19 幸せよ。素敵な仕事をありがとう
「……あの、ナンシー様はご家族や他の皆さんに心配されることがお嫌ですか?」
「え……?」
思わぬ質問をされたという反応か、ナンシー様が少し目を見開いた。
ナンシー様はご自分を随分責めているように見える。
気遣いができる方だから、余計に周りの人への影響が気になるのかも……。
「そうね。心配かけたくないわね。でも、私は病のためにこんな姿でしょう? 辺境伯夫人として人前に出てする仕事もできないし、ニコラスに迷惑をかけてしまっているの。ニコラスは優しいからいつも心配してくれているけれど、夫を支えられない妻なんて失格なのよ」
悲しいだけじゃなく、寂しい響きも混じっている声音だ。
顔にできてしまうあざは、本当にナンシー様の心を蝕んでいるのね。
でも、私からしたら違う。
「ナンシー様。私はナンシー様が足を引っ張ってしまう存在なんて思いません。だって、王宮を追放された私を受け入れてくれました。それが私にとってどんなにうれしくて、安心したことか分かりますか?」
「イシュカ……」
「私はナンシー様のような方に出会えて幸運だと思ったんです。それだって夫人としての仕事じゃないでしょうか」
「夫人の……」
「何も表に出ることだけが夫人としての仕事じゃないと思うんです。城に花を生けることも内装に手を入れること、もちろん使用人を管理することも夫人としての仕事じゃないでしょうか」
勢いよく言えば、ナンシー様の口元が緩んだ。
私は王宮を追放されて本当に不安だった。
今こうやって過ごせているのは、ナンシー様のお陰でもあるのだ。
「ふふ。そうね。イシュカの言う通りだわ。私は何を固執していたのかしら」
「ナンシーは素晴らしい仕事をしていると思います。だから自信をお持ちになっていいと思います」
「自信を……私は病のせいで自信を失っていたのね、きっと」
ナンシー様の口元に微笑みが浮かんだ。
それだけじゃない。憑き物が落ちたように、空気が柔らかになったような気がする。
「イシュカ。自信を持つにはどうすればいいと思う?」
「自信、ですか」
唐突な質問に首を傾げる。
うーん、どうかしら。
心理的なことはよく分からないけど、シンプルに考えれば満足感とか達成感を得るために、何かをやり遂げればいいんじゃないだろうか。
やり遂げると言えば……あ!
「あの……お嫌かもしれませんが、内装のお仕事を改めてやってみませんか?」
「え……?」
ナンシー様が息を飲んだ。
「先日断られていたと思うんですが、私はナンシー様が担当される方が上手くいくのではないかと今も思っています」
ナンシー様が退室された後、建物の話は一旦ストップした。
私はしばらくポーションづくりに専念することになったから話を聞いただけだけど、温泉の引き方や温泉施設の企画、全体の図面の修正を進めているようだ。
今の時点では内装を後から進めても問題はないだろうから、担当者は決まっていなかった。
「先日もお話しましたが、温泉は女性が好みますし、来訪人数も女性の方が多いと考えられます。女性が好む内装を設えた方が喜ばれるのではないしょうか。それにはナンシー様の感性が必要だと思うのです。グレッグも内装がしっくりこないって言っていましたしね」
「グレッグが……あの子もしっかり仕事をしているのね」
そのままナンシー様はふと黙ってしまった。
やっぱり余計なことだったかしら……。
緊張感から鼓動が早くなり、それを誤魔化すようにぎゅっと手を握りしめた。
「イシュカ……私が関わってもいいのかしら……?」
ぽつりと呟いた言葉が耳に入った時、私の心が沸騰した。
「いいに決まってます! というか、ナンシー様が関わらないと上手く行かないと思います!」
「自信が、つくかしら」
「もちろんです! ナンシー様のセンスは殿下もお認めになっているところです。一緒にやりましょう!」
「そうね……そうね、イシュカ。私、やってみるわ」
「はい! ありがとうございます!」
「お礼を言うのはこちらの方よ。素敵な仕事をありがとう。こんな機会をいただけるなんて幸せ者ね」
ベール越しにふわりと微笑まれたように感じた。
うれしい、良かった!
ナンシー様が関われば、素晴らしいものができるに違いないわ。
「ああ、でもローク様にお断りした手前、お願いしてもいいのかしら」
「きっと大丈夫だと思います。殿下が嫌な顔をなさるとは思いません。むしろ歓迎されると思いますよ」
「そうだといいのだけど」
「殿下のところへ行くのでしたら、私もお供させてください。何か言われたら、私が交渉しますので」
「ふふ。ありがとう、イシュカ。優しいのね」
「いえいえ。私が言い出したことですから」
「イシュカは本当に良いご令嬢ね。ローク様が気に入られるわけだわ」
「え?」
急に何を言い出すの、ナンシー様。
「堅物のグレッグもあなたのことを気にかけているようだし、ローク様のお相手でなければ、うちのグレッグを推したのに。残念だわ」
「へ?」
ちょ、ちょ、ちょっと!?
とんでもないことを言っているような気がするんですけど!
「いや……いやいやいやいや。私ごとき子爵令嬢がお二方のお相手になるわけないじゃないですか」
「まあ、謙遜しなくていいのよ。イシュカなら大歓迎よ。あなたが王太子妃になる時は辺境伯夫人として後ろ盾になるし、グレッグのお嫁さんになるなら義母娘として楽しく過ごしましょうね」
本当にとんでもないことを言っている!
慌てる私とは対照的に、ナンシー様はにこにこと口元に笑みを浮かべていた。
その後、善は急げとばかりにナンシー様とともに執務室に報告しに行き、無事にナンシー様が内装を担当されることが決まった。
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