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26 悪魔だわ。公爵令嬢のたくらみ

「っ……これじゃない、もう……どうすれば……」



 絶えず動かしていた手が止まり、気づけば唇を噛みしめていた。

 目の前にある調合台にある完成したポーションは、最初に作ったポーションと同じ効果しか得られないことがわかった。

 私が中心となって作ったポーションは、「例年より遅れている」「効果がイマイチ」と言われ、いらだっているというのに。



「ヘンリエッタ。どうだ、新たなポーションは作れたか?」


「……いえ。研究は続けておりますが、今あるポーションより効果が高いものは、まだ作れておりません」



 王宮術師団の一角にある水術研究室に入ってきたのはホーマー様だった。

 私の顔を見ながら、少し困ったように眉尻を下げた。

 その表情がムカつく。

 私の力がイシュカより劣っているから仕方がない、という感じがありありと出ている。



「そうか、すまんな。宰相閣下から今のポーションよりも効果が高いものを、急いで作るようにと指示が出ておってな。王都の疫病が抑えられていないから、政治責任を問う声がでておるようだ」


「政治責任……」



 体がぶるりとふるえた。興奮と恐怖で。

 閣下の前で、私はお任せくださいと言い切ったのだ。

 力を見せつけるチャンスでもあり、失敗すれば自分の身がどうなるか想像がつかない。

 その時、コンコンと研究室のドアがノックされた。

 はい、と返事をすれば入ってきたのはシャーロット様の侍女のひとりだった。



「失礼いたします。ヘンリエッタ様、シャーロット様が至急来てほしいとお呼びなのですが」


「シャーロット様が?」


「ヘンリエッタ、行って差し上げなさい」


「わかりました」



 ホーマー様に軽く会釈をして、侍女とともに王宮にある、特別に用意されたシャーロット様の部屋へ向かった。

 失礼しますと声をかけ部屋に入ると、シャーロット様がソファからすくっと立ち上がり、つかつかとこちらへ向かってきた。



「シャーロット様、お呼びと伺いましたが……ぐっ!」



 痛……っ。

 あごの下に閉じられた扇が突きつけられた。

 突然の行動に目を見開き、シャーロット様を見ると鋭い双眸でこちらをにらんでいた。



「あなた、いつになったら効果のあるポーションが作れるのかしら?」


「た、ただいま研究中でして……」


「遅い! 水術師長が言っていたことは本当だったのね」


「い、一体何事でございますか?」


「お母様が流行り病で倒れたのよ。そちらにお父様から、急ぎでより効果が高いものを作るようにと指示があったでしょう?」



 閣下が指示してきた裏の意図は、そういうことだったのか。

 背中にたらりと冷や汗が流れた。



「あなたが作った王都に出回っているポーションは、効果があまりないという噂だったけど本当だったわ。お母様に使ったけど、病状がよくならないのよ」


「そんなはずは……」


「貧困層や体力のない民から死人が出ていると言うし。あなた、お母様がそうなったらどうするつもり!?」


「シャーロット様、落ち着いてください。より効果のあるポーションを作っておりますので」


「あなたのポーションを待っている間に、お母様の病状がひどくなったらどうするのよ?」


「そ、それは……」



 自分の顔がこわばっていくのが分かった。

 結果を出せずオズウェン公爵家を敵に回すことは、自分の人生の終わりを意味する。

 どうする、どうすれば……。



「うふふ、ヘンリエッタ。わたくし、あなたにチャンスを与えてもよくってよ」


「チャンス、でございますか?」



 シャーロット様が閉じられた扇を引き寄せ、今度は開いてにこやかに微笑まれた。

 一体、何をさせる気なのかしら……?



「わたくし、良い情報を手に入れたの」


「良い情報ですか……?」


「そう。お医者様から聞いた話なのだけれど、カスタリアにレベルの高いポーションが出回っているそうよ」


「あの辺境の地に?」


「王都で流行り病にかかった者が、カスタリアで手に入れたポーションを使ったら、すぐさま回復したとか」



 そんな話、聞いたこともない。

 辺境の地であるカスタリアはただの田舎だ。

 水資源が豊富な地域だと聞いたことがあるから、ポーションづくりをするには最適な地だとは思うけれど。

 ただ、ポーションづくりは高度な技術だ。薬草で作る薬とはわけが違う。

 それなりに技術力の高い人間がいれば作れるのかもしれないけれど、田舎にそんな人物がいるなんて聞いたことがない。



「わたくし、そのポーションが欲しいわ」


「そ、そうですか。オズウェン公爵家であれば、すぐに手に入ることは可能だと思いますが……」


「何を言っているの、ヘンリエッタ。そうじゃないでしょう?」


「と、言いますと……?」


「そのポーションを評判とともに、盗めばいいのよ」


「え!? ぬ、盗む!?」


「そうよ」


「一体、どうやって……?」


「あなた以外に誰がいるというのよ、ヘンリエッタ?」



 にっこりと笑ったシャーロット様に対して、目を見開いた。

 わ、私!?

 伯爵家の娘である私に、盗人をさせようとしているの!?



「わたくしはポーションが欲しい。あなたはポーションの評判が欲しいでしょう?」



 ごくりと唾を飲み込んだ。

 評判は確かに、欲しい。

 欲しいけれど……自分の手を汚すなんて、ありえない。



「カスタリアにあるポーションを盗んで、あなたが作ったと言えばいいのよ。ポーションづくりに時間をかける必要はなくなるでしょう?」


「で、ですが……」


「なーに? あなたに断ることができるというの? イシュカのことを言ってもよくってよ」



 パチリと扇を閉じたシャーロット様に、鋭い視線を向けられた。

 私はぐっ、と奥歯を噛みしめることしかできない。

 公爵令嬢であるシャーロット様が言えば、シロがクロに、クロがシロになることは簡単なことだ。

 私は、やるしかないのか。



「大丈夫よ、ヘンリエッタ。ポーションが先に王都に出回ってしまえば、辺境の地の人間が名乗り出たって、誰も信用するはずがないわ。田舎者のいうことなんて戯言だって笑われるだけよ」



 うふふ、とシャーロット様は可愛らしく笑った。

 この方、やっぱり歪んでる。

 天使のように微笑んでいるけれど、悪魔のような心根をお持ちだ。

 シャーロット様の思いつきは、やっぱりろくなことがない。



「やってくれるわよね、ヘンリエッタ?」


「……かしこまりました」



 頷く以外の返事なんて、私にできるはずもなかった。







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