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2 悔しいわ。没落令嬢追放へ

 すでにお祖父様は亡くなっているが、過去、私の家の爵位は侯爵だった。

 お父様の話によると、私が幼い時に当主だったお祖父様は、政治の要職に就いていたが、政敵に汚職の濡れ衣を着せられて没落してしまったそうだ。

 高位貴族のままなら豊かな暮らしをさせてあげられたのにすまない、とお父様から言われたことがある。

 王妃の地位も夢じゃなかったのにとも。

 でも現実は資産もなく細々と暮らし、私も家族を支えるために水術師として王宮で働いている。



「爵位も力も失った家だと言うのに、我が公爵家に逆恨みでもして誘拐を企てたのか」


「いいえ、ありえません。逆恨みだなんて。ましてや誘拐するなど露ほどにもございません」


「シャーロットがウソをついているというとでも?」


「私は無実でございます」



 私は無実の罪を晴らそうと宰相に真剣に訴える。

 そんな私をあざ笑うかのように、シャーロット様が無邪気な表情で言い放った。



「わたくし怖かったわ! 誘拐されたとき、口元を押さえられて手足の自由などなかったのよ。隙をついてヘンリエッタが助けてくれたの」



 シャーロット様は、何を言っているの?

 驚き過ぎて言葉が出なった。

 目を丸くしたまま固まった私を見て、ヘンリエッタが口の端を上げてせせら笑った。



 ……そうだわ、シャーロット様には悪いうわさがあった。



 シャーロット様は特別に許された妃教育のために王宮に通っているようだけど、退屈だと言ってはばからないらしい。その退屈しのぎのために、取り巻きたちとともにターゲットを見つけては、陰湿な嫌がらせをしていると聞く。

 その陰湿な嫌がらせのせいで、王宮を去る人たちが何人もいたとか。

 ヘンリエッタはオズウェン公爵家と縁のある伯爵家の娘だったはず。彼女は取り巻きのひとりだったということか。

 ということは、ターゲットは私。

 ドクン、と心臓から嫌な音が鳴った。

 ごくりとつばを飲み、閣下に踏み込む質問をした。



「……お言葉ですが、シャーロット様がご自分から王宮の外へ出たとはお考えにならないのですか?」


「何?」


「まぁ。わたくしはわが屋敷と王宮しか知らず、外へひとりで行くなんて怖くてできませんわ」



 おっとりとした可憐な声で、シャーロット様は平気で私を突き落とす。

 彼女にとって、きっと本当に退屈しのぎなのだ。



「高位貴族のご令嬢なら当たり前のことよ。公爵令嬢のシャーロット様なら尚更。でも、イシュカに分かるはずもないわよね」


「でも!」


「お父様、わたくし怖かったですわ!」


「シャーロット、なんてかわいそうなんだ。怖い思いをしたな」


「はい、お父様」


「私はそんなことしておりません!!」



 否定の言葉を張り上げるも、娘の言葉を鵜吞みにする閣下は眉一つ動かさず、私を見下すだけだった。



「口の減らない娘だ。さっさと王宮から追放せよ」



 宰相閣下から発した断罪する言葉に愕然とした。

 足元から崩れ落ちそうだったが、命令を遂行するために傍にいた衛兵たちが、私の両腕を引っ張り無理矢理立たせた。



「こ、このことは、王太子ローク殿下はご存じなのですか!? 水術師として優秀なイシュカを追放するなんて国にとって損失が……!」



 連れていかれる私を見たホーマー様が、声を振り絞って訴えてくれた。



「王族など取るに足らん。この国はわしが動かしているのだ。政治の表舞台に立てない剣しか能のない王太子に、なぜいちいち報告せねばならんのだ」


「ローク様はわたくしの家の後ろ盾がないと何もできないのよ。わたくしが王太子妃になるのも時間の問題ですわ」


「それに水術師ひとり欠けたところでどうなることでもない」



 栄華を極める親子を前に、これ以上できることは何もなかった。

 何も言えない私を高慢な態度で見下すヘンリエッタと目が合うと、彼女は無音声で口だけを動かした。



『か・わ・い・そ・う』



 私は奥歯をぐっと噛み締めることしかできなかった。

 衛兵に捕らえられたまま、私は王宮の地下牢へ連れていかれた。




 ◆ ◆ ◆




 石造りの冷たい地下牢は、黴臭く、薄ら寒い空気が漂っていた。

 まさか、牢屋に入れられる日が来るなんて……。

 私は牢屋に押し込められて、ガチャンと錠前が大きな音を立てる。震える体を抱きしめるように、膝を抱えて座った。

 衛兵が言うには、日付が変わった夜明け前に辺境の修道院に向かうらしい。

 やってもいない罪を被せられ、王宮を追放される。悔しくて仕方がなかった。



「ふふ。牢屋がお似合いね。誘拐犯さん」



「ヘンリエッタ……」



 カツン、カツンと足音が近づいてきたと思ったら、やってきたのはヘンリエッタだった。

 私がぎっと睨むも、彼女の嘲るような笑い声が鼓膜を震わす。



「なぁに、その表情。罪人のくせに生意気ね。少し反省したらどうかしら?」


「私は誘拐なんてやってないわ! あなたが何か糸を引いているんじゃないの!?」


「そんなことはどうでもいいのよ。たかが子爵家の娘のくせに本当に目障りだったわ。いなくなってせいせいする!」


「……どういうことなの」


「同期の私たちは何かと比べられていたわ。私の方が身分も上で入団テストもトップで通った。あなたなんて取るに足らない存在だった。それなのに、優秀だと褒められるのはあなた。重要な仕事を任されるのもあなた。何度煮え湯を飲まされたことか! 私がほしかったものをあなたがすべて奪っていった。だから取り返したまでよ」



 同期のヘンリエッタからそんな風に思われていたのね。

 何かと目の敵にされていた理由がやっとわかった。

 上司であるホーマー様は私を褒めてくださるし、重要な仕事も任せてもらったこともあるけれど、おそらく育成の一環なのに。



「取り返すって……私はあなたから何も奪っていないわ。私はその時にできることをしていただけ」


「だまりなさい、罪人が。ああ、気分が良いわ。あなたの顔を見るのが最後だと思うと。二度と王宮に足を踏み入れないで」



 ヘンリエッタが吐き捨てるように言うと、そのまま踵を返し地下牢を去っていった。

 私はその姿を呆然と見つめることしかできなかった。






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