッと音を立てて、二人の兵士は体を二つに折り曲げ崩れ落ちた。
兵士たちからはうめき声のひとつも聞こえず、気絶しているようだった。
「す、すごい……」
「さ、今のうちに早く!」
この状況に私が呆然としていると、男に腕を取られぐいっと引っ張られた。
「え、ええ!?」
あっという間に抱き上げられて、いわゆるお姫様だっこ状態で男が駆け出した。
「しっかり捕まって!」
私は慌てて男の首に腕を回し縋りついた。
それを確認した男は、ぐんぐんスピードを上げて走っていく。
木々に覆われた薄暗い道を器用に駆けていく。
「良かった。君を助け出せて」
ふと零れた男の呟きを拾って、顔を上げた。
「あの、ありがとうございます」
「今度は俺が君を助けるって決めていたんだ」
「き、決めていた?」
眉根を寄せた私に、ふっと目を細めて微笑んだ。
「俺は君に会いたかった」
「え……?」
私は目を瞠って男の顔を見つめた。
その時、脇道の出口に到着して光があふれた。
思わず目をつむってやり過ごそうとしていたら、大きな声で声をかけられた。
「殿下! こちらです!」
で、殿下!?
目を開けるとそこには立派な馬車が停車していて、二人の身なりの整った男がこちらに向かって頭を下げた。
「次は馬車で移動だ。急ごう。さぁ、乗って」
すとんと丁寧に下ろされた私は、思ったよりも背の高い彼を見上げた。
よくよく見ると、令嬢たちの熱い視線を集めそうな端正な顔立ち。
そして爽やかな印象を受ける容貌は、王宮に身を置く者であれば一度は目にしたことがある。
「殿下って、まさか……王太子ローク・ランドリック殿下ですか……?」
「そうだよ。イシュカ・セレーネ。久しぶりだね」
久しぶり……?
私はきょとんとして、殿下をまじまじと見つめてしまった。
私の二つ上の御年ニ十歳の王太子殿下。
王族が臨席する式典でお見かけするくらいで、一介の術師である私と面識があるはずがないんだけど……。
お読みいただきありがとうございます(^^)
ブックマークや↓の☆☆☆☆☆の評価を押して応援していただけるとうれしいです。励みになります。
どうぞよろしくお願いいたします。