20 疫病のポーションづくりを依頼され
「えっと……これはどういう状況でしょうか……」
「ん? イシュカに感謝を伝えようと思って」
ソファに座った私の隣には上機嫌の殿下がいて、私の手を握りしめている。
胸の鼓動が高速で動いていて、私は恥ずかしくて目を逸らすしかない。
殿下の眩しい微笑みは、もはや爆弾だ。
ナンシー様が執務室を退出された後、ソファに座るように促された私はなぜか殿下と手を握りあっていた。
「イシュカ、ありがとう。まさかナンシーから申し出てくれるとは思わなかったよ」
「いえ。ナンシー様が一歩踏み出されただけです。私は何も……」
「ナンシーも言っていただろう? イシュカと話せたおかげだと。トレムス家の人々は皆ナンシーのことを心配していたからね」
「でも、まだ病が癒えたわけではないですから」
「うん、分かっている。それでもだ。これで施設の建築に取り掛かることができるしね。イシュカには感謝しきりだよ」
「もったいないお言葉です」
感謝の言葉はうれしいけれど、そろそろ手を放してほしい。
殿下のキラキラの微笑みを向けられ続けると、私の心臓がいくつあっても足りない。
「そろそろ手を放してはいかがですか、ローク様。イシュカが困惑していますよ。イシュカに仕事を頼みたかったんじゃないですか?」
やっと困惑顔に気がついてくれた!
同じく執務室にいたメルヴィン様のお陰で、殿下は渋々手を放してくれた。
ちなみにグレッグはナンシー様と一緒に退出している。
ナンシー様が仕事の打ち合わせをしたいと言って、うきうきとしながらグレッグを連れて行ったのだ。
「そうだったな。イシュカ、君に仕事を頼みたいんだが」
「お仕事って……」
「今ナンシーのためのポーションを作っていると思うんだけど、疫病に効くポーションも追加で作ってもらえないだろうか?」
「疫病に効くポーションって、毎年水術師の一団が作っているポーションですか?」
「そうだ。同じ大陸にある国々で発症していたものが我が国に来てしまったみたいなんだ」
疫病か。毎年なんらかの病が流行るが、それは水術師が作っていた。
疫病が発生すればポーションづくりの優先度が高くなり、私も水質鑑定のスキルを使って日夜働いていたのだ。
でも、疫病が流行れば国中にポーションが行き渡るはずだけど。
「イシュカはポーションがどうやって民に渡るか知っているかい?」
「いえ、そこまでは」
「ポーションは政治機能がある王都の民が優先される。次にその周辺の地域。カスタリアは辺境の地だから、ポーションが届くのはもっと先の話なんだ。だが、疫病がどんなスピードで流行るのかは分からない。ポーションが行き渡る前に病にかかることもあり得る」
「それでポーションの話なんですね」
「そうなんだ。今年はイシュカがいるからね。この地を預かる者として領民のためにポーションを用意しておきたい。どうだろうか?」
「そういうことならお任せください。毎年水術師の一員としてポーションを作ってきましたからお役に立てると思います」
それだけじゃない。
今年はスクルドの泉の水も使えると思うし、王宮で作るよりも良いポーションが出来上がる予感がする。
「ありがとう、イシュカ」
「ただ一つお願いがあります」
「なんだい?」
「ポーションを扱っているお医者様に、出来上がったポーションを確認してもらいたいのですが」
「医者に?」
「はい。ポーションを実際に使用するのは患者さんを診るお医者様です。そのため、ポーションを最終確認する際はお医者様にしていただいているんです」
王宮でポーションを作っていた時は、王宮医が最終確認をしていた。
けれども、一般的なお医者様は高価なポーションを普段は使わないから、ポーションの扱いに慣れているお医者様に確認してもらえるといいのだけど。
「それなら私にお任せください」
声を上げたのはメルヴィン様だった。
「私の一族に医療専門の者たちがいるのですよ。その者を一人呼び寄せましょう」
「本当ですか! ありがとうございます」
「頼む、メルヴィン」
「お任せください、ローク様」
メルヴィン様の一族の方なら安心だ。
カスタリアに来るまでは時間がかかるだろうから、ナンシー様のポーションと並行して作れるように準備に取り掛かろう。
私はさっそく新たなポーションづくりを始めるべく、執務室を辞した。
「イシュカ」
「あれ? どうしたの、グレッグ。ナンシー様との打ち合わせは終わったの?」
どうしてこんなところに?
自分の部屋の近くまで戻ると、壁にもたれていたグレッグが私に気が付いた。
「ああ、さっきな。母は楽しそうに話をしていたよ」
「それは良かったわ」
「イシュカ、ありがとう」
「何が?」
「母のことだ。イシュカにはお礼を言いたかったんだ」
わざわざお礼を伝えに来てくれたのか。
表情が分かりにくいグレッグが、目元を緩ませ柔らかい空気を放っている。
「あんなに楽しそうな表情をした母は久しぶりだったよ」
「ううん。私はきっかけに過ぎないし、ナンシー様が勇気を出されたからよ。それにポーションはまだまだだし」
「病は気からって言うだろ? 母にとって今日の出来事は大きかったと思う。だから、ありがとう」
「うん。どういたしまして」
「イシュカにカスタリアに来てもらえて本当に良かった」
そう言ってもらえると私もうれしい。
王宮から追放されてここに来た意味があると言うもの。
まだポーションはできていないけれど、少しでもお役に立てて良かった。
「イシュカとは早く出会いたかったな」
「そうね。早く出会っていれば、難病のポーションづくりを始めるのも早かっただろうし」
「違うよ」
やけに真剣な声音が耳に響く。
グレッグと視線を合わすと、すでにこちらを見ていたグレッグの瞳に熱が籠っている気がした。
「ローク様より早く出会っていれば、オレにもチャンスはあったのに」
「え、チャンス……?」
「オレはローク様に忠誠を誓っている。でも、ローク様がイシュカを大切にしないなら遠慮はしない」
「遠慮って……」
ちょ、ちょっと待って……それって……。
困惑している私の耳元にグレッグがぐっと顔を寄せた。
「オレがいることを忘れないで」
ぴしりと固まった私の頭に、手のひらでぽんと一度触れるとグレッグは去っていった。
なに今の……なに、今の!?
私はその背中を見つめることしかできなかった。
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