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21 王太子妃候補の一人がやってきた

 私がお医者様の手配をお願いしてから、一か月半ほどが経ったある日。

 王都からはるばるお医者様が到着したと連絡を受け、みんなと一緒に玄関ホールで出迎えた。

 けれど、カスタリアへ来たのはお医者様だけではなかった。



「ロークお兄様、ごきげんよう。お元気そうで何よりですわ」


「君も顔色がよさそうだね。ここまで来るのに無理はしなかったかい?」


「大丈夫ですわ。道中、サイモンが一緒でしたもの」


「私はサイモンだけを呼んだのに、なぜあなたがいるのですか。ソニア!」


「まあ、お兄様。いらっしゃったのね」



 メルヴィン様が声を荒げるなんて珍しい。

 言われた少女は私より少し年下くらいか、メルヴィン様によく似た可愛らしい姿をしている。

 どうやらメルヴィン様の実妹らしい。幼馴染だと聞いたから彼女もきっとそうなんだろう。



「すみません、メルヴィン様」


「いいのです、サイモン。こちらも迷惑をかけました。先に皆に紹介をしましょう。我が一族の医師サイモン ・ステッドです」


「メルヴィン様からのご指示で参りましたサイモン・ステッドです。お世話になります」



 優雅にお辞儀をしたステッド先生は、すらりと背が高く知的な眼鏡をかけた、大人の余裕のある雰囲気を持つ男性だった。



「王都からはるばるありがとう。ご苦労だった」


「いえ。こちらに呼んでいただけ光栄です。殿下」


「それで、なぜここに来たのですか、ソニア。どうせあなたのことだから、わがままを言ったのでしょう?」



 ステッド先生の挨拶が終わったとたん、くるりと振り向いたメルヴィン様はソニア様に矛先を向けた。



「まあ。わがままなんてひどいですわ、お兄様。カスタリアへ行きたいって言ったら、お父様は許しくださったわよ。王太子妃候補を疫病に晒すわけにはいかないって」



 王太子妃、候補……つまり、殿下の……。

 はっと息を飲んだ。どうして気がつかなかったんだろう。

 王太子殿下は婚約者をまだ決めていないだけで、いずれ決めなくてはならない立場だ。

 目の前のソニア様はハーコート公爵家のご令嬢。

 私を追放したオズウェン公爵家のシャーロット様だって王太子妃候補で、しかも筆頭。

 筆頭というぐらいだから、身分が釣り合う他のご令嬢もいるわけで。

 私、なんて。

 あれ、胸が……痛い?



「父は相変わらずあなたに甘いですね。しかし、疫病がこの国に入ってきたとは聞き及んでいますが、王都ではすでに流行が始まっているんですか?」


「そうです、メルヴィン様。それもあって公爵様は私の派遣をすぐにお決めになりました」



 王都での流行か。

 ステッド先生の言葉に水術師のみんなの顔が浮かぶ。

 今頃、急いでポーションを作っているんだろうな。

 今、手伝えないことが歯がゆい。



「では、早くポーションづくりを急がねばなりませんね。イシュカ、頼めますか?」


「はい。もちろんです」


「イシュカ? あなたもしかしてイシュカ・セレーネ?」


「は、はい」


「あなた、噂になっている王宮追放を受けた水術師じゃない?」



 ソニア様に指を指された私は目を丸くして、固まってしまった。

 噂になっているの?



「なぜ王太子殿下のもとにいるの? 不敬でなくて!?」



 鋭く見つめられ、じりっと一歩後ずさった。

 すると、とん、と誰かに肩を触れられる。



「ソニア嬢、俺が助けたんだ」



 見上げれば、真剣な瞳で話を切り出した殿下がいた。

 肩に優しく触れられた手のひらから温かさが伝わる。

 その温かさがうれしい、なんて。



「ロークお兄様が?」


「イシュカは冤罪だよ。宰相の娘によってね」


「まあ! あの頭がお花畑のシャーロットの。あの子、黒い噂があったけれど本当だったのね!」


「ソニア、言葉を慎みなさい」


「本当の事でしょう、お兄様。イシュカさん、ごめんなさい。知りもしないで疑って」


「いえ。大丈夫です」



 すぐに謝罪の言葉を口にしたソニア様は、素直で正義感の強い方なんだろう。

 可愛らしい姿だけど、凛とした強さが見え隠れする。

 けれども、さすが王宮と言うべきか。シャーロット様の噂も含めて、悪い噂はすぐに広まるものね。



「セレーネさん、水術師ということはあなたがポーションを作られるのでしょうか」


「はい。ステッド先生。カスタリアに来る前は王宮でもポーションを作っておりました。元はと言えば私がお医者様をお呼び立てしたようなもので。本当に王都からありがとうございます」


「そうでしたか。ポーションは王都で何度も扱って来ていますから、お役に立てると思いますよ。ご安心ください」


「ありがとうございます。助かります」



 お礼を言えば、ステッド先生がにこりと笑みを浮かべた。

 頼りになりそうな方で良かった。

 ホッとしたとたん、肩をくいっと引き寄せられた。

 引き寄せた人物は一人しかいないんだけど……殿下、近いんですが!

 見上げれば、視線が合った殿下がふっと微笑まれた。

 多分、私は真っ赤になっていると思う。



「イシュカには期待をしているんだ。助けてもらえるかな?」


「もちろんです。殿下」


「ステッド先生、よろしくお願いいたします」


「こちらこそ。セレーネさん」



 なるべく平静を装って返事をしたけれど、不自然になっていないかしら。

 こちらを睨んでいるように見える表情のソニア様が気になるけれど……。



「まだ玄関ホールにいたのか。部屋は用意できているぞ。急ぎソニア嬢の分もな」



 今までこの場にいなかったグレッグがやってきた。

 ナンシー様が客室の準備をされていたはずだけど、どうやら駆り出されていたらしい。



「ソニア、あなたは体が弱いのだから、先に部屋で休ませもらいなさい」


「でも、ニコラスのおじ様にご挨拶しないと」


「気にするな、ソニア嬢。父への挨拶は晩餐のタイミングに設けよう」


「わかったわ。みんな過保護ね。ありがとう、グレッグお兄様」


「サイモン。ソニアを一度診てもらえますか? 大丈夫だと思いますが」


「もちろんです。メルヴィン様」



 ソニア様はお体がそんなに強くないのかしら。

 もしかして王太子妃候補だからという理由だけではなく、養生も兼ねているのかもしれない。

 みんなが部屋へ引き上げていく中、私はソニア様の様子を伺っていた。






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